第26話 執事とハウスキーパー
しばらくすると塀の修理をしていたノームたちと壁の修理をしていたホブゴブリンたちがカグヤの元に集まってくる。
「皆ごくろうじゃった。そのうちにまた頼むことになる。」
精霊たちは軽く頭を下げながら消えていった。
「ブラウニーたちの掃除もそろそろ終わるじゃろう。」
カグヤはそういうと皆を引き連れて屋敷の中に入る。
「意外と広いのう。」
「これなら盛大にパーティーを開いても問題ありませんね。」
「いや、その予定はないぞ。」
「ダメですよ。お屋敷を持った貴族はパーティーを開いてお披露目するのが常識です。ましてやキャロル様がお泊りになるのですから絶対にやっていただきます。」
テレサはカグヤに顔を近づけて熱弁する。
「入学前のパーティーもたくさんしなくてはなりません。お友達もたくさん呼べますわ。」
キャロルは楽しそうに期待に胸を膨らませる。
「つまり、食事にデザート作り、食器に美術品も必要か・・・。パーティーは庭ができてからにしてほしいのじゃ。」
「わかりましたわ。私たちにできることは何かありますか?」
「あー、人じゃ。メイドとかメイドとかメイドとか・・・護衛もほしいのう。料理人のあてはあるか? いや、その前に執事にハウスキーパーじゃ。」
「執事とハウスキーパーですか・・・。以前、私の身の回りを世話を仕切っていた夫婦のような信頼できる方を探すのは大変ですね。もう歳だからと隠居生活をしています。」
「ほう、夫婦でのう。」
「はい、城に長く勤めていたため貴族たちとの顔も広く、様々な慣習にも精通しています。」
「それは貴重な逸材じゃの。会えるか?」
「そうですね。私も慰問を兼ねて会いたいです。」
「フム、では会いに行こうではないか。」
「いまからですか?」
「そうじゃ。今すぐじゃ。」
「私では、どこにいるのかは存じません。誰か知っていますか?」
「それなら私が知っております。」
奴隷の従者が返事をする。
「よし、では案内するのじゃ。」
「いや、しかし、キャロル様をあんな粗末なところに案内するのは・・・それにかなり歩きます。」
「お忍びで行動するので大丈夫なのじゃ。」
「そうですね。お忍びなら大丈夫ですね。行きましょう。」
カグヤはクモガタを一体呼び寄せる。
「キャロルはこれに乗ると良い。」
キャロルは一瞬戸惑い、恐々とクモガタの背に乗る。
「では、走ってもかまわん。急いで案内するのじゃ。」
奴隷の従者はときどき後ろを振り返りながら急いで歩き始めた。
「乗り心地は悪くないじゃろ。」
「まったく揺れないんですね。」
カグヤたち一行は道行く人の注目を集めながら路地裏へと入っていく。
「それにしても、お忍びとは程遠かったのう。」
「ウフフ、カグヤといるととても楽しいです。」
小1時間ほどで古い共同住宅の前に到着する。
「こんなところに住んでいるのですか?」
「はい、しばらくお待ちください。確認してきます。」
奴隷はそういうと住宅の中に消えていった。
しばらくすると戻ってきて部屋に案内される。テレサと従者はクモガタと住居前で待機だ。
「使用人のお話をしていたら会いたくなって来てしまいました。」
キャロルは出迎えた腰の曲がった老夫婦に軽く挨拶する。
「ずいぶん成長なさいましたね、どうぞこちらにお座りください。」
キャロルが座るのを確認するとカグヤに目を向け
「数々のお噂は私達の耳にも届いております。あなたがカグヤ様ですか?」
「ウム、そうじゃ。使用人のことで相談があっての。信頼できる執事とハウスキーパーを探しておる。簡単に言うとワシの館でキャロルを保護することになった。良い人材はいないかと思っての。」
「キャロル様の弱いお立場を考えますと、気の利いた者で引き受ける者はいないと思います。」
「じゃろうな、ワシだけなら片っ端から追い払うだけなので特に必要もないのじゃが、キャロル身の回りの世話と来客対応できる者がどうしても必要なのじゃ。」
「・・・私達がもう少し若ければ喜んでお使えしますのに、この通り腰も曲がってしまって体が言うことを利きませぬ。キャロル様が窮地の今こそ全力でお仕えすべきときなのに・・・せめてご成人なさるまで見届けたかったです。」
「いいのですよ。今日は私をここまで育ててくれたお二人に会いたかっただけですので・・・。せめて手を握らせてください。」
キャロルはそういうと立ち上がって二人の手を握る。
「生活に困っていることはありませんか?」
「もったいないお言葉です。」
カグヤはしばらく三人の様子を黙って見ていた。
「そなたら、もし若返ることができたらキャロルに仕える気はあるか?」
「はい、適わぬ夢とは思いますが、以前のようにお仕えしたいと考えております。」
二人は迷い無くカグヤを見る。
「よかろう。ベッドに横になってこれを飲むのじゃ。」
ストレージから二本の薬瓶を出して二人の前に置く。
「エッ、これは若返りの薬ですか。」
「鑑定が使えるなら話が早い。体の組織を変化させるので五分ほど苦しむが30年ほど若返ることができる。昔はワシが使っていたが今は必要ないのでな、その残りじゃ。これを飲んでキャロルに仕えるのじゃ。キャロルも良いかな。」
「伝承で聞いたことはありますが、本当にそのような物が存在するとは・・・。」
「私達ごときにこんな貴重な品を、ほんとうによろしいのですか?」
「使うべきときに使うのが薬じゃ。遠慮なく飲むが良い。」
二人はしばらく目の前に置かれた薬をジィーと見ていたが、意を決したように瓶を手に取り寝室に入って行った。
カグヤは紅茶セットを出してキャロルに薦める。
「メイドや使用人、料理人のことは二人に任せるとして、内装はどうするか希望はあるかの? 何も無ければ竜種の剥製でも並べようかと・・・。」
「あのう、ドラゴンとかですか?」
「ウム、過去に何十種類と狩った剥製をバァッーと。」
「おやめください。怖くて部屋から出れなくなります。」
「ではタイガーとかベアとかの魔獣の類を・・・。」
「そんな怖いところで生活したくありません。」
「ウ、ウーン、土器類とか。」
「土器ですか?」
「ウム、100万年前に使われていた物じゃ。石斧とか粗末な農機具とかいっぱいあるのじゃ。問題はどこの大陸のどの地方の物かまったく覚えていないことじゃな。聞かれても困る品ばかりじゃ。」
「・・・。」
キャロルはどう返答してよいのかわからず黙り込んでしまった。
「あー、では、無難に風景画にしておくかの。記憶にある風景をそのまま壁に魔術転写していくのじゃ。こんな具合に、それっ。」
魔法を発動すると壁に、海上でガレー船を襲おうとしているシードラゴンの絵が転写される。
「うわぁ、綺麗ー。こういうのでお願いします。ただし戦闘シーンとか無しでお願いします。」
「迫力があってよいと思うのだが・・・。」
しばらくすると30代ぐらいの若い男女が現れる。
「フム、背筋もピーンとしておるの。」
「エエッ、ほんとうに・・・。」
「はい、キャロル様。夢を見ているようです。」
「さて、この薬の存在が知られると面倒なので、二人には名を変えてもらうが良いな。」
「知られてしまったらどういたしましょう。」
「いずれバレるじゃろうが、なるべく隠してとぼけまくってもらうしかないのう。・・・二人の名はそれぞれセバスとメアリーでどうじゃ。当面の資金はワシが出すが、正式な雇い主はキャロルじゃ。
やることは、いずれキャロルの物になるであろう屋敷と使用人たちの管理じゃな。」
「いいのですか。」
キャロルは心配そうに聞いてくる。
「それと、他家から間者も送られてくるだろうが、とくに秘密にすることもないのでそこは気にしなくて良い。逆に積極的に情報を流して各派閥に宣伝してもらう良い機会と考えると良い。
また、使用人は奴隷から令嬢まで身分は関係なく、使えるか使えないかだけで判断するのじゃ。ほとんども任せっきりになると思うので給金も期待して良いぞ。」
「私からもお願いします。」
キャロルは二人の手を握る。
「はい、誠心誠意ご奉公させていただきます。」
優秀な2人の若い夫婦はキャロルの手を取って涙ぐんでいた。
カグヤたちはしばらく話会った後、支度金として小金貨10枚ほどを置いて部屋を出た。
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