三章(二)

 施設に到着し、私は来実と引き離されて、自室に監禁されていた。一人になって、泣くだけ泣いて、ようやっと落ち着きを取り戻す。

「……来実は?」

 部屋を訪れた所長に、そう尋ねる。

「今はまだ眠っている」

「そう」

 来実が無事であることに安堵し、胸が軽くなる。

「……私のせいね」

「こうなる可能性があると、来実は分かっていただろう。その上で、彼女は君と一緒に海を見に行くと決めたんだ。分かるか? 彼女は、たとえ死ぬことになっても、君と二人で海に行きたかったんだ」

 その言葉に、止まったはずの涙がじわりと滲む。

「幸いにも、彼女はまだ生きている。これから、後悔しないように、残された時間を大切にしなさい」

「ええ」

 涙を拭い、私はしっかりと頷いた。

「でも、私、来実に会えるの? あの人は、私たちに責任を取らせて、さっさと始末したいんでしょう? このまま、監禁され続けて、あの子に会えずに終わるなんて……そんなことにはならないでしょうね」

「大丈夫だ。君も来実も死なないし、彼女には必ず会える。だから、安心しなさい」

 その声色は優しく強かで、不思議と安心感に包まれた。この感覚を、私は知っている。幼い頃に、ずっと感じていたものだ。

「ありがとう。海に行けたのも、来実が無事なのも、全部貴方のおかげだわ。貴方は見えないところで、ずっと私たちのことを守ってくれていたのね」

「……礼には及ばないさ」

「でも、大丈夫なの? 私たちの代わりに、貴方が全ての責任を負うつもり? まさか、本当に腎臓でも渡すんじゃないでしょうね?」

「心配はいらない。あの人たちは、私に手を出せないからな」

「……そう。それなら、良いのだけれど」

 手を出せない理由は何だろう。彼が優秀な研究者だからだろうか。

「それじゃあ、私はそろそろ戻る。君はゆっくり休みなさい」

「ええ」

 先ほどの懐かしい感覚のせいだろうか。去っていく所長の後姿に、何とも言えない気持ちが込み上げてきて、胸が温かく締め付けられる。

「所長」

「何だ?」

 そして、思わず彼を呼び止めてしまった。

「私……」

 ずっと、聞きたかったことがある。貴方は私のことを、どう思っているの? そう尋ねたかったが、いざ口にしようとすると、声が出なかった。

「去果?」

「いえ。何でもないわ」

 聞けなかった。もし、心ない答えが返ってきたらと思うと、怖くて聞けなかった。今そんなことを言われたら、立ち直れる気がしない。だから、今聞かなくても、いずれまた機会が訪れるだろうと、そう自分に言い聞かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る