第31話 見ている女(ひと)の憂鬱②

 七色に聞かれて、自分の生まれた日や時間をなぎは伝えた。


 彼女が答えたそのままを七色は読み上げていく。そのままが登録された出生図が空中に投影されてホログラフィが浮かび上がった。彼女と向かい合わせに座っている二人の間の目の高さほどのところに、彼女の出生図(ホロスコープ)が映し出された。七色はその図を触って空中で親指と人差し指でモードを切り換え、図を大きくして見やすいようにサイズを調整し準備をしていた。


「これが、私のホロスコープ…」


「そうです。これがなぎさんの生まれた時の、瞬間の出生図、ホロスコープです。この円の中に十個の天体が散らばっています」


「このホロスコープから、何かわかるんですね」


「ここに、三つの円が重なっています」

 空中で指先を図に当てて動かして、七色は目の前の空中に映し出された出生図(ホロスコープ)のホログラフィを指さしながら説明をしていく。


「真ん中から外側に広がってる円…三つあるのですね」


「はい。そうです。この一番中心が、なぎさんが生まれた瞬間の天体の配置の円で、そのすぐ外側にあるのが心の変化を表わしている進行、あるいはプログレスと呼ばれている円です。そして、一番外側が今この瞬間の現在の星の動きの円ですから、ライブ中継のような状態です。」


 よく見ると図の一番外側にある「現在の星の動き」という円は時計のように刻々と動いているのが見える。七色は再び円を触って図を変えていった。次に現れたのは一つだけの円。空中に映し出されたその円はなぎの生まれた瞬間、誕生日の図だった。


「こちらがテキストモードです」

 そう言ってチラリと両方の映像を順に見せている。直感的に触れて体験することが出来る色彩豊かな3D画像モードと、一つの円の360度のメモリやハウスという十二の部屋の区分けと線、そして出生時の10個の天体状況を表わしているシンプルな図のテキストモードである。

(さぁ、準備は出来ました、なぎさん) 


「これが、なぎさんの生まれた時の星の配置図です。生年月日、出生時間、出生した地域を入れて作成しています。この図から、今日お知りになりたいということのヒントや答えに通じるものを見つけていくことになります。生まれながらに持ってきている資質や今後の未来の可能性などを見ていくことが可能な、なぎさんだけの図、ホロスコープです」


「はい。よろしくお願いします。あの、通りすがりっていいますか、先日立ち寄ったカフェで偶然こちらの七色書房さんのことを聞いたんです」


「そうでしたか。そんなこともあるんですね」


「座った場所が近かったんですけど、その方がお友達か誰かと七色さんの話をしていたんです。聞こえてしまったっていうか、聞いてしまったっていうか…。それで、私も伺いたいなって思ってしまいまして。」


「まぁ! 何をお話しされていたのか、わかりませんが」(笑)


「あ、いえ、その方。言ってました。丁度良いタイミングで、出会ったんだって。その時に飲んだお茶がどこかにずっと残ってて、時々思い出すんだって。言葉の色々は忘れちゃってることも多いけれど、目を閉じてそのお茶を飲んでいたの場の風景を思い出すと、感情が湧いてくるような、もう忘れたままにしたくないことを思い出せるんだって。何より、もう一人ぼっちじゃ無くなったんだって、そう言ってたんです」


「そうでしたか…そのような話を聞くとか、話を聞いて興味が湧いてしまったというのも、それもまた、ご縁ですね」


「はい。それで、願えば、もしかしたら私も、お伺いできるかもって、眠る前にそう思って。今日で七日目です」


 彼女は胸を張ってみせるような仕草をして、どこか自慢気でもあった。やってのけた感というのだろうか、嬉しそうに話をしていた。


 それでは、と、出生図(ホロスコープ)は見てわからなくても大丈夫なこと、時と場合に応じて、この図の中に描かれている十個の天体やその動きについて話をすることを伝えた。

 なぎさんはその図をじっと見つめていた。



「さぁ、それでは。なぎさん、お話を聞かせてください」

(今日は一体どのようなお話を聴かせてくれるのでしょう)


 そう言われて話し始めた彼女は、真っ直ぐな目をして七色のことを見ていた。顔を上げて相手の方を真っ直ぐに見ている、その姿勢はどこかしら涼しいような、清々しいような気がしたが、もう一つ。七色には、ほんの少し彼女の両方の肩が丸くなって内側に入り込んでいるように見えていた。


「あの、私にとっては本当に不思議なことなんですが…」


「はい、不思議な…こと」


「嘘みたいに私の身の周りの人たちが、次々に、上手くいっちゃうんです」


 ほぉ、興味深い、とすでに七色は感じていた。何しろ自分のことでは無く、周囲のこと、そしてその周囲が上手くいっちゃう、次々に! という話である。

(その現象に、なぎさんは、一体どのようなお気持ちを抱いてらっしゃるのでしょう)


「はい。それでなぎさんは…」


「はい。どうしてか、私の知っている人たちが成功しているっていうか、最近、次々に活躍していくのです… それはもう次から次へ、もう、またかっていう感じなのです。それは怖いぐらいに」


(ほう。これはもう、来ますね、問いが…)


 続けて、変わらず真っ直ぐな目をしてさんさんは言った。

「一体どうしてなんですか? 何か意味があるのでしょうか?」


(来ました!)

 その瞬間、七色の瞳の色が変わった。


 「はい。承りました」


 七色がそう言うと同時に、書房の空気感は七色の発した言葉にまるで間髪入れずに付いていくかのように、一瞬で変わっていった。濃くなっていくように、透明になっていくように。


 彼女のから出た「問い掛け」の言葉は、どんなに小さくても最初の重要なその奥で待っている世界への入口である。その入口があったことによって、知らなかったことを知ることになるだろう。どこかしら気が付いていたかもしれないが、意識から少しずらして自覚しないままの状態にしておくということも私たちにはよくあることだ。問いかけによって出会うことになるものは、彼女のこの先の未来をきっと拓くことになるだろう。言い方を変えるなら、それは「ひとしずく」から始まる。その人の意思の表れの第一声であり、次への物語が始まっていくきっかけなのだ。


(今、この瞬間に生まれた「問い掛け」は大切なひとしずく…)

 七色の起動スイッチが入った。


(さぁ、いきましょう!)

 七色の集中力がなぎさんの生み出した「問いかけ」に対しての「答え」というターゲットを追い始めた。

 すでにそれは大海を泳ぐ一匹の魚のように、七色には見えていた。広くて深い海のその先へ、陸からどんどん離れていくように徐々に海の色が濃くなっていった。それはもっともっと、こちらへおいで、と誘導しているかのように見えていた。


「もっと、こっちへ…はやく、こっちへ…」


 どこからかやって来る…それはどこかで待っているかのような声。

 七色は確かにその声を聴いていた。


(もっと、もっと深くへ…)



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