第十一話 正義の重み


 朝の光が窓を通して、署内に差し込む中、野々村と安田は沈んだ心持ちで仕事場へと足を運んだ。彼らが到着すると同時に、署長室への呼び出しがあった。野々村は、これから起こるであろう事態の予感に胸が重かった。


 野々村は、警察が犯人逮捕に失敗した際の組織の名誉を守る手段を知っていた。


 重い足取りで扉を開けると、そこには不満を隠しもせず、浅井署長が座っていた。その隣では、副署長が上司の顔色をうかがいながら、緊張を隠せずにいた。


「野々村、お前はここに呼び出された理由がわかっているだろう?」


 野々村たちの捜査手法が、警察の公式な方針から逸脱していると、浅井署長は彼らに鋭い非難を浴びせた。しかし、野々村はその叱責に納得がいかなかった。署長との間で、言葉の応酬が激しく交わされた。


「はい、その覚悟はできています。しかし署長、本当の犯人はまだ自由の身です」


「『木村正雄』の事件はもう終わったんだ」


「それは……」


「突然死だ」


 署長は監察医との話がついていると口にした。きっと、その言葉で事件を終わらせたかったのだろう。


「でも、木村が刑務所を出るまで健康だったのは事実です。それについてはどうお考えですか?」


「そんなことはどうでもいい。あいつは殺人犯だ。裁判で死刑になってもおかしくなかった。突然死なら、メディアも問題にしない」


 署長の言葉は隠蔽工作を示唆しているように聞こえた。多くの刑事たちがこの事件の解決に向けて尽力してきたが、警察では組織を守ることが最優先され、真実は見過ごされていた。


「お前も警察官の一員だ。組織の方針を理解しろ」


「それは受け入れられません。どうか園の監視を続けてください。これ以上犠牲者を出さないためにも、情報の漏洩には十分注意してください……」


 この事実が公になれば、メディアと心霊スポットのファンが幼稚園に殺到し、子供たちの安全が危険にさらされるだろう。保護者たちに「亡霊のせいで、閉鎖します」と告げても、信じてもらえるはずがない。


 だが、野々村にはもはや見過ごすことはできなかった。いつまた、幼稚園に悲劇が襲ってくるかはわからなかった。自分ひとりでやれることは限られている。進むも地獄退くも地獄という難しい判断を迫られていた。


「野々村、愚かな。幽霊が人を殺すだと? そんな話が通用すると思うな。家で反省していろ。安田もな。副署長、監察官と相談して処分を決定しろ。話は終わりだ」



 食堂でカレーライスを前にした野々村は、安田と深刻な表情で話を交わしていた。処分を覚悟していたが、これまでの行動に後悔はなかった。彼の心は、正義と真実を求める強い意志で満たされていた。


「こたさん、こんなの納得できませんよ。僕らがやったことは間違ってない。なんで僕らが懲罰を受けなければいけないんですか?」


 安田は怒りに震える声で言った。


「ああ、おまえの言うとおりだ。けど、これが警察組織の姿だ。俺は免職になるかもしれない。鈍平は戒告で済むだろう。もう、コンビは解消になるな」


 野々村は寂しそうに言った。その顔には、彼らしくない拍子抜けするような憂いが浮かんでいた。


「そんな……。野々村さん、これは納得できません。私たちの行動は間違っていない。どうして私たちが処罰されなければならないんですか?」


 安田は力強く言い切った。彼の目には、共に闘う決意が燃えていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る