四章

 ついに、本社に行く当日となった。この時点ですでに、当初の予定は崩れていた。流石の奴らも、私たちの悪事の数々を忘れてはいなかったらしい。奴らは私たちが逃走するのを見越したように、電車がこない時間帯に出発を決めたのだ。田舎は都会と違って、数分おきに電車がくるわけじゃないのだ。だが、奴らが策を講じてきたように、私たちが一つだけしか作戦を考えていないとでも?

 ストレッチャーに乗せられて、来実が運ばれてくる。今日の彼女の体調は、はっきり言ってかなり悪かった。本当に、今日が最後になるかもしれない。だからこそ、絶対に失敗できない。

 奴らが来実を車に乗せる。そして、降りてきたのを見届けて、私と所長は目を合わせた。それが、作戦開始の合図だ。

 私たちは何食わぬ顔で、さも当たり前のように歩きながら車に近付いていく。奴らはまだ気付いていない。

「おい。何を勝手な行動をしているんだ?」

 本部長の一声で、一斉に訝しげな視線がこちらに向けられた。私たちの動きに不穏な空気を感じ取ったようだが、もう遅い。立ち止まったのは一瞬で、どちらともなく駆け出して、車に飛び乗った。車はすでにエンジンがかかっていて、いつでも出発できる状態だ。乗り込んだ瞬間に、所長は車を急発進させる。そのせいで、背中がシートに打ち付けられた。

「……ふふ。まるで、映画みたいじゃない」

 思わずそう呟いて来実を見ると、彼女は力なく微笑んだ。その笑顔に、きゅっと胸が締め付けられて、何故だか涙が出そうになる。それをぐっと堪えて、彼女を安心させるように微笑んだ。

 座り直し、シートベルトを締めながら、所長に声をかける。

「そういえば、貴方、運転できるの?」

 計画を立てている際に、いざとなれば運転すると所長が言ったので、こうして任せたのだが、彼が運転しているところなど、一度も見たことがなかった。まさか、彼が来実みたいなことをするとは思わないが、無免許運転じゃないだろうな。

「ああ。いざという時のために、免許を取っておいて良かった」

 だが、そう言った次の瞬間、彼は急ブレーキをかけた。咄嗟に来実の肩を押さえて庇ったが、その代わりに私はまた身体を打ち付けた。

「ちょっと。危ないじゃない」

「すまない」

「……本当に、免許を持っているのよね?」

「……持ってはいるが、取って以来、運転してないんだ」

 そんな状態で、よくもまあ運転すると名乗り上げられたものだ。どうしよう。急に不安になってきた。

「事故だけはやめて頂戴ね」

「当然だ。こんなところで、君たちを死なせたりはしないさ」

 運転技術はともかく、彼のはっきりとした声色には、妙な安心感があった。

「でも、心配だわ。あいつらと、カーチェイスになったりしないかしら」

「奴らも流石に、真昼間の公道で、そんな大胆なことはできない。まあ、追って来てはいるだろうけれどな」

 そう言うと、彼はドライブレコーダーのプラグを引き抜いた。

「これで奴らは、こちらの居場所が分からない。とはいえ、私たちも、奴らがどこまで手を打っているか分からない。私たちがこれから向かう場所に、奴らはすでに先回りしているかもしれない」

「もし奴らがいたら、どうするべきだと思う?」

「その時は、私が目的地まで運転しよう」

「できればそれはご遠慮願いたいわ」

 その言葉に、彼はふっと小さく笑う。

「冗談だ。その時は、私が奴らの相手になろう。君たちには、指一本触れさせないさ」

 協力を求めたあの日、晴れ晴れとした笑顔を見せた時から、彼は何だか吹っ切れたようだった。これまで眉をひそめて暗い顔をして、影のある感じだったのに、眉間にしわを寄せることが減り、どことなく雰囲気が柔らかくなった。彼の中で何か、心境の変化でもあったのだろうか?

「一時間くらい走るから、その間、来実を見ていなさい。あと、奴らが来てないか、時々後ろを確認してくれると助かる」

「分かったわ」



 その後、二つ隣の街の駅まで、無事にたどり着くことができた。追手も確認できず、待ち伏せもされていないようだ。

 来実を背負った所長の後をついて行く。改札の前まで来たところで、私は彼の腕を掴んだ。

「去果?」

「所長。ここまで連れて来てくれて、ありがとう。もう大丈夫よ。あとは、私たちだけで行くわ」

 これまで、彼には何度も助けられてきた。そして、今回も、こんなところまで協力してくれた。だから、もう十分だ。

「いや。君たちが無事に電車に乗るのを見届けるまでは、一緒に行こう」

 ところが、彼はそう言って、さっさと改札を通り抜けてしまった。

 本当に、どうして彼はここまでしてくれるのだろう? そう思いながら、私も改札を通った。その時だった。

「去果。走るぞ」

「え?」

 急に真剣な顔をしたので何かと思えば、彼はちらりと私の背後に目配せした。それだけで、私は瞬時に状況を理解して、はっと息を呑む。そして、所長と共に走り出した。

 人の少ない構内で、走る足音は目立つ。だから、私たち以外の足音もはっきりと聞こえてきた。奴らが追いかけてきているのは、見なくても分かっていたが、確認せずにはいられない。走りながらも後ろに視線をやると、奴らは改札に引っかかっていた。これには、思わず笑ってしまう。

 ここで、ふと、あることを思い出した。

「ねえ。そういえば、貴方、走れないって言ってなかった?」

 前に本部長との会話の中で、そう言っていたことを思い出す。だが、今の彼は、特に問題なさそうに走っていた。

「走れないわけじゃない。ただ、走ったら、死ぬかもしれないから、走らないようにしていただけだ」

 さらっととんでもないことを言われて、言葉を失ってしまう。

「死ぬって……どういうこと? それじゃあ……走らない方が良いじゃない」

 そんなこと、私がわざわざ言わなくても、彼は分かっているだろう。だが、何と返せば良いのか分からなかったのだ。それでも彼は、走るのをやめようとはしなかった。

「君が、大切な人のために命を懸けるというのなら……私もそうするだけだ」

 大切な人。それって……。

「うっ」

 苦しげな、短い呻き声が聞こえる。所長は胸を押さえながら、倒れ込むようにその場にうずくまった。

「大丈夫!?」

「私のことは良いから、行きなさい!」

 所長は背中から来実を下ろして、私に預けてくる。彼の額には冷や汗が滲み、呼吸も酷く苦しそうだ。こんな状態の彼を、置いて行けというのか?

「行くんだ!」

 躊躇う私に、彼が叫ぶ。その凄みは、びくりと肩が跳ねるほどだった。

 彼はここまで命を懸けてくれた。だから、私は……それに応えなくては。

 私は来実の肩を組み、所長に背を向けて、階段を上った。彼女の身体は、以前より細くなって軽いはずなのに、何故か重く感じた。

 半ば引きずるようにして、何とか階段を上り切る。ホームには既に電車が到着していた。空いている席に彼女を座らせ、荒い息を整えながら、アナウンスに耳を傾ける。

「発車まで、三分ほどお待ちください」

 三分。奴らがここまで来るには十分な時間だ。その三分を、どうにかして持ちこたえなければ。私一人の力で。

 拳を強く握りしめる。それから、来実の肩にそっと手を添えた。

「来実。ここで待っていて頂戴ね」

 そう一声かけると、彼女は朧気に薄目を開けた。返事はなかったが、聞こえているようだ。私は来実に微笑みかけて、そして、一人ホームへと戻った。奴らを迎え撃つために。奴らはすぐにやって来た。研究ばかりで引きこもって運動していないせいで、全員が肩で息をしている。

「全く。お前も、バカ息子と、同じことを、するのか」

 本部長は息が上がったまま、途切れ途切れに言った。

 所長が私と同じことをした? 彼も私と同じように、誰かを……束咲さんを連れて、逃げようとしたのだろうか。

「貴方には分からないでしょう。所長や私が、どうしてこんなことをするのかなんて」

「ああ。さっぱり分からんな。何故、こんな結果の分かり切っている愚かな真似をするのか、理解に苦しむ」

「そう。可哀相に。貴方、本気で誰かを愛したことがないのね」

 すると、本部長は途端に眉を吊り上げて、早足でこちらに向かってきた。

「たかがクローンの分際で、知ったような口を利くな!」

 大きな拳が、勢いよく振り上げられる。今まで殴られるところは見てきたが、いざこうして自分が殴られそうになってみると、中々の迫力で、避けようにも身体が動かない。それでも、本部長を睨み続けた。だが、その手が振り下ろされることはなかった。

「何をするんだ! 離せ!」

 それは、思わぬ助け舟だった。職員の一人が、本部長の腕を掴んで妨害したのだ! それを皮切りに、他の職員たちも、次々に本社の奴らへと襲い掛かる。

「……どうして?」

 思わずそんな呟きを漏らした。だが、その声は小さすぎて、誰の耳にも届かない。

「お前たち、ふざけるな! 全員、クビにしてやるからな!」

「うるせえ!」

 やっと声を上げた本部長だが、結局、押さえ付けられて、また抵抗するしかなくなってしまう。

 目の前の光景を、私はただただ眺めることしかできなかった。どうして彼らは、本社の連中を襲っているのだろう? 彼らには、そんなことをする必要も義理もないというのに。どうして?

「去果。電車に乗りなさい。もうすぐ、発車する」

 呆然と立ち尽くす私の肩を、ぽんと優しく叩いてそう言ったのは、所長だった。

「貴方……大丈夫なの?」

 彼は青白い顔で微笑んだ。顔色は悪いが、呼吸は落ち着いている。

「行きなさい。彼らも、君たちが行くことを望んでいる」

 今なお本社の奴らと格闘を繰り広げる職員たちを見て、目頭が熱くなる。私が頷き、電車に乗ろうとした、その時。

「光!」

 本部長の叫び声が、ホームに響く。奴は職員たちの手を掻い潜って、こちらに走ってきたのだ! 何て諦めが悪くて、執念深い奴なのだろう。だが、その追撃を、所長が許さなかった。彼の握り拳が、本部長の頬に容赦なくめり込んだのだ! 今まで何をされようが、何を言われようが、耐え忍んでいた所長が、ついに自らの父親でもある本部長を殴ったのだ!

 殴られた勢いのあまり、本部長はその場に尻もちをつく。そして、奴は震える手で頬を押さえながら、信じられないとでもいうように、まばたきを繰り返す目で所長を見た。そんな奴に向かって、所長が叫ぶ。

「娘の邪魔をするな!」

 ……今、彼は何と言った? 娘と言ったの? 彼は私を、娘だと言ったの?

「行きなさい!」

 発車ベルが鳴る。

 所長が私の背中を押して、電車の中へと追いやった。その瞬間、扉が閉まり始める。

「お父さん……!」

 閉まった扉に張り付いて、彼をそう呼んだ。そう呼ばずには、いられなかった。この呼び方をしたのは、何年振りだろうか。思い出せないくらい、本当に、久し振りだった。

 扉越しでも、私の声は届いたようで、彼の見開かれて揺れる瞳が、しっかりと私を捉えていた。

 電車がゆっくりと動き出す。遠ざかっていく彼の姿を、見えなくなるまで見つめていた。彼もまた、同じように、私を見つめていた。

 ふらふらと覚束ない足で、来実の隣に座る。他の乗客たちが、何やらひそひそと話しながら、ちらちらとこちらをうかがっていたが、そんなこと目にも耳にも入らなかった。

「去果」

 少し掠れた、小さな声の方に、顔を向ける。

「私、前に話したよね。所長が、施設に来るように、提案してきたって」

「ええ」

「その時、所長が言ったの。私の娘と、友だちになってあげてほしいって」

 つんと鼻の奥に痛みが走り、視界が滲んでいく。

「血の繋がりはないけれど、大事な娘なんだって。そう言ってたんだよ」

 それは、私がずっと聞きたかった言葉だった。

 私は正面を向いて、涙が零れないように顔を上げる。

「……馬鹿な人。そういうことは、私に直接言いなさいよ」

 それでも、震える声までは抑えきれなかった。

「所長は、こうも言ってたよ。去果には、父親だと思われてないって」

「そんなこと、ないわよ」

 ただ素直になれなかっただけで、本当はずっと昔から、変わらずに彼を父親だと思っていた。血の繋がりはなくても、彼は紛れもなく、私の本当のお父さんだ。

「ちゃんと伝えてね。私じゃなくて、所長に。帰ったら、ちゃんと伝えてね」

「……分かったわ」



 終点の駅に到着する。幸いにも、奴らはここまでは来ていなかった。

 ここからバス停まで、来実は自分の足で歩いた。彼女の細い腰を抱いて支えながら、知らない街の広い駅構内を歩いていく。駅には大勢の人がいて、すれ違うたびに訝しげにじろじろと見られた。だが、そんな視線などはどうでも良い。私が恐れていたのは、誰かに声をかけられることだった。もし警察でも呼ばれたら、彼女を連れて行けなくなってしまう。所長や職員たちのおかげで、ここまで来られたのだ。ここで終わらせるわけにはいかない。

 迷いながらも、何とかバス停までたどり着いた。来実をベンチに座らせて、私はバスの時刻表を確認する。あと十数分で、バスが来るようだ。

「来実、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。去果こそ、疲れたでしょ?」

「平気よ」

 私は来実の隣に座った。ずっと気を張っていたが、もうその必要はないだろう。おそらく、奴らはここまで追ってはこない。何となく、そう思った。

「まさか、職員たちが助けてくれるとは思わなかったわ」

「そうだね。私もびっくりしたよ。だけど、嬉しかったな」

「……どうして彼らは、私たちを助けてくれたのかしら」

 彼らにとって、私たちはクローンの実験体だ。長年一緒の施設にいるとはいえ、実験や検査の時に事務的な会話を交わす程度の関係でしかない。そんな私たちを助けたところで、彼らには何の得もないのだ。むしろ、何かしらの処分を受けることになるだろう。それなのに……。

 来実が私の手を握ってくる。

「去果。私に聞かなくても、本当は、分かってるんでしょ?」

 彼女の手は生温くて、弱々しいのに、何故か生命力を感じた。

「……私たちの行動が、彼らの心を動かしたの?」

「うん。そうだよ」

「自惚れじゃない?」

「自惚れて良いんだよ。だって、みんなが選んだのは、本社の奴らじゃなくて、去果なんだから。そうでしょ?」

 そうだ。それが事実だ。

 これが初めての脱走だったなら、きっと彼らは味方になってはくれなかっただろう。これまで何度も逃げ出して、抗ってきた。そんな私たちの行動が、実を結んだのだ。

「そうね。クローンでも、人間の心を、動かすことができるのね」



 バスを降り、来実に手を引かれて歩いていく。これまでぐったりしていたのが嘘のように、彼女の足取りはしっかりしていて、軽やかだった。このままどこへでも、行ってしまえそうなほどに。

 住宅地の中を十分ほど歩いたところで、彼女はぴたりと足を止めた。

「着いたよ」

 目の前に、白い建物が佇んでいる。実物を見るのは初めてだが、何なのかは分かる。これは、教会だ。

 実を言うと、今日ここに来るまで、目的地がどこなのか知らなかったのだ。だから、彼女がこの場所を選んだのは意外だった。

「意外だった?」

 私の胸中を察したのか、彼女はそう尋ねてくる。

「ええ。だって、貴女は、神様なんか信じていないと思ったから」

「うん。信じてないよ。存在するかどうか分からない神様なんかより、今目の前にいる去果の方が、よっぽど信じられる」

 それなら何故、この場所を選んだのだろう? 本当に、ここで良いのだろうか。

「行こう」

 そう言って、彼女は再び私の手を引いて歩き出す。夏の終わりとはいえ、まだ暑く、私の手はじっとりと汗ばんでいた。だが、来実の手は生温いままで、体温を感じられなかった。

 扉を開けると、美しいステンドグラスが迎えてくれた。厳かな雰囲気なのに、不思議と心が穏やかになる。平日で礼拝の日でもないせいか、教会には誰もいなかった。静寂の中、私たちの足音だけが響く。まるで、世界が私たち二人だけになったようだ。

「去果。私ね、去果に誓ってほしいことがあるの。だから、ここに来たんだ」

 祭壇の前で、来実はこの場所を選んだ理由を明かした。確かにここは、何かを誓うには相応しい場所だろう。

 緊張か何なのか、身が引き締まる。私は黙って、彼女と向かい合った。

「去果。私は去果に、去果らしく生きてほしいの。私たちは確かにクローンだけど、クローンとして生きる必要なんてない。人生を決められているけれど、それに従う必要もない。だって、そんな私たちでも、諦めずに抗えば、海だって見られるし、今こうして、ここにいることだってできるんだから。だからね、去果。私がいなくなった後も……心の思うまま、やりたいことをやって、最期まで自由に、悔いのないように、去果らしく生きてほしい。それが、私の願いなの。……去果、そんなふうに生きてくれるって、誓ってくれる?」

 そう告げた来実の瞳は、初めて会った日と同じように、きらきらと甘く輝いていた。

「誓うわ。最期まで、私は私らしく生きると。神様でも他の誰でもない、貴女に誓うわ」

「ありがとう」

 来実は私の肩に手を添えると、そのままぐっと背伸びをして、私の額に口付けた。そして、照れくさそうに頬を染めながら、悪戯っぽく微笑んで言った。

「大好きだよ、去果」

 込み上げてきた熱が、じんわりと胸を満たしていく。この感覚を、知っている。そして、この感情を何と呼ぶのかも……。

「来実。私も、愛してるわ」



 指を絡めて手を繋ぎ、肩を寄せ合って、教会の長椅子に座る。ステンドグラス越しの日差しが、温かくて心地良い。

「そういえば、無免許運転はできなかったわね」

 ふと、初めての海を見た日に交わした会話を思い出す。

「そうだわ。生まれ変わったら、免許を取って、二人乗りできるバイクに貴女を乗せて、海沿いを走るわ。どう? 素敵でしょう?」

 すると、来実は目を見開いて、唇を震わせながら言った。

「……去果は来世でも、私と一緒にいてくれるの?」

「来実。約束するわ。今度は来世の私が、来世の貴女をバイクで連れ出すから。必ずよ」

 見つめた瞳が潤んでいく。彼女は泣き出しそうな顔をしながらも、嬉しそうに微笑んで、頷いた。

「……うん。私のこと、連れ出してね。楽しみに待ってるから」



 頬に照り付ける熱に、目を覚ます。どうやらうたた寝をしてしまったようだ。

 ぼんやりとした視界に、繋いだ手が映る。しっかりと握りしめた、来実の手。その手から……力も熱も感じられなかった。はっとして、来実を見れば、彼女は目を閉じて、私の肩にもたれかかっていた。その顔に、満ち足りた笑みをたたえながら。私は震える指先で、白い輪郭をなぞった。繋いだ手に、一つ、また一つと、いつしか溢れていた涙が落ちていく。

「ありがとう、来実。……おやすみなさい」

 涙の流れるまま微笑んで、私は静かに眠る彼女の額に、そっと口付けを落とした。

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