第十話 蛍火漂う聖地


 野々村たちは、幸子の後を追い、月明かりさえも届かない幼稚園の奥深くにある古井戸へと進んでいった。夜の闇が深まるにつれ、園は不穏な静寂に包まれ、彼らの足音だけが響き渡った。


 井戸に近づくにつれ、地面の土が涙で濡れたように感じられ、不気味な響きが空気を震わせた。「早く帰れ。早く立ち去れ」という声が、まるで古井戸に宿る何者かが彼らを警戒しているかのように、耳に突き刺さった。

 しかし、野々村は、子どもたちの安全を守るため、そしてこの謎を解き明かすために、怨霊の恐怖に立ち向かう決意を固めていた。


 井戸に近づく彼らの足音が、静かな夜空に響き渡る中、野々村は辺りに立ち上る不知火のような儚くも美しい光景に気づいた。それは、亡者の霊魂が乗り移ると言われる、鮮やかに光り輝く蛍火だった。


 ひよりの亡霊は、何年もの間、この暗がりに身を隠し、時折、児童たちの無邪気な遊びを見つめては、涙に暮れていたのかもしれない。野々村の心は、その想いにとらわれ、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


 彼らが井戸のそばに立つと、夜風が冷たく吹き抜け、空気が震えるような声が聞こえてきた。それは、ひよりのわらべ歌が、亡霊の切ない叫びに溶け込んで、涙を誘ってきた。


 うさぎ うさぎ

 何を見て震える

 血塗られた影が

 月に映える


 ひより ひより

 何を見て泣くの

 六つの夜に

 赤き鬼が笑う



 この歌は、ひよりが亡くなった六歳の誕生日の悲劇を思い起こさせ、彼女の命を奪った赤鬼の残忍さを物語っていた。そして、歌が途切れると、古井戸の扉がゆっくりと開き、ひよりの亡霊が現れた。彼女の透明な白い霧のような姿と、深い悲しみを宿した目が、彼らを圧倒した。


「みんなみんな、井戸の中を覗いてごらん」とひよりは言った。野々村たちはその声に引き付けられ、井戸の奥底を覗いた。水面は蛍火に照らされて青白く光り、血で恨みを塗り固めた泡が浮かび上がり、行方不明になった警備の男の姿が現れた。


「あの人と同じように、私の父も……。これ以上、怨霊の犠牲者を出したくない」と幸子は涙を流しながら語った。


 けれど、ひよりの怨霊は彼らに向かって手を伸ばし、「次はね……。もっと美しい花火を見せてあげるから楽しみにして」と言った後、静かになった。彼らの心には、尽きることのないひよりの恨みが深く刻まれた。


 この出会いは、野々村たちにとって忘れられない体験となり、新たな伝説が園に近づいていた。そして、この夜が明けると、野々村の所属する警察署にも怨霊は懲りずにやって来るのだった。


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