第四話 暗闇の真実


 戸丸東警察署の捜査本部は、緊迫感に満ちた空間だった。冷たい蛍光灯が、黒板に留められた戸丸谷公園の地図と遺体の写真を照らし出し、その光は静かなる証拠の哀れさを際立たせていた。


 鑑識係の角野からの報告が届いていたのかもしれない。被害者「木村正雄」の名前と三十五歳の年齢が、冷たい白いチョークで黒板に記されていた。死因や亡くなった推定時刻は、依然として謎に包まれていた。


 中央のテーブルには事件関連の資料や報告書が山積みにされ、刑事たちは激論を交わしていた。パソコンからはデータベースの検索や情報の整理が進められ、電話のベルが断続的に鳴り響いていた。壁際の掲示板には新たな証拠や目撃情報が次々と追加され、捜査の進展を示していた。


 この場所は、真実を追求する戦場だった。刑事たちの荒々しい言葉が飛び交い、事件の解決と正義の実現のために、時には粗野な手段も辞さない。捜査本部の空気は重く、刑事たちの肩には被害者への責任と、犯人を捕らえる使命がのしかかっていた。


 しかし、浅井署長と副署長が入室すると、空気が一変した。彼らの視線は捜査員たちを射抜き、沈黙が広がった。野々村と安田に気づくと、署長は報告を促した。


「野々村、遅い。現場で何を目にした?」


「被害者はブランコに座ったまま死亡しておりました。外傷は一切見当たらず、その瞳は恐怖で見開かれたままです。そして、桜の花びらが……」


 野々村は報告を始めたが、副署長は彼の言葉を遮った。


「野々村、幽霊でも見たというのか。冗談はその程度にしておけ。被害者は二十年前の殺人犯だ。今朝、出所したばかりだ。足跡は鑑識が確認する。死因は解剖で明らかになる。重要なのは、これが単なる事故なのか、それとも殺人事件なのかを見極めることだ」


 木村正雄は、二十年前にひよりという名の少女を殺害した罪で服役し、今朝出所したばかりの男だった。副署長が黒板にチョークを走らせると、床には白い粉が舞い散り、その中には暗い過去の影がちらついた。署長は声を荒げ、捜査員たちに命じた。


「現場検証は徹底的に行え。蟻一匹まで逃すな。周辺の聞き込みを行い、証拠が消える前に情報を集めろ。必ず、誰かが何かを見ている。早く現場に行け。ただし野々村は残ってろ。通報者からの聞き取りを再度行え。余計なことはするな」


 野々村は署長の言葉を聞き流し、反発する姿勢を見せた。


「俺のひらめきとは違うなあ......。俺たちの使命は、亡骸からの声を拾い上げることだ。幽霊だろうが悪魔だろうが、真実を掴むためなら地獄の果てまで行くぜ」


 野々村は力強く言い放った。署長たちの批判など意に介さず、自分の信念を貫いた。その言葉は署長たちまで届いたかもしれない。


 野々村と安田は、通報者が到着するまでの間、木村正雄の過去の捜査記録をホコリで覆われた倉庫から探し出していた。二十年の時を越えてもなお、その記録は署内に残されており、不気味な事件の余波が今も彼らを縛り付けていた。


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