閑話休題

EX.「魔が描く理想郷・1」

 ……人類の戦力は総勢千か二千か。世界最悪の大魔孔だいまこうに最も近い重要拠点とはいえ所詮は監視砦である。万を超える魔物モンスターの大群が人の知性に率いられ、押し寄せてはひとたまりもなかった。


 なかば一方的な殺戮さつりくの後、砦を放棄して人間たちは散り散りに逃げていく。

 魔物どもは狂喜し、無防備な背中を襲おうとしたが統率者の命令によって強制的に禁じられた。彼が描く理想郷の実現に不必要な虐殺は逆効果だからだ。


「この世界に魔物と人間が共生する自由な国を作る」


 人の堕落だらくにより、聖と邪が反転した世界で。一人の男が煩悶はんもんの末に希望を見出し、国盗くにとりに挑んだ。


 それが今から三年ほど前のことである。男の名はレデュースといった──




*



 ……つわものどもが夢の跡。初陣ういじんで攻め獲った監視砦はあれから再建もされず、年月によってさらに劣化が進んでいた。


 あちこちが崩れた石の城壁には隙間からところどころ雑草が生えている。

 派手に壊された城門跡の瓦礫がれきけながら通り、内部に入ると中庭はあの時のまま時間が止まっていた……建物は焼け落ちてちるがまま。地面は黒く焦げて変色し、どういう理屈なのか草も生えていない。


 唯一、形を保っているのは石造りの見張り塔だが……その傷み具合からして、何時いつ倒壊してもおかしくないだろう。


「……こんなところでムシロでも敷いて酒盛りでもしようってか? 裸踊りのひとつでもなきゃ、盛り上がりもしないぜ?」


 誰ともなく呟いた大男は筋骨隆々とした見事な体躯たいくの持ち主だった。

 獅子のたてがみを彷彿ほうふつとさせる長髪に、蛮族じみた薄着と腰巻き。たけと同等の大剣を背中に背負っている。


 南方大陸の戦地では珍しくもない、戦士か傭兵といった出で立ちだ。

 瞳は左右非対称であり、左目は伽藍洞がらんどうのような黒の中に赤い光が輝いている。彼は人間に魔物の因子が入り混じった混在種であった。


 ……出入り口から見回すと中庭の奥の方に大小、二つの天幕が張られていた。

 危険な見張り塔や厩舎跡、兵舎跡などからも離れた場所に天幕は張られていた為、目に入らなかったらしい。


 いざ、そちらに向かって歩き出そうとすると──


「裸踊りとは風雅ふうがもよおしだな」

「……だろ?」


 音も無く背後に現れたのは、しわがれた声の男だった。

 瞳を見れば分かる、男も混在種だ。


 全身を辛気しんきくさい黒装束で固め、幽鬼や骸骨と見紛みまがうほど病的にせている。被った帽子からはみ出ている髪は銀色で、波打つような癖毛くせげであった。


「よう。ずいぶんと元気そうだな、ドーン=フー。派手に遊んでるそうじゃねぇか。ろくでもない噂が中原まで届いてるぜ」


「御主の名声と比べんでくれよ……少ししぼんだか、"赤目"のバーグリー?」


「美味いメシにありつけなくてな。の国じゃ腹いっぱい食えねぇんだ」

「大陸全土に魔物モンスター蔓延はびこるようになって五年……頃合いだろうねぇ」


「……? 何のことだ?」


「いやいや、ひとさまの国では不作が続いて大変だね、という話さ」


 ドーン=フーは他人ひとごとのように空惚そらとぼけた。


 人類に否認された国の名は、混沌なる魔の国ローランド──

 未だ首都はないが結構な数の村々を懐柔かいじゅうし、幾つかの街も骨抜きにされている。

 領土は順調に拡大し、今や小国ほどの国土を実効支配していた。


 魔の国は圧倒的な力を有していたが、武力行使で町や村を占領しなかった。

 あくまでも力を背景にした交渉、脅迫に留まる。手を出しては意味が無い。


 そうしておいて、取引では互いの立場を対等だと強調してやるのだ。

 魔の国は税として作物など徴収するが、その見返りとしてをくれてやることを約束する。


 彼らの約束する安全とは「大陸全土に出没し、危害を加える魔物等に襲われない」という保証である。


 自分たちにきばく魔物が、彼らとの取引に応じれば心強い味方となる。

 これは同族の魔物だけでなく、余所よそから来たにも抑止力の盾になり得る。


 先行きの不透明な時代にあって、この安心と安全は得難えがたく、手堅く生きてゆきたい安定志向の人間にはあらがいがたい魅力があった。


 レデュースという人物はそのような人間の堕落、不安に付け込んで国を大きくしていったのである。人として誉められたやり口ではないが、為政者いせいしゃとしてはなかなかのであった。


「……ちっ、魔術師はいつもそうだ。はぐらかして説明しやがらねぇ」


 ねたように悪態をつくが、バーグリーは別に機嫌を損ねた訳ではない。

 冗談の範疇はんちゅうだ。そんな時、二人の目の前に忽然こつぜんと神官姿の女性が現れる。


 豪奢ごうしゃな金髪で、女性にしては長身。同性がうらやむほど肉付きは良く豊満だが、決して肥満ではない。身に着けた神官衣は白を基調にし、首から下げた金の首飾りは太陽をかたどったものだ。これは主神の信徒を意味していた。


 ……彼女は死後、宗旨しゅうしえしていた。生前に交信していた従属神は変質した彼女を拒絶したが故に。


「おはようございます」


 目を閉じた彼女は愛想笑いと感じさせないほど柔和にゅうわ微笑ほほえみ、二人に挨拶する。

 ……彼女は常に目をつむっているが実は盲目もうもくではない。開眼すれば肉眼は機能する。


 だが、日常で不便であっても開眼しないのは感情的に気に入らないからだ。誰にも言わないが、魔におかされた瞳を彼女は不細工だと思っており、非常に嫌っている。


 故に、平常時は視力等の五感をわざわざ奇跡を駆使しておぎなっていた。


「……出迎えかね?」

「はい。。盛り上がっているところ、恐縮ですが──」


「何、男二人の野卑やひな話よ。どの女子じょしの裸踊りが見たいか、とな。勿論、僕は貴女あなたに一票を入れた」


 すると、彼女は眉をひそめ、たちまち嫌悪感をあらわにする。


「光栄ですが、不愉快ですね。それを褒め言葉と言うなら品性を疑われますよ?」


 彼女は以前に神職だったこともあり、下手に波立てようとせず、たしなめる。


「だが事実だよ、フローラ……貴女は美しく、魅力的だ。男は心を奪われ、女ですら美貌びぼうに目もくらむだろう。これは世辞せじではないよ? だからこそ下卑げびた妄想もするし、劣情をもよおすのだ」


 ……女としては男に性的に褒められて悪い気はしないが、それにしたって言い方というものがある。


 彼に悪意はないが、それ以上に神経を逆撫さかなでするような配慮に欠ける物言いだ。

 魔術師として世俗せぞくから離れすぎて常識がないのか? 


(そんな、好きな女子に悪戯いたずらする頭の痛い男の子みたいな──) 


 むしろ、そちらの可能性の方が大いに有り得ると思い至るとめ息をきたくなる気分になった……が、彼に悟られぬよう押しとどめた。


 しかし、また似たような文句を垂れるようなら一言、釘を刺しておくべきだろうとフローラは密かに決意する。

 

「男は女を本能で求める……着飾った言葉では相手の心には響かぬものだ。直接的な表現は本気の証でもある。ならば、これ以上の口説くどき文句があるかね?」


「……そんな枯れ木みたいなでか?」

「人は見掛けにらない。こんな容姿だが僕はまだ現役だよ」


 すかさずバーグリーが軽口で茶化すもドーン=フーは軽妙に、下品に言い返した。

 女性が耳にすれば明らかに顰蹙ひんしゅくを買う言動なのに彼にはまるで想像もつかない。逆に得意げですらあった。


「……それで口説いているつもりなら、動物の求愛にも劣るでしょうね」


辛辣しんらつだが、的確だな。君が僕に好意も愛情もいだいてない証左しょうさだ」

「当然でしょう」


然様さようつくろわない今の方が君は生き生きとしている。柄にもなく、告白して正解だったな。僕はね、フローラ……貴女あなたの人間らしいところが見たいのだ。君の人生に干渉するのではなく、でる花として遠巻きから鑑賞したいのさ。美しい君をね」


「……ひょっとして、私をからかっていますか?」


「そのように受け取ってしまうのは……言ったろう? 君が僕に好意も愛情も抱いていない証左だとね」


 ドーンは何が楽しいのか、彼女に向かって破顔一笑した。

 反対にフローラは彼の心情がまったく理解できず、頭痛のする思いであった。




*****


<続く>


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