第24話 後援
大男の名はブラッド・オースチン伯爵。ロート市の北側を治める地方領主だ。武術大会の優勝経験もあり武勇で鳴らし、北部から進入してこようとする遊牧民の偵察隊を追い返しているらしい。
しかし、ガサツな性格と声の大きい強烈な個性で貴族からは敬遠されているらしく、誰も近づいてこない。
・・・うむ、かなりうるさいがすばらしい虫除けじゃ。仲良くしておいて損は無いのう。
話を聞いてみる限りでは、突撃が得意らしいがいつの間にか回りに味方がいなくなってることが多く、敵中で孤立して奮戦する話が多い。敵将のクビを取るなどの手柄を立てることも多いようだ。
・・・それにしても、よくぞいままで生き残ってこれたものだ。
しばらく話を聞いていると回りが騒がしくなる。
気にせず虫除けの隣でワインを嗜んでいると、
「聖女様、やっと辿り着きました。」
聞き覚えのある声の方を振り向くと、メイドたちが貴族たちを押しのけながら一人の少女を前に進ませようと奮戦していた。
「ようやく名乗りを上げる機会が訪れました。この国の第一王女キャロル・ヨルス・ハイトン。この度は私の後援になっていただきありがとう存じます。私のことはキャロルと及びください。」
「なるほど、後援ということになるのか。ぽっと出のワシが名を売るには最適ではあるだろうが、どうなるかはわからぬぞ。」
「はい、今の私には何の後ろ盾もありません。まずは身を守ることから始めなければなりません。」
「それは良い心がけじゃが、緊急を要するようじゃのう。屋敷を整え次第引越ししてもらうが良いかの。」
「はい、どこまでも付いていきます。」
・・・な、その言い方!!!
キャァー
メイドたちが顔を赤くして黄色い声を上げる。
「ワシのことはカグヤで良い。どちらが上かわからなくなるからカグヤと呼ぶのじゃ。」
敬称を付けてきそうなので念を押す。
「はい、ではガクヤ・・・。」
「さて、ブラッド伯爵。早速だが貸しを返してもらおうかの。」
「できることだけだぞ。」
「ワシと共に王女の後援に名を連ねてもらう。」
「ウーン、俺は王族の後継問題に関わる気はないぞ。」
「お主とワシの領地は近いようじゃの。偵察部隊程度ならお主の力で跳ね返せるが、数千規模で来られたらどうなるかのう。勇猛で知られるマホ族の支援は心強いと思うぞ。しかも騎兵じゃ、とても頼りになるぞ。」
「領地が最優先だ。形勢不利ならすぐ裏切るぞ、それでいいか。」
「フフフ、正直で良いのう。それで良いぞ。」
「よし、これで借りは無しだぞ。」
「ではキャロル、心強い新たな支持者じゃ。この国の北の守りじゃ。名を連ねて置くだけでも効果抜群じゃ。」
「ブラッド伯爵、私のことより領民を大事にしてくださいね。お願いします。」
キャロルはブラッド伯爵の手を握り軽く頭を下げる。
「味方はおらず同腹の兄二人は毒殺、孤独だったのじゃ。力になってやろうではないか。」
「お、おう。そうかわかった。」
ブラッドは困った顔をしながら照れていた。いつも孤独に中にいたブラッドは頼られることをとてもうれしく思ったが、同時に戸惑っていた。
しばらくすると身なりの良い集団が近いてくる。
「お前がカグヤだな。」
「そうじゃ。」
「第二王子のバストルだ。聖女と噂されているようだな。」
「悪魔と呼ぶ者もおるぞ。噂はしょせん噂じゃ。」
「なるほど、おもしろいな。俺の傘下に入れば望みは思いのままだ。妾にしてやってもいいぞ。」
「興味無いのう。」
「ではお前の望みはなんだ。言ってみろ。」
「フム・・・うまい物食って、ときどき運動して、気まぐれに音楽を奏でて、一日中ゴロゴロしていたいのう。」
「ほう、音楽ときたか。・・・たしかオルガンと言ったものがある。鳴らしてみろ。」
「そんな物があるのか?」
「異国からの渡来品だ。こっちだ。」
案内されたところには、過去にカグヤが作った足踏みオルガンがあった。
「ほー、こんなところにあるのか。ずいぶん昔のものじゃぞ、壊れているのではないか?」
「修理はさせてあるがまともに鳴らせる者がいない。やってみせろ。」
カグヤはイスに座り鍵盤を叩く。音が良いとは言えないがそのまま弾いてみることにした。
マーチを5曲ほど弾いてみる。20分ほど弾いていたがいまひとつ音が気に入らない。
「ふう、グランドピアノがほしいのう。」
カグヤは呟いて立ち上がると拍手が沸き起こる。何時の間にか大勢の人が集まっていた。
「聞いたことの無い曲だが素晴らしかったぞ。」
「ワシのお気に入りの曲じゃからの。」
「お前が作った曲か?」
「いや、遠い異国の地の曲じゃ。普通ではたどり着けぬ。」
「楽師として雇ってやるぞ。好きなときに奏でることができ、普段はゴロゴロしていられるぞ。」
カグヤはニヤリと笑うとキャロルに目をやり、ストレージからゆっくりと木版の楽譜を取り出す。
「フフ、ここに今弾いた曲の楽譜がある。」
「見せろ!」
「この国の楽譜と同じかどうかはわからんぞ。」
バストル第二王子はカグヤから木版を奪うようにして目を通す。一緒にいた側近らしき者もたちもそれを覗き込む。
「ひとつの楽器でいろんな音を出すのはこういうことですか。」
「単独で楽団のような曲になるのもうなずけます。」
「すばらしいですね。」
「これを元に楽団で演奏すればもっとすばらしい物となります。」
どうやら、楽譜の書き方は同じだったらしい。バストルの回りにいたのは音楽に造詣を持つ者たちだったようだ。転生者の誰かが伝えたのだろう。
「お前達、それが読めるのかの?」
「はい、すばらしい出来です。ぜひ、他の楽譜もお見せください。」
バストルを取り囲んでいた者の一人が懇願してくる。
「よし、これは献上品としてもらっておく。他の楽譜も出せ!」
しかし、カグヤはバストルが持っていた楽譜を取り上げる。
「さて、取引といこうではないか。」
「なに!」
「キャロルと同盟を結んでもらおうか。ワシがもっている楽譜は数千に上る。兄弟で無駄に争って時間を浪費してしまってはこのような名曲と一生出会うことはないぞ。そのような人生で良いのかのう。」
「・・・。」
バストルは考え込む。
カグヤはさらに追い討ちを掛ける。
「いずれ一部を披露する機会もあるだろうが、そのとき敵対していて貰えるはずの楽譜を貰えなかったでは後悔するばかりぞ。自分が本当は何をしたいのか、今考えるときではないのかのう。」
キャロルも参戦する。
「お義兄様、私たちに敵対の意志はありません。血のつながった者同士、手を取り合いたいと考えております。お義兄様とは、今後は緊密な協力関係を築いていきたいと存じます。」
「貴様ら・・・よかろう。しかし、王位を諦めたわけではないぞ。」
「フム、最後は話し合いで解決で良いと思うが、それだけでは渡せぬのう。」
カグヤは楽譜をヒラヒラさせながら意地悪くもったいぶる。
「なんだ、まだあるのか、条件次第だ言ってみろ。」
「お主の支持者たちに先走らぬように、さらに一歩進んで協力し合うように抑えてもらいたいのじゃ。出来る限りで良い。そのかわり、危機が迫ったときは必ず助けに行くと約束しよう。」
「マホ族に貴様の謎の能力と力か・・・。」
カグヤは勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「貴様の思い通りに事が運んだようで癪に障るが、未知の芸術の前では霞んでしまうわ。」
「それでは、お義兄様。」
キャロル王女はバストル第二王子に手を差し出す。
「フン、慌てるな義妹よ。こちらの条件がまだだ・・・。貴様、演奏会を開け!」
バストルはカグヤを指差すと高らかに言明する。
「んな!」
カグヤは突然降って沸いた面倒ごとに驚き、戸惑いを見せた。
「ワッハッハッハッハ、その顔が見たかったぞ。キャロルから聞いている。精霊が不思議な楽器を使って共演するそうだな。それを俺にも見せろ! 明後日の午後に演劇場だ。二時間やる。聴衆を沸かせて見せろ!」
「二時間もか、構成が大変なのじゃ。」
「カグヤ様なら大丈夫です。後世に語り継がれる演奏が繰り広げられるでしょう。とても楽しみです。」
いつの間にかテレサがキラキラした目で横に立っていた。
「人事だと思って・・・。」
頭を抱えるカグヤの横でキャロルとバストル第二王子は軽く握手をしていた。
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