第2話 強い場所

 僕と山下君もとい番長は連れ立って、教室を出た。

 もう、一時限目も始まろうとしているので、廊下は静まりかえり、生徒の気配もない。

 窓からあふれるうららかな朝の日差しを感じるだけだ。

 キンコンカンコーン。やがて、一時間目の授業開始のチャイムが、周りの静寂を破り響き渡る。

「すまないな。よろしく頼む」番長は僕に向かい、鷹揚に頭を下げる。

 外観の印象に反し、思ったより礼儀を知っているようだ。僕は少し、番長の評価を上げる事にした。

 僕は、どういたしましてと答え、疑問点など何かあったら、伝えてくれるように番長に告げる。

 礼節には礼節で返さないといけないだろう。番長は僕の提案に鷹揚にうなづく。

 さて、番長を案内するとして、どうしたものだろうか……。

 セオリー通りに行くならば、職員室、保健室、食堂、体育館など

 日々の学校生活で必要なところを回り、各場所の使用用途と、注意事項を説明するのがベストだろう。

 ただ、これは僕の主観的な考えであり、番長自身、何か思うところがあるかもしれない。

 僕は何気なく、番長に行きたい場所はないかと尋ねてみた。

「そうだな。この学校で一番強い場所につれていってくれい」

 僕は、一瞬番長の言葉の意味がわからなかった。

 強いというのは、場所にかかる形容詞だったのだろうか?

 国語は、僕の知らないうちに改定されているのだろうか?

 新手の嫌がらせかとも思ったが、番長の目は真剣そのものだ。

 冗談を言っているようはとても見えない。

 すると、これは頓知だろうか?

 突然、頓知をいわれても、僕は一休さんじゃないので困るだけだ。

 どういう意味かと尋ねてみると、

「強い場所だ。貴様分からないのか」と返答が返ってきた。

 正直、全くわからない。共感できるところも何もない。

 埒が明かないので、僕は脳内で仮説を立ててみた。

 番長のイメージからは、校舎の耐震強度の高い場所という意味ではないだろう。

 となると、権限が強い人または、肉体的に強い人がいる場所ということだろうか?

 とりあえず僕なりに、脳内で強い場所と思われる所を列挙してみる。

 職員室か、校長室だろうか……。

 そうか、校長室か。

 僕はその思いつきに内心喝采を上げた。

 この学校の校長先生は熊殺しの虎次郎との異名をもつ。空手部の名誉顧問でもある人物だ。さらに校長ということで権限も強く、肉体的にも強い人に間違いない。

 しかし、番長を校長室に連れて行って良いものだろうか。

 一抹の不安がよぎる。僕はすぐにその不安を打ち消した。

 あの校長なら、おおよそどんな相手でも全く問題ないだろう。

 僕は番長に強い場所とは校長室だろうから、そこに案内させてもらうと告げる。

「うむ、よろしく頼もう」

 番長は僕の申し出を快諾し、僕の後をついてくる。

 ちなみに、校長室は一階にあり、僕らの教室は二階にある。

 僕らが階段をおり、一階に向かおうとすると、すさまじい速度で、階段を駆け上がってくる人影とすれ違った。

 あれは、クラスメイトで、同じ空手部の部員の田心 恵美子嬢だろう。ただ、彼女は幽霊部員だが……。

 彼女とは、席も近く、部も一緒なのでわりと仲がいい。

 彼女自身は、屈託と裏表のないいい子なのだが、その難点は、時間にルーズなことで、遅刻はほぼ毎朝の事だった。

 彼女自身はまったく、遅刻に罪悪感はないとおもわれるが、先生の心証のため、急いできているというスタンスを取っているのだろう。

 さすがにこの間、僕が遅刻の多いことを注意すると、

「大丈夫よ、出席日数はキープしてるから。この際、遅刻の皆勤賞ねらいよ」と力説していた。それは皆勤とはいわないのだが……。

 全くもって、困った話だ。

 見る間に、彼女は階段を上りきり、突然急ブレーキをかけて立ち止まる。

 キキキキーという擬音が聞こえてきそうな勢いだ。

 くるりとこちらを振り向き、僕と番長を凝視する。

 僕の隣の人物がよほど目に付いたのだろう。僕と番長を交互に見比べている。

 番長は田心嬢には、興味は示さず、だんまりを決め込み瞑目していた。

 遅刻魔の彼女はホームルームに出ていないので、転校生の番長を当然知らない。

 したがって、僕らを好奇の目で見ているだろう。

 彼女を見ると、僕に話しかけようか、もしくは教室に急ごうかを、逡巡しているのが、よくわかる。

 暫く迷った彼女は、結局、話しかけることはしてこなかかった。

 とりあえず朝の挨拶を投げかける僕に、彼女はにっこりと微笑むと、ガッツポーズをとり、そのまま教室に走っていった。

 また今日も、遅刻か……。僕の知る限り、彼女が遅刻しなかった日は過去を振り返って半年の間、何回あったのだろうか? 片手で数えることができるくらいだったと思う。

 さすがに、まずい気がするのは僕だけだろうか? 担任からは注意を受けているようだが気にもしてないようだ。

 どうせ、昨日も深夜番組を見て夜遅くまで起きていたのだろう。

 そうでなければ、彼女は最近、色恋ネタと占いに凝っているので、そういったネタを扱っているWEBサイトを、夜分遅くまで周回していたのかもしれない。

 色恋ネタといえば、彼女はサバサバした気質と、わりと可愛いらしい容姿なので、男子には人気あるらしいが、彼女に恋人がいるという話は聞いたことがない。

 まあ、男女関係のことだし、色々と難しいこともあるのだろうが……。

 僕がそんなことを考えて歩いていると、番長は岩のように固い表情のまま黙ってついてくる。何を考えているかはわかりようがない。

 程なく、校長室に到着するまで、番長の表情は変わることすらなかった。

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