EX.「魔が描く理想郷・2」

 一方、その頃──二つある天幕のうち、小さな方には三人の人物が控えていた。


 一人はハインライン。胡坐あぐらをかいて座る彼の太腿ふとももには年端としはも行かぬ混在種の少女が仰向けになって寝転がっており、そのせいで彼の表情は渋い。天幕の中なので外しているが、普段は外套マントも帽子も彼と揃いの物を身に着けている。


 ……彼の師を自称し、男女の垣根を越えて弟子と肌の触れ合いを図る恐れ知らずの少女の名前はマナといった。彼女は魔術師の始まりとしても有名な伝道師、文献やら口伝やらで『想念のマナ』と呼ばれた伝説上の人物、本人である。


 尚、生きていた時代が違う為、生前のハインラインと彼女に面識はない。


「おっそいの~……すぐそこに出迎えにいったというに何しとるんじゃ。あやつは」


 この妙な言葉遣いは当時、彼女が憧れていた都言葉みやこことばを真似したものである。だが、そのみやこはとうの昔に滅んでいる為、今は彼女の個性でしかない。


「久しぶりの再会なんだ、積もる話もあるんだろうよ。ドーン=フーとバーグリーは話も合うようだしな」


「……お前とは折り合い悪いがの」


「折り合いというのは好悪であって俺と彼は単に相性が悪いだけだよ。天幕から直接追い出した貴方とはまた違う」


「だってあやつ、失礼なやつじゃし」


(どちらの言い分にも一理あるんだけどな……)


 そのように思いはすれど、ハインラインは口には出さない。彼女の機嫌を損ねて、今以上に纏わりつかれても困るからだ。


 ドーン=フーが天幕の外へ追いやられた原因は、彼女をからかい半分にたしなめようとしたからだ。その際、年齢を絡めてしまった為に彼女の逆鱗げきりんに触れた。歴史書では70歳で病没したと記されているものだから、それを知っている者からすれば子猫のように弟子に甘える現在の姿は、とても奇異きいに映るのだろう。


「昔はともあれ、今のわしはそこいらの娘より若いんじゃぞ? おまけにけもせん。永遠に少女のままじゃ。老女で70年、死後に至っては80年くらいは少女をやっとるのに。可憐かれん可愛かわいい儂のどこに気味が悪い要素があるのか?」


「答えづらいことを……」


 渋い表情のまま呟くハインラインとは対照的に彼の顔を下から見上げているマナは子供のようにはしゃいでいる。


「の? アカリもそう思うよの?」

「私もかれこれ200年ほど女をやってますからね……」


 話を振られ、アカリと呼ばれた女性は苦笑する。


 彼女は中央大陸より東──極東列島出身の槍使いで勿論、混在種である。

 東方の人々は大陸の人間と比べて体格にやや劣り、黒髪黒目。地肌も大体は色白と区別のつきやすい特徴をしている。勿論、彼女も例外ではない。


 彼女の肌は白く、艶やかな長い黒髪。幸か不幸か体型も女らしくなく、かといって男にしては線が細く貧相だ。


 何より特筆すべきは美形であり、その人となりを知らぬ者はそこに魔性を見出してみだりに恐れを抱いたりした。中性的で奥ゆかしい所作も相俟あいまって彼女自身、男性とも女性とも偽れる自信がある。


 ……生前はどちらかと言えば、男として振る舞って生きていた。好きな男のそばにいるには、その方が好都合だったからだ。彼女にとって最大の不幸は、生前は男でも女でもなく──男女をどちらとも肉体に有してはいたが未熟であり、そのどちらもが機能しなかったのである。


 だから、女を捨てて友人として生涯を終えた。

 彼や彼の家族とは末期まつごまで円満に付き合えたが、果たして幸福なことだったのか、彼女にも総括できない。


 ……時は流れ、混在種のとして再誕するとという極東最古にして最深の場所にある魔孔の管理者を半ば強制的にやらされることになり……後に大陸の異変を感知して地下洞窟から大陸に渡ったところ、レデュースの招聘しょうへいに応じ、その一員に加わった。


「そういえば……噂話じゃが聞いたか、ジュリアス? あやつ、何処ぞの国で老女を裸にいたそうな」


「……なんでまた?」

「そこまでは知らん」


「何か事情があったのでしょう。彼は考え無しでも、短気を起こす方でもないし」


「口は悪いぞ? 性格も一言よけいじゃ」

「それは職業病だろうよ……」


「井戸端会議のところ、失礼するよ」


 天幕出入り口の幕をまくって、噂のドーン=フーが顔を出す。彼の後ろには、大男のバーグリーとフローラが控えていた。そのバーグリーが中に声をかける、


「よう、婆さんにジュリアス。アカリも元気か?」


「うむ」「おう」「……ええ、御蔭様で」

「俺が入るには手狭だな。先に向こうで待ってるぜ」

「おう。俺たちもすぐ行く」


 バーグリーが一足先に隣の大きな天幕に向かい、フローラも中の面々に無言で会釈えしゃくした後、彼に続いていく。


 その応答を皮切りに、ハインラインはこれ幸いと自身に引っ付いてるマナを体から引き剥がし、立ち上がろうと──


「そういえば、さっきの話ですがね」

「……さっきの話?」


 立ち上がると、ジュリアスがドーン=フーに尋ねる。


「売り言葉に買い言葉。むにやまれず、だよ」


 そう言って、ドーン=フーはわざとらしくいきいた。


「……その昔、中央大陸を孤立させる一手として東西と南の港湾都市を破壊し、封鎖しようとしたんだよね。人ではなく我々の手を取り易くする為の一環でね。その時に一仕事ひとしごとを頼んだジェストがしでかしたがそもそもの発端なのさ」


 ──幻術師を名乗る混在種の不審者。通称、変わり身シェイプシフターのジェスト。

 ありとあらゆるものに化ける唯一無二の能力を持ち、或いはが竜に変身して破壊工作を行ったのだ。


「そりゃ、何の話だ……?」


 マナがハインラインの背中に回り、飛びつくようにかる。

 しかし、ドーン=フーもハインラインも彼女のを無視して話を続ける。


は南のスフリンクを壊滅させたその足でさ、隣国のギアリングにもちょっかいを出しちゃったんだよ。それが尾を引いてしまっている。かの国北部の国境付近、強国ノーライトに続く山道……に続く街道。そこをね、竜の炎で広範に断絶して、魔孔を作ってしまった」


「ノーライト、か……」


 ノーライトは中央大陸でも一、二を争う大国である。現在でも中原の大部分と大陸中央の北部終端までを国土としている。


「だが、ノーライトとギアリングは友好国じゃなかったはずだが? むしろ──」


「その通り、警戒対象だね。このご時世、果たしてノーライトに侵略の気があるかは別として、ギアリングからすればあの魔孔は侵攻の妨げになるから放置していた……だけどここ最近、ギアリング国内で魔物征伐の機運が高まっちゃってね。あの魔孔は僕らとしても予想外の出来物だけど、だからといって見過ごすわけにもいかないじゃない? それでおどしというか、たしなめに出向いたんだよ」


 内憂ないゆうの元凶を大魔孔と見定め、討滅に挑んで成功すれば領内から魔物の数は確実に減少するだろう。そうなれば以前とまではいかなくとも活動しやすくなるし、景気にだって好影響。国威こくい発揚はつようにもなる。

 

 だが、だからこそ魔の国ローランドとしては見逃せない──ギアリングにならい、各国が足並み揃えて大魔孔の討滅に乗り出せば、それこそ今までの努力が水の泡だ。


 彼らの立場上、今更いまさら人類対魔物の単純な対立構造に回帰する訳にはいかないのだ。


 故に、多数の騎士や重臣が一堂に会する会議中にドーン=フーは単身で乱入した。

 そして、穏当に説得を試みたが対するギアリングの宮廷魔術師も一歩も引かず──ドーン=フーは世にも恐ろしい禁じられた魔法をそらんじる羽目になる。


「万物、編まれたるや生まれたるものは完璧なれど時におかされて衰滅すいめつする──」

"存在分解"ディスインテグレートだな」「儂にも使えん、お前の得意技か」


 ドーン=フーが呪文の一節を唱えただけで、二人はそれが何かを看破する。

 "存在分解"ディスインテグレート……それは一個の存在を限界までほどいて分解してしまう究極の破壊魔法である。


「あの時、僕にはもうひとつの選択肢があった。短絡的に宮廷魔術師と騎士や重臣を消し去り、恐怖と混乱で服従させる方法だ。けど、レデュースはそれを望まないし、何よりも魔の国ローランドの今後に禍根かこんを残すだろう……そう考え、魔術師としての格の違いをに教えることにしたんだ。"存在分解"ディスインテグレートを使ってね」


「……そこで服だけを消し去った、という訳か」


 ハインラインの指摘にドーン=フーはニヤリと笑う。


「ご名答。如何いかに高名な宮廷魔術師といえど"存在分解"ディスインテグレートとは命中即ち分解消滅という浅い認識でしかないからね。何せ、現代では禁呪だもの、学びようがないからね……全裸になった彼女は狐にままれたような顔をしていたよ。その場に詰めた殿方も目のやり場に大層困っていた。妙な雰囲気に僕ですら吹き出しそうになったものだ」


「……まぁ、真面目な空気は吹き飛ぶよな」


 そう言った後、俺ならまずやらないだろうな、とハインラインは付け加える。

 彼は真摯しんしな人間を小馬鹿にするような真似をしたくないのだ。こういったところがハインラインとドーン=フーの相性の悪さでもある。


「けれど、自画自賛できる機転だったと思うね。あの場ではああするしかなかった。もしも、出向いたのが僕ではなく他の誰かだったなら……後世に語り継がれる惨劇になったかもしれない。それではいけない。僕はね、ジュリアス。弱者の慟哭どうこくが強者の動機に変わる事態を避けたかった。それこそ魔の国ローランド後々のちのち滅ぼす禍根だろうからね」


 ──ドーン=フーはギアリングの面々にあらためて忠告して、その場から去った。

 「あの大魔孔には自分にも制御できない魔物モンスターがいる」と言い残したのだ。


 ……実際、ボスなのだが、それが彼の魔法をもってしてもどうしようもない、という意味には必ずしもならない。


「……まるで宮廷魔術師のようだな」

「君を差し置いて名乗るつもりは毛頭ないさ。勿論、君の師匠を差し置いてもね」


「俺はただの食客だ」「儂だって願い下げじゃ」

「やれやれ……」


 ドーン=フーは芝居がかったような大袈裟なため息を吐く。

 それは勿論、演技であった。


「……大魔導師殿の心中、お察し申し上げますよ」


 アカリが彼に向かって柔らかく微笑んだ。

 それに対し、彼も異形の片目を閉じ、苦笑いでお返しする。


「ジェストといい、無責任な御二方といい、僕は貧乏くじを引いてばっかりだよ」




*****







 ──王か。勇者か。英雄か。


 人は死後に判定され、英雄の魂は大地ではなく大空に昇天し、夜の闇に燦然さんぜんと輝く星となって永久に地上を照らす。それは人類にとって最高の栄誉といっていい。


 だが、彼は選ばれなかった。人として正しい道を歩み続け、王道を踏破したが魂は天に昇ることはなかったのである。


 ……恨みはすまい。天を憎むよりも己の至らなさを恥ずべきだ。しかし、彼もまた人の子──人知れず迷い、悩み、再起するまでに二年近くの時を要した。


 しかして、彼は歴史の表舞台に立つ。

 この不可解且つ理不尽な天の配剤こそ人類史上、自分にしか成し遂げられない偉業だと思い直したのだ。


「人類と混在種……そして、魔物までもが共存する世界を作り上げる」


 誇大妄想じみた壮大な夢物語だ。だが、やり遂げねばならない。

 その為に、レデュースという存在は生かされているのだから──




*****


<体験版はここまでです。読んでいただき有り難うございました>


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