第十四話 運命の対決


「6月24日、それは孫の誕生日だ」


 副署長は手帳を取り出し、日付を確認するように答えた。


「信じられない。だが、野々村、どうする。残された時間はわずかだ。何か手立てがあるなら、黙っていないで教えてくれ」


 浅井署長は声を荒げた。


「ひよりの命日に悪魔祓いを行うのが最善だと考えています」


 野々村は自らの直感を信じていた。その言葉に、安田と百合子も頷いた。除霊にはいくつかの方法があると聞いていたが、実際に目にしたことはなかった。


「それはいつだ? 次の標的は俺か?」


 浅井署長は涙ながらに尋ねた。


「ひよりの命日は四日後です。次の標的が誰かはわかりませんが、園長と相談します。任せてください」


「頼む、他に道はない……」


 浅井署長は言葉を詰まらせ、野々村に頭を下げた。


 今回の呪いは、警察に突如届いた血のようなインクで描かれた脅迫状だった。個人的な視点で見れば、野々村自身の運命を呪うような不気味な予告だ。


 ひよりの怨霊は、幸子の聖護幼稚園だけでなく、警察にもその矛先を向けていた。それは、署長が野々村の警告、真実を明らかにすることを無視した結果だ。


 今後、澪ちゃん以外にも他の園児たちが狙われるかもしれない。そして、運命の日は刻一刻と近づいていた。


 野々村にとって、これはひよりとの宿命の対決だ。彼自身の死の宣告を受けるかのように……。


 野々村は、幸子との悪魔祓いの段取りを打ち合わせるため、捜査一課を抜け出し、玄関口に続く廊下を歩いていた。


 昼間なのに、警察署は二十年前に戻ったかのような暗闇に包まれていた。かつて法と秩序の象徴であったこの場所が、今や忌まわしい幽霊屋敷へと姿を変えていた。白壁は朽ち果て、窓ガラスは割れ、冷たい風が廊下を駆け抜けるたびに、ギシリギシリと不気味な音を立てた。


 署内には古い記録や書類が散乱し、埃が厚く積もっていた。時折、どこからともなく聞こえる足音や、遠くに響く呻き声に、背筋が凍る。暗闇の中、ぼんやりと光る何かが目に映るが、それが何なのか、野々村含めて誰にもわからない。


 取調室では、かつての尋問が今も幽霊の手により繰り返されているかのようだ。机の上には、薄汚れたコーヒーカップが放置され、まるで時間だけが遡ったかのような静寂が支配していた。


 この魔界に足を踏み入れた者は戻れないと言われている。警察署の幽霊たちは新たな訪問者を待ちわびている。


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