第五話 黄色い帽子の謎


 戸丸東署の捜査本部で、野々村たちは木村正雄の過去の捜査記録を精査していた。そこには、彼らの想像を超える事実が記されていた。木村が犯した罪の背後には、予期せぬ二十年前の真実が隠されていたのだ。


「安田、これを見てくれ。この幼稚園、幸子さんのところだろう?」


 木村による悲劇が、戸丸谷公園の近くにある聖護幼稚園に暗い影を落としていた。そこで、ひよりという名の無垢な少女が、六歳の生涯を閉じざるを得なかった。ひよりは幼稚園での平和な日々を愛し、その記憶を大切にしていた。


 音楽教室でパッヘルベルのカノンを一生懸命に練習し、うさぎ小屋で可愛らしい生き物たちにエサをやりながら、純粋な喜びを感じていた。しかし、運命の日、ブランコで遊んでいた彼女は、木村によって命を奪われた。


「野々村さん、これはひどいですよ……」


 記録には、ひよりちゃんが元気に黄色い帽子を被っていた頃の写真と、その悲惨な最期の写真が残されていた。彼女の指は、二本ずつ切り取られ、小屋の中に立てられていた。木村は、殺人鬼であり、変質者だった。


 彼女の遺体が発見されてから、幼稚園は静けさに包まれ、子供たちの笑い声は消えた。しかし、時間が経つにつれ、その記憶は忘れ去られていたかもしれない。


 ✺


 夜が深まり、捜査本部は通報者の証言でさらに緊張が高まった。その言葉は、二十年前の事件と今回の死に不可解な繋がりを示唆していた。野々村は、ひよりの悲劇が再び現れたかのように感じた。


「その女の子は、黒い霧の中から現れたんです。そして、黄色い帽子を……」


 黄色い帽子は、ひよりがいつも被っていた幼稚園を象徴するものだった。野々村は記録を再確認し、ひよりが埋葬された時、彼女のお気に入りの黄色い帽子も棺に納められたことを知った。


「少女の霊が木村を訴えているのか?」


 安田が小声でつぶやいた。


 野々村は深く考え込んだ。彼は霊魂の存在を信じていなかったが、この証言と事件の残酷さは、彼の理性を揺さぶった。そして、戸丸谷公園での木村の怪死は、偶然ではないという疑念が湧いた。


 突然、警察署内の電灯がちらつき始め、窓の外では風が強くなり、木々が激しく揺れざわめいた。野々村は、公園の方向から黄色い何かが舞い上がるのを見た。それは、ひよりが彼らを呼んでいるかのようだった。


 しかし、それはあり得ないことだ。野々村は、霊魂が生きている人の命を奪うことはできないと信じていた。


「安田、公園へ行くぞ。真実はそこに隠されている」


 ふたりは再び戸丸谷公園へ急いだ。公園には人影がなく、ブランコは何者かに押されたかのようにゆっくりと揺れていた。ブランコの上には黄色い帽子が放置されており、ひよりちゃんのイニシャル「HK」が刺繍されていた。帽子の周りには桜の花びらが静かに添えられていた。


 これは夢物語ではない。現実世界の話だった。誰かのいたずらとすれば、天に向かって唾を吐くようなものだった。野々村たちは、この光景を目の当たりにし、涙がとめどなく溢れた。


 木村が犯した殺人事件によって、彼が二十年という極めて軽い罪で裁かれた理由について考えると、深い憤りを感じた。もし木村の死が本当にひよりと関係があるのなら、それは永遠に続く怨念の恐怖を意味していた。


 彼らは聖護幼稚園へと足を運んだ。園長の幸子は、野々村からの連絡を受けて、夜も更けた園内のチャペルで待っていた。彼女は安田が付き合っていた女性だった。これも何かの縁だったのかもしれない。


 幸子から聞かされた話は、さらに信じがたいものだった。それは、昔から園に働く職員から聞いた話や日誌に残されたもので、幼稚園にまつわる忌まわしい秘密をさらに深く掘り下げるものだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る