第十三話 沈黙の代償


 野々村が捜査一課の部屋に戻ると、そこは爆発物が届いたかのような緊張で静まり返っていた。


 突然、浅井署長の声が重苦しい空気を切り裂いた。古びた時計の秒針が刻む不吉なリズムが、署員たちの緊張を高めていた。副署長の顔色は蒼白で、その目には恐怖が宿っていた。


「ああ、野々村、戻ってきたか。こちらへ来てくれ」


 署長が呼びかけると、野々村は応じた。署長の声には通常とは異なる緊張感があり、捜査員たちの表情にも不安が見て取れた。


「野々村、これを見てもらえるか」


 副署長は浅井から背中を押されたように口を開いた。その声には、何かにすがりたいという切実さがあった。

 彼は一通の封筒を手渡してきた。その封筒は、幼稚園児が作ったかのような透かし折り紙のようだった。表書きには、どこで知ったのかわからないが、戸丸東署の住所と浅井のフルネームが記されていた。


 しかも、住所と名前は水の中でゆらゆら揺れているような明朝体の形で綴られており、恐ろしさを醸しだしていた。

 さらに、そこには幼い女の子が手鞠をする図柄の切手が貼られていた。封を開けようとすると、オルゴールのように怨念溢れるわらべ歌が聞こえてきた。

 その女の子の歌声が耳をかすめて通りすぎるだけでも、ひよりの亡くなった日のむごたらしい惨劇が、思い浮かんで頭が真っ白になっていく。


 てんてんてんまり

 てんてんまり

 あかおにひよりの

 指を切って

 どこからどこまで

 跳んでった

 ブランコ越えて

 井戸を越えて

 うさぎの小屋へ

 跳んでいった

 跳んでいった



 封筒からは、折り紙や宛名、文字の形、切手、わらべ歌を通じて恨みがましい恐怖が伝わってきた。表書きの下地紙からは、赤いインクで書かれた「恨」らしき一文字が透かして見え、血のように浮かび上がってきた。


 野々村は一瞬その文字にも心を奪われた。だが、最後の勇気を振り絞り、折り紙の封を開けて、便箋に書かれた内容を確認した。そこには、不吉なメッセージが託されていた。


「東警察署にも怨念が宿る。このままでは許されない。(血に染まった誕生日の幼き少女より)」と。


 封筒の中からは、見知らぬ少女の写真がひらりと落ち、その裏には「みお 624」と赤い文字で記されていた。また、怨霊になった少女は四人目の生け贄となる犠牲者を探しているのだろうか……


「この澪という文字は……?」


 野々村が問いかけた。


「それは、私の孫娘の名前だよ」


 副署長は答えた。彼の声は絶望で震えていた。


 澪ちゃんは、幸子が責任者を務める幼稚園の生徒だった。ひよりの怨霊は、警察と幼稚園に共通して関わる幼児たちを狙っていた。野々村は、その事実を知るにつれ、許しがたい怒りを感じていた。そして、警察が恐ろしい事実を知っていても、頬被りした大きな沈黙の代償にも……


 署長の浅井は、まだ事の真実を受け入れられずにいた。彼の目は信じられないという表情で空を彷徨っていた。


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