第25話 邸宅
その後、5曲分の楽譜を奪われたカグヤは、嬉しそうに帰るバストルたちを見送るとキャロルに促されるように会場を後にして部屋に連れて行かれる。そこではキャロルを支持する腹心たちが大喜びしていた。
「すでに候補から外れていた王女が一挙に急浮上しました。形勢大逆転です。」
「カグヤ様、お元気ないようですが・・・。」
「あー、演奏会の構成で頭がいっぱいなのじゃ。ほっといてほしいのじゃ・・・最初はフライイングしながらボレロから、次は景気良くウィリアムテルか・・・おもちゃに剣のとか謝肉祭ははずせんな・・・最後に何を持ってくるかじゃの。」
ブツブツ良いながら木版に書き出していく。
「なんでもできてしまうのですね。」
「見たことの無い文字です。」
「楽しみですね。」
カグヤはテレサと共にそのまま城に泊まっていくことになった。
翌日、王妃ブリタニーに呼ばれキャロルと共に朝食を摂る。
「王位継承戦にキャロルが入ってくるとは思いませんでした。」
「余計なことをしたかのう。」
カグヤは王妃の反応を見る。
「いえ、よく盛り上げてくださいました。あのままではこの子も毒を盛られていたことでしょう。感謝の言葉もありません。」
「そうか、では良い物をやろうかの。」
カグヤはストレージから指輪を二つ取り出す。
「これを指に嵌めておけば毒物に反応して光るのじゃ。食事のときは必ず嵌めておいくと良いのじゃ。ここまで来て毒殺されましたでは割に合わんのでな。」
カグヤはそう言いながら指輪をメイドに渡す。
「まぁ、このような貴重な品を・・・。」
「まずは生き残ることが最優先じゃ。先のことは何が起こるかわからんしの。未来のことは未来に考えれば良いのじゃ。」
二人はお互いに頷いて指に嵌める。
「キャロルは屋敷が決まり次第連れて行くが良いかの?」
「はい、今はカグヤにお
食事が終わるとキャロルと供回り数名とテレサと共に幽霊屋敷を見に行く。
「これはボロボロじゃな。」
門は崩れ、屋敷を囲う塀も崩れたり傾いていたりしていた。庭は広いが草ぼうぼうで、屋敷の中はほこりが溜まり階段の手すりなどが壊れかけたりしていた。
「これは住めそうにありませんわね。」
キャロルは残念そうに呟く。
「フム、これは修理すればいつでも住んで良いということで構わんのだな。」
「このようなところに住むおつもりですか? 立て直すにも時間がかかりますよ。」
「フフフ、任せておくのじゃ」
カグヤは精霊を呼び出す。
「ブラウニー、ノーム、ホブゴブリン。」
煙のような物が出てだんだんと人の形に近い姿が現れた。それぞれ30体ずつ出て回りをキョロキョロしている。
「この屋敷を住めるようにしたい。手伝ってほしいのじゃ。材料はワシのストレージから自由に使ってくれ。ブラウニーたちは家の掃除から、ノームたちは門と塀の修理、ホブゴブリンたちは壁の修理じゃ。」
ワーッという感じで全員が一斉に動き出す。それを見てから鉄のゴーレムであるクモガタE7を16機出す。
「お主等は草刈じゃ。」
「ヘイヘーイ。」
やる気があるのか無いのかよくわからない返事をして散っていく。
皆、唖然として見ている。魔物のゴブリンは人を襲うが、人と友好的なホブゴブリンの精霊種なぞ初めてなのだ。ムリもない。
「あのう・・・。」
キャロルはカグヤに声をかける。
「オウ、お主たちは門の近くで庭の設計じゃな。家の中は修理が終わってから考えるのじゃ。・・・やつらなら精霊種なので人に危害を加えることはないぞ。しかし、近くを通った者が魔物と勘違いして大騒ぎになったら大事じゃ。番をしながらお茶でも飲みながらゆっくり考えてくれ、ワシはフロの設置じゃ。フロはとても大事なのじゃ。」
「あ、はい・・・いえ、そうではなくて、あの鉄のゴーレムはなんでしょう。」
「ああ、ワシが魔術と鍛冶と生産作成技術を駆使して作った最高傑作クモガタE7じゃ。個別に自由意志を持っているが精神はワシにリンクしておるで暴走することはない。便利なペットだと思えば良い。器用で番犬代わりにもなる優れものじゃ。」
カグヤは胸を張る。
「そうですか・・・。」
キャロルは唖然としながら精霊たちやクモガタを見る。
「ちゃんと草刈ってますね。」
「みんな働いてますね。」
「・・・。」
カグヤはテーブルと椅子に紅茶セットお菓子、木版数枚とチョークのような墨棒を出すと
「では屋敷内と庭の図面構成を頼むのじゃ、あとで来る。」
カグヤはそう言いながら軽く手を振ってサッサと屋敷に入っていく。
「行っちゃいましたね。」
テレサが呟く。
「いつもこんな感じなのですか?」
キャロルはテレサに向き直って問う。
「そうですね・・・何かやってるなー、と思って見てると、いつの間にか解決に向かってるというか、結果が出てるというか、無駄がないといいますか・・・とにかくテンポが速いのです。」
キャロルたちが門の近くで庭の間取りを考えていると、ときどきノームたちを見た通行人が驚いて知らせにきた。そのたびに、それは魔物ではなく精霊種なので大丈夫だと説明する。
ある程度、庭の間取りが決まり始めたところにカグヤが戻ってきた。
「休憩じゃ。モモでも食べようかのう。」
カグヤはそういいながらモモを出して一口サイズにサクサク切り始め山盛りにする。
木の枝で作った用事を10本ほど刺して、一つを口に運ぶ。
「ウン、うまいのじゃ。」
「このような果物は初めて見ました。・・・ンー、甘くておいしいですね。」
キャロルは頬を崩す。しかし、キャロルが食べる横でキャロルの従者6人の内、2人は立ったままだ。カグヤは二人に声を掛ける。
「お主らも食べよ。」
「この二人は奴隷なので・・・。」
役に立ちそうな奴隷は要職にも付かせるが奴隷と一緒に食事をしたくない貴族がいるので気を使っているようだ。
「ふむ、奴隷としての身分を制度として受け入れはするが、奴隷が卑しいと考える傲慢さには賛同できぬ。ワ
シの使う屋敷では精霊、妖精、妖魔、精獣などさまざまな種族が同居することになる。立場の違いを除けばすべて平等じゃ。それがこの屋敷で生活する上でのルールとなる。気に入らないのならすぐに去るがよい。そのような傲慢さは身を滅ぼし国のためにもならぬ。」
「二人とも座りなさい。」
キャロルにそういった傲慢さはなさそうだ。しかし従者の一人が立ち上がる。
「俺は納得できん。奴隷と一緒に食事などできるか!」
「バルトローク控えなさい。」
キャロルが叫ぶ。しかし、バルトロークは続ける。
「私にも貴族としての矜持があります。」
「それは矜持ではなく、ただの慢心じゃ。」
カグヤは切り返す。
「奴隷は生まれながら奴隷なんだ。」
「そうか、では今から貴様を拘束して他国の奴隷商人に売り渡すかのう。そうすれば貴様も晴れて奴隷の仲間入りじゃ。それが生まれながらの貴様の運命ということになるのう。もともとそういう運命だったと言えば誰も文句は言わぬ話じゃな。」
カグヤは立ち上がりバルトロークを見据える。
「お待ちください。私からよく言って聞かせますので、どうか・・・。」
キャロルの言葉を無視してバルトロークの襟首を掴み門の外に放り出してから続ける。
「考えを改めるならよし、傲慢さを改めぬのならこの屋敷への立ち入りを禁ずる。」
「バルトローク、後で皆と話し合いましょう。」
キャロルは立ち上がり門の外に放り出されたバルトロークに話しかける。
「誰かを王位につけるだけなら簡単じゃ。その誰か以外の王族を皆殺しにし、抵抗するものを排除すればよいだけ。ワシにはそれを実行するだけの力がある。それをせずに回りくどいことをして頭を抱えているのはなぜなのか、よく考えておくことじゃ。」
「王とは国内をまとめ上げるだけではないのか?」
「それでは群れた盗賊や強盗と変わらぬのう。それで良いならワシに頼らずさっさと王子たちを殺して回ればよかろう。ま、それをすれば他の有力貴族が真似をして今度はお主らが殺される側に回るだけじゃがな。」
「あのう、その新しいルールをこの国に広げるということでしょうか?」
「ガラムスの話では、すべてではないが解放奴隷から自由市民となった子孫たちがあのラーマ帝国を支えておるようじゃ。良いところは真似をすればよいのじゃ。」
「そうはいっても、今のラーマはバルトロークのような考えが主流になっているがな。
奴隷たちだけでなく自由民の貧困層さえもゴミのよう扱われている。このままでは国としてジリ貧になるのは目に見えているのだ。」
ガラムスは出身国のラーマ帝国の現状に
「大変な事態ですね。」
「フフフ、大変な事態が無い時代なぞ存在せんぞ。ま、結局はなるようにしかならんのじゃ。」
「カグヤは旅商人として世界を回っているのですか?」
「ウム、そうじゃ。いろんなところを回っておるぞ。数kmも落ち続ける滝とか、一年中凍っている大地とか、延々と燃え続ける谷とか、ドラゴンの群れの住む山脈とか、宝石が輝く洞窟とか、数kmは空を滑空する飛びマグロの群れとか、神の社とか、高い山に登れば下の方は雲の海、海に潜れば魚の大群。水竜もいれば巨大なクラーケンもおる。魔物だらけで人が住むのはムリかと思っておった大陸にいつの間にか人族が住み始めていたり、数百年前に栄えていた大きな国が滅んでいたとか、未だに驚くことも多いいのう。」
「まぁ、私も一度ぐらいは旅をしてみたいです。」
「いや、旅のほとんどは単調で辛いものじゃ。盗賊や窃盗は出るし、遊牧民だけでなくその辺の村人でさえ突然襲ってくるときがあるしのう。ワシのようになんでもできて、ドラゴンをしばいて回るのが趣味という域に達しないと、普通は危険と隣り合わせじゃぞ。」
「ドラゴンをですか・・・。」
「ウム、少し遊んでやると涙を流しながら
ガクヤはシミジミと語る。
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