二章(四)
深夜のコンビニで、アイスの入ったケースを覗き込む。私と来実はそれぞれ好きなアイスを一つ選び、一緒にレジに出した。店員が訝しげに、ちらちらと私たちを見てくる。それもそのはずだ。こんな深夜に、まだ若い女の子が、二人だけで出歩いているのだから。まあ、実際に出歩ける年齢ではないので、店員の視線が何ともいたたまれない。だが、来実は、毅然とした態度で微笑んでいた。店員は怪しんでいたが、何も言わず、そのまま会計を終えた。
併設されたコインランドリーで、買ったアイスを早速食べる。その合間にイートインスペースもあったのだが、彼女はそこを素通りして、何故かこちらを選んだ。
「うん。美味しいね」
「そうね」
誰かの洗濯物が回る、真夜中のコインランドリーで、アイスを食べる。何とも言えない妙な組み合わせだが、悪くなかった。
「去果」
名を呼ばれて振り向けば、来実が私の方に、アイスののったスプーンを差し出していた。食べろということだろう。遠慮なくいただけば、口の中に甘さが広がる。私も自分のアイスを掬って差し出せば、彼女は嬉しそうにぱくりと頬張った。そして、私たちは顔を見合わせると、どちらからともなく微笑むのだった。
「所長が協力してくれるって言ってくれて、良かったね」
「本社の出方次第では、彼は敵になるわよ」
「ううん。本社の奴らが何をしてこようと、所長は絶対に私たちの味方をしてくれるよ。だって、他でもない去果の願いだもん」
またこの子は、こういうことを言う。どうせ何を言っても、この子は上手く返してくるから、私は黙ってアイスを食べた。
「ねえ、去果。去果はどうして海が見たいの?」
「小さい頃に見た写真の海が、忘れられなくてね。それからずっと憧れているのよ」
幼い頃に一度だけ見た写真だが、今でもありありと思い出せる。きらきらと輝く青い海。幸せそうに微笑む、若い所長。そして、彼の隣で同じように微笑む、私の知らない人。
その写真を見たのは、所長の自室だった。幼い私は、彼を探して施設内を歩き回っていた。ようやく見つけ出した彼は、自室の机に突っ伏して眠っていた。顔を覗き込めば、閉ざされた目の端に、涙の雫が残っている。彼が眠りながら泣くのはいつものことで、その理由も何となく分かっていたので、驚きはしなかったが、幼心にも胸が締め付けられた。ふと、彼の腕の下に何かがあることに気付き、私は背伸びをして、机の上を見た。それは、開かれたままのアルバムだった。彼の腕に隠れて、写真はほとんど見えなかったが、一枚だけ、はっきりと見えるものがある。それが、海を背景に微笑む、二人の写真だったのだ。
「去果? どうしたの?」
「いえ。少し、その写真のことを、思い出してただけよ」
見てはいけないものを見てしまったと、幼いながらに思った。だから、写真を見たことを、所長に明かしたことはない。来実にも、そこに写った二人のことは話さなかった。
所長と一緒に写った人が誰なのか、私は知っている。予想ではあるが、おそらく間違いないだろう。あの人は、所長の愛する人。そして、私のお母さんだった人。
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