第32話 見ている女(ひと)の憂鬱③
海は広く深い。それまで沖に出たことなど無かったのかもしれないが、その魚はより陸地から遠く離れ泳いでいく。見える風景はぐんぐんとその色を変えていった。
「本当に不思議なんです。例えば…」
「はい」
話し出した
「例えば、美容院に行って、雑誌を渡されて開いて見ている時に、それがよく知っている人で、その人が紙面にデカデカと大きくインタビューされている特集記事だったんです。」
「はい、そうなんですね」
「さらに、今度はラジオを聴いていたら、ゲストとして私の知ってる人が出て来て、自分の活動について話していたり…、テレビに出て活動が取材されている人がいたり。ここのところやたら多いんです」
「いつ頃からそう感じていらっしゃるんですか?」
「三~四ヶ月前からでしょうか…。知ってる人たちばっかりが、仕事でこれまで以上に活躍していく感じなんです。なんだかキラキラしているように見えました。あまりに続くので、これはどういうことなんだろうって思ったんです。」
「知ってるっていうのは、直接会う人たちってことですか?」
「いえ、過去に何らかの場所で関係があった人たちっていいますか…、主婦の集まりとか、友人の集まりに居たような、少し当時話したこともあった見知った方々っていいますか…」
「そうなんですね。
「そういうのではないんです。前から知ってる人たちが続々有名になっていったり、取材されたり、雑誌に、ラジオ、テレビに出ているのを次々に見て、これを見ている私には、いったいどういう意味があるんだろうって思ったんです。向こうは、皆さんは、私のことなど覚えているか、いえ、覚えてもいないかもしれません。日常でも私は何もしていないんです。普通に家のことだけをやっている普通の主婦なんです」
「専業、なのですか?」
「はい。買物や用事以外は一日中ですね、家の中に居ます。特にここ数年は、世界的に感染症が流行った社会の状況もあって、そうですね。私が元気でも、主人や親戚には迷惑はかけられないですし。友人や仲間との食事やお茶もぐんと減らしています」
「趣味や好きなことというのはありますか?」
「ええ、好きなのは好きなだけ、ですよ。でも、ハワイの大地が好きなんです。それで言葉を少しずつ覚えたり、踊りを習ったり、呼吸法やちょっとした精神世界的なことに繋がっているようなことを勉強しています。最近はインターネットで遠隔で、ですね」
話している最中に一匹の魚が現れる。海中のいくつもの見えない境目を越えて、南の方の島々に向って速いスピードで泳ぎ続けている風景を七色は続けて見ていた。いや、その魚の方から進む姿と風景を見せられているのだ。先に見えるのはより深くて青い海だった。
(お魚さんは…どんどん進もうとしているのですね…どこかへ…)
「その先生は…」
「はい。長く学びたいと思っている先生なんです」
「では、さっそく今回の謎の答えに近付いていこうと思うのですが、
「大切な? 来ている?」
「ええ、人生のですよ。なので、わりと大きなサイクルですね。約二十九年くらいの人生の中でのとある大切な時間、タイミングということになります」
「えっ、大きな?」
「はい。」
七色はその指先で空中にあるホロスコープを触り、一周りサイズを大きくした。それは三重円の図。生まれた時の図と時間経過による心の変化の進行の図、そして現在の空模様という三つの円が重なっている図のことだ。
「三つの円の中の、この真ん中の、二つ目の円を見てください」
七色がそう言うと、宙に浮いているホロスコープの二つ目の円がその場所を知らせるかのように光った。これは進行図、プログレスの円とも呼んでいる、その人の約二十九年という時間サイクルの中においての様々な心理変化を表わしている図である。
ホロスコープというのは、その円が十二の部屋に分かれている。ハウスと呼ばれる各部屋のサイズは異なっているが、対向している部屋同士は同じサイズであり、例えば一ハウスと七ハウス、二ハウスと八ハウス、三ハウスと九ハウス、四ハウスと十ハウス、五ハウスと十一ハウス、六ハウスと十二ハウスが同じサイズということである。
生まれた時、時間による心の変化、現在の空という三つの円が重なっている。その人の資質、時々の心模様、さらに今この瞬間の空の配置がどのように影響しているのかなどが表わされているのだ。
ここからその人の持っている過去、現在、未来の物語を見ていくことになる。時に相談者の質問に答えていくのが占星術師と呼ばれている人たちだ。地球では、様々な街に古来から占星術を志す人達が居る。入口は地上的な日常のことを知りたいという欲求から始まることも少なくないが、占星術は大きい。私たちが地上でのみ生きる存在であるとは言っていないのだ。地球に生きる人々が忘れたものの多くを思い出して、より自発的に本質的自己へと回帰していく旅へと歩き出そうとする時、占星術はその道筋を表わしてくれているのである。
もちろんこの旅にはその道により詳しい案内者が必要だ。縁というものによってそれぞれの人達はこの見えない道を案内する存在と出会い、旅が進んでいくことになる。
そんなホロスコープの図を出して見せているものの、あまりに細かな説明はしないままに本題へと七色は入っていく。
「ここに答えの一つがあります」
七色はその二つ目の円の縁をくるりと触りながら、
ここしばらく悩み続けていたことに早くも答えが出てしまうのかと、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます