第3話 漢(おとこ)は拳でかたるべし。

 僕は、おもむろに校長室の扉を開けようとする番長を押し留め、校長室をノックする。

「誰かね、今は授業中のはずだが」

 校長の不在を願う僕の期待は打ち砕かれ、校長室の中から鐘をならすような大きな声が聞こえてきた。

 気を取り直して、僕は簡単に転校生を案内しているという今の状況を告げ、入室の許可を伺うことにした。

「うむ、入りたまえ」

 校長の許可が出てしまった。これは入らずには済まされない。

 僕は果てしなく嫌な予感を感じる中、入室の挨拶を告げ、極力音をたてぬよう、校長室の扉を開く。

「頼もう~」 単なる挨拶みたいなものだろうが、何を頼むんだ? と内心またも突っ込んだ。

 番長は扉が完全に開くことを待つこともせず、僕を押しのけ、扉を開け中に踊りこんだ。

 僕は背後の番長の気配を感じて、素早く身をかわしたため扉にぶつかることはなかった。もう少しでけつまずき床に激突するところだった。

 突然、奇行に走るのは勘弁していただきたいものだ。全く、危ないところだった。

 そんなに、一刻も早く校長に会いたかったとでもいうのか……。

 僕は怒りとも、疲れとも取れない気持ちでどんよりする。

 番長の意図についてゆっくり推察してみたい気持ちを押しとどめると、僕はあわてて番長を追い校長室に入る。

「おお、君かね転校生というのは」

 流石に学校の最高責任者たる校長だ。

 番長自身と、その行動に何一つ、動じることも、臆すこともなかった。

 正面の席に腰掛け、静かなまなざしで、僕らを見ていた。

 僕も校長の年は知らないが、六十歳以上は間違いないだろう。

 ただ、その顔にはしわもなく、体格もよい。

 無駄な脂肪すらないことが、服の上からもうかがい知れるようだった。

「いかにも、俺様は山下 一郎である。貴公がこの学校の最強の漢(おとこ)か」

 番長が放つ大きな声が、校長室全体を揺らす。

 本棚がカタカタゆれ、窓までゆれた気がした。

 何かやばい気がした。僕は番長と校長の間に入り、番長に校長を紹介することにした。

 番長の行動の先が読めない以上、責任もって、彼が奇行を行おうとする前に押しとどめる必要があるだろう。

 僕は番長に、極力普通に校長を紹介した。

 もちろん、最強の男云々はおいておく。

 話がややこしくなるからだ。

「おお、天城君か、空手部ではがんばっているそうではないか。顧問の内藤先生から聞いているよ。今日は大変だね。転校生の案内とは」

 校長の言葉に僕は、内心首肯する。『大変だね』の前に『激しく』をつけて欲しいくらいだ。

 僕は、校長のねぎらいの言葉に礼を告げ、暇があれば空手部の見学にでも来てくれるようにも伝える。

 どうでもいいのだが、校長は男女問わず、君付けでよぶ。確か大分前に、校長が部の見学に来た時、後輩の出雲嬢も君付けで呼んでいたから間違いないだろう。

 最近は男女平等がうるさいし、気を使うところもあるのだろう。

 ただの性格もしくは、なんとなくかもしれないが……。

 僕と校長との短い会話の間、番長は黙って瞑目していた。

 これは何事もなく、退室できそうだ。

 僕は内心、ほっとしつつも、番長に一緒に退室するように促した。

「まだだ、俺様は校長と語ってはいない」

 僕の提案を退け、またもや番長は意味不明なことを言い放つ。

 さっきから校長と僕達は語り合っている気がするんだが……。何を言っているのが全く分からない。異星人とでも話している気分だ。

「そういえば、山下君だったかね。入室する時、頼もうといっていたが、何か私に頼むことがあるのかね?」

 おいおい……。頼もうとは実際、頼み事があるため言っているわけではないだろうに……多分。

 実際、校長に突っ込みを入れてしまうわけには行かないので僕は脳内で、そう思うだけにする。

「俺様は、ただ語りたいだけだ」

「語るのは、かまわないが何を語るのかね?」

 当然の校長の疑問に、番長はニヤリと笑う。

「漢の語るべき、言葉は一つしかあるまい」

 番長はそういうと、校長に殴りかかった。

 僕は思わず番長と校長の間に入り、一撃を受け止めようとするが間に合わない。

 だが、校長はたやすく、首を少し曲げるだけで鋭い一撃を回避した。

 さすがにこれはまずいだろう。

 僕は携帯で職員室に電話して、応援を要請する方がいいのではと考えた。

 だが、ポケットから携帯を取り出す前、校長は席を立ち上がり、番長の前に立つ。

 すさまじい気迫が、校長室を満たしていくようだった。

「山下君はなかなか骨のある生徒のようだね。良いだろう。若者の言葉を受け止めるのも教師の務めだ。さあ、かかってきたまえ」

 それはすさまじい攻撃だった。

 その体躯に似合わず、番長の拳は早い。

 早いだけではなく、同時に力も強いのが、見て明らかに取れる。

 校長は、その攻撃を見切り、最小限の動作でそれをかわしていた。

 流石は、熊殺しの虎次郎だ。

 恐ろしく強い。

 この強さは、僕の姉様レベルかもしれない。

「会話は一方通行ではいけないな。山下君、私の言葉も受け取りたまえ」

 そういうと、校長は体をひねり、その拳に十分な力をこめる。

 そして、全身の筋力を乗せ、番長に放った。メリ、拳は鈍い音を立て、番長の顔面にめり込んだ。

 死んでいてもおかしくもない一撃だったというのに、番長はびくともしない。

「貴公の言葉、確かに聞こえたぞ」番長は表情一つ変えずに、言い放つ。

「名残惜しいが、今回、俺様はこれで失礼しよう。又、語ろうではないか」

 番長はそういうと、ゆっくりと校長室を退出しようとする。

「私の言葉に耳を傾けてくれて、うれしいよ。山下君。それに天城君も、又、空手部にも顔をださせてもらうよ」

 朗らかに声をかける校長。

 おいおい……。

 何かがおかしくないか?

 それとも僕の頭がおかしくなったのか? 果てしない違和感が僕の心を満たしていく。

 最近は少し暴力を教師が振るっただけでPTAが体罰だと騒ぎ出す時代だというのに……。

 彼らは僕を置いて、独自の世界観を形作っているようだ。

 まあ、これもこれで、正しい教師と生徒の形なのかもしれない。しばしの逡巡の後、僕は一連の出来事は見なかったことにした。

 それはそれとして、校長には部活に来てもらえることには礼を告げる。

 痛み出した頭を抑えつつも、番長に続いて校長室をあとにするのだった。

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