第23話 叙爵と領地
「そうですか・・・次に写本の閲覧の件ですが、その、第一王女キャロル様が9月から学院に入学する予定なのですが、護衛も兼ねて一緒に入学していただけるのなら閲覧は自由と、王のお言葉です。」
「・・・護衛って、成り手がいないのかの?」
「いえ、通常の護衛を兼ねた御学友ならたくさんいますが、貴族の悪意を防げるだけの者は・・・。」
この国の王はアークヴィヒ・ヨルス・フォビウス50歳、王妃はブリタニー35歳、王妃の娘である第一王女キャロル13歳。腹違いの兄が三人いて、第二婦人の子・アコスタ25歳、第三婦人の子・バストル22歳、第四夫人の子・ビリーク18歳。他に妹や弟が10名。他にも兄が二人いたが毒殺されてしまったらしい。
王子三人は甘やかされて育てられ、それを利用しようとする貴族は集まるが、国の中枢を担う者たちからは嫌われているらしい。
「見事にグダグダじゃな。ワシも関わりたくないのじゃ。」
「キャロル様は聡明で誰にでもやさしく公平、下級貴族の支持も多く、国民からも慕われております。しかし、有力な支持者がいないので何時襲われてもおかしくない状態なのです。」
「何度か会ったあの少女じゃな。じゃがのう、線が細すぎて貴族社会では生きて行けぬのではないか?」
「私共が全力で補佐します。」
「なぜ貴族でもないワシに頼むのじゃ。王子の一人に嫁がせてしまえばよかろう。」
「それは王も本人も望みません。・・・カグヤ様のことはいろいろ調べ、観察させていただきました。無類なき武勇、不思議なお力、豊富な知識とすばらしい判断力にすばやい行動力。これ以上の適任者はおりません。どうか、お力添えをお願いします。」
テレサとミューシーも含め、その場にいる側近たちも頭を下げる。
「・・・ワシが王女の支持者筆頭になり、教育もするということになるが、それで良いのか?」
「願っても無いことです。ぜひお願いします。」
「まぁ、権力に近い方が動きやすいか・・・いや、
王族といっても他の領より多少優位にあるというだけで、次期王を決める権利はほとんど無いようなものだ。
次の王位に付けるのは有力な領主を味方につけた者であって、血がつながってなくても王の一族だと名乗ればどうとでもなってしまう。
後継者争いとは、有力な領主との駆け引きや引き抜き合いから始まり、決着が付かなければ最後に国内で戦争となる。
カグヤは黙って考えを巡らせると。
「まずは学校の近くに広めの空き地か、大きな屋敷がほしいのう。王女はワシと一緒にそこに住んでもらおう。どこか良い物件はあるかの? 」
「それはキャロル様もお喜びになりましょう。ただ、物件はあることはあるのですが・・・廃嫡になった旧侯爵家の屋敷です。縁起が悪いということでどの貴族も敬遠して誰も住もうとしない幽霊屋敷ですが。」
「広いのか?」
「はい、庭も広く大きな屋敷です。今は王族の所有地なので手続き上も問題ありません。ですが、建て直さないとダメかもしれません。」
「フフフ、屋敷の再生は精霊たちに任せれば平気じゃ。それより信用できる執事は必須じゃな。他にハウスキーパー、料理人とメイドは追々集めればよかろう。」
「執事なら良い者がおります。他は探しておきましょう。」
屋敷は翌日見に行き、建て替えるかどうかはそのとき決めるということで話はまとまる。
その後、武術大会で使った武器を手渡すと側近たちは部屋を出ていった。上位入賞者の武器や防具は祝賀会中に会場で飾られるようだ。
しばらく待っているとメイドが会場に案内する。
派手に飾り立てられた大きな扉の前で止まるとゆっくり扉が開く。メイドが後ろから囁く。
「真っ直ぐ王の前までゆっくり進み、軽く会釈してください。」
「カグヤ・ムーン・アイナリント入場」
中に入ると大勢の貴族達が左右に並んで立っていた。王は遥か先の少し高いところにいる。
カグヤがゆっくり歩いて行くと回り中から声があがる。
「かわいいわね」
「戦いを見ていたが一度も打撃を食らってなかったぞ」
「こんな華奢な小娘が」
「倍もある大男を金棒ごと真っ二つにしていたぞ」
「まだ子供ではないか」
「西に移動してきた遊牧民を配下にしたという話だぞ」
「あの服見たことないな」
「他の大陸では長命の種族がいると聞く」
「エルフのようには見えない。人種に近いな」
「お、鑑定では精霊種と出たぞ、レベルは驚くほど高くは無いな。」
・・・こ、こいつらぁぁぁ、改変しとるに決まっておるわ!!!
カグヤは見世物にされた上に、不躾に鑑定でステータスを勝手に覗き込まれ、顔を引きつらせながらゆっくり進む。
時間をかけてやっと王の下にたどり着くと軽くお辞儀をする。
「頭を上げよ。」
すぐに側近が功績を称え始める。
「今回武術大会で優勝する以前に、漁村を襲って村人を奴隷にしようとしていた海賊船を3隻拿捕した功績により公式ではないが騎士の称号を与えられていた。ロート市においてはスモールアント数万の群れの討伐と、ロート市を襲おうとしていた遊牧民マホ族の掌握。この功績により男爵に陞爵。そして、今回の武術大会での優勝により名誉子爵に陞爵された。
今後、この者には掌握した遊牧民を率いてカズラ高原の全領域を管理監督してもらうこととなり、戦争時には騎馬隊を率いて参加してもらうことになる。」
騎馬隊を率いるとはいっても、別に本人が直接指揮を執る必要はない。カグヤ家の者とわかる者が指揮を取れば問題はなく、戦場にでなくても功績はカグヤのものとなる。
側近が一歩下がり王が前に出る。
「カグヤ・ムーン・アイナリントを名誉子爵とし、カズラ平原の地を収めてもらうこととする。以後、領民を守り忠勤に励むように。」
「受け承りました。」
・・・こんな挨拶でよかったか。
と思いつつ軽く頭を下げる。あとで聞いたが格式張った挨拶は無く、誠意が伝わればいいとのことだった。カグヤは少し悩んだことを損した気分になった。
サッさと下がって顔見知りを探さねばと思っていると大きな声を張り上げる者がいた。
「こんなポッと出の成り上がり者に子爵位とはずいぶんと貴族の格が落ちたものだな。」
ガタイの良い大男だ。王と側近達が目を剥き、貴族達がざわめきだす。
カグヤはニヤリと笑みを浮かべ、軽く左手を挙げ他を制止ながら男に体を向ける。
「フム、ならば領地をかけて力比べをしようではないか。お主が勝てばカズラの土地や収益はお主のものとなる。ワシは、お主の傘下でカズラの地を収めることとなろう。」
「力比べだと!!!」
「ウム、腕相撲でどうじゃ。このような場で剣を振り回すなど無粋であろう。」
「フン、いいだろう。誰かテーブルを持て!」
鼻息の荒い男の従者たちがちょうど良いテーブルを運んでくる。
「お主のような直情家は嫌いではないぞ。自慢したい武勇もさぞ多かろう。後で聞かせてはもらえぬかのう。この機会に
「ほう、負けて俺の傘下に入りたいと言う訳か。なかなか見所があるではないか。」
・・・これは、ちょろくて扱いやすいやつじゃ。
しばらくすると大男の高さにあったテーブルが用意される。
「ハッハッハ、腕がテーブルに届くのか。勝負以前の問題だな。」
「いや、問題ないぞ。」
カグヤは魔力で足の裏にボードの形のようなものを発生させて宙に浮いてテーブルに腕をおく。
「ウムちょうど良い。さあ、やるのじゃ。」
「なに、貴様・・・フン、まぁその程度の小細工で勝てると思うなよ。」
男は魔法を使って宙に浮くカグヤに驚くが、気を取り直してテーブルに手を置き、カグヤと手を合わせて従者に声をかける。
「お前、合図をしろ!」
「はい、それでは・・・始め。」
魔力を体中にめぐらせ大気と同調させるカグヤの力は圧倒的だ。しかし、すぐには勝負を決めない。右に左に腕を振り相手を翻弄する。
「これではワシが勝ってしまうのう。ほれほれ、領民のためにがんばるのじゃ。」
男の顔はみるみる真っ赤になってうんうん唸り出す。
「では決めるぞ・・・ヨッと。」
掛け声と同時に男は負け、反動で転げる。カグヤは呆然としている男の前に立つと、
「では、お主の領地はワシのものじゃな。」
「そ、それは・・・。」
大男は何か言い訳をしようとし始めたが、片手を上げて制止させてから話を続ける。
「と、いきたいところじゃが、それではお主を慕う領民が悲しむ。それはワシの望むところではないのじゃ。ここはお主を慕う領民のためにひとつ貸しということで収めてもらえぬじゃろうか。」
大男はこの提案に飛びつく。
「よ、よかろう、領民のためだからな、うん、仕方が無いのでひとつ借りということにしていてやろう。」
「おお、ありがたいことじゃ。お主のような領主を持った領民も幸せじゃのう。いままで領地を守ってきた武勇伝も聞きたいものじゃ。ぜひ、これからの領地運営の手本としたい。あちらには喉を潤すためのワインがある、聞かせてもらえるかのう。」
「そんなに熱心に頼まれてしまっては仕方ない、アッハッハッハッ。」
大男は転落から救われてハイになっていた。その横でカグヤは王と側近たちを見る。側近たちはそれに気づき頭を軽く下げていた。
・・・とりあえず、対応に問題はなかったようじゃな。
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