第3章/白き神官 第6話/守城戦への軍議

   一


 ウルクルの軍議に、アサドが参加したのは、翌日であった。

 二十人ほどが座れる円卓のある、大きめの部屋で軍議は開かれた。

 円卓は六つに分割されており、中心に司会役のヴィリヤー軍師が立つ。

 必要があれば、席を立ち中心に立ち、皆に自分の意見を述べる。

 そのための通路として、円卓は四分割されているのだ。

 これを六分儀円卓と呼ぶ。

 呼ばれるのは貴族である大夫階級と、家来の士分階級のみ。

 それだけで名誉である。


 本日議題は、決まっている。

 圧倒的なアル・シャルクの兵力に、実力差は明らかである。

 場外での野戦では、もはや現実的ではない。

 軍議は冒頭から、いかに守城戦を戦うか、そこに意見が集中した。

 当然である。

 サウド副官と出席したアサドは、意見を求められるまでは、沈黙を貫いた。


 いくら太守のお墨付きで参加したとはいえ、しょせんは傭兵。部外者である。

 僭越せんえつな言動は、ねたみやうらみを買うだけである。

 軍議の司会役のヴィリヤー軍師もそこは理解していたので、ウルクル軍の主だった者の意見を一通り聞き、適当なところでアサドに意見を求めた。


「敵は副司令官を失い、未だアル・シャルク東方方面軍の本体は、到着しておりません。この隙に守りを固め、敵に対する仕掛けを施す必要があります」

「仕掛け? アサド殿には防御でも何か、秘策があるのかな?」

「ここに同席を許された、赤獅団の参謀役──サウド副官はかつて、籠城戦にも何度か参加したことがあります」

 アサドの祖父と紹介されても差し支えない、老齢のサウド副官に、六分儀円卓の衆の、視線が集まる。

「籠城戦? それは何処の戦場いくさばでございますかな?」

騎士龍ティンニーン・ファーリス城の水攻めにございます」



   二


 軽いどよめきが、会議場に広がった。

 それは、かつて北方で行われた、伝説の籠城戦であった。

 北方の大河の流れを利用し、城の周囲に長大な堤防を二重に築き、城を水攻めにした戦いである。

 完全に周囲から孤立した騎士の龍城は、一夜で孤島になった。


 だが、三ヶ月で陥落すると思われていた城は、半年以上持ちこたえた。

 そして、いつもより早い冬の到来によって、凍結した湖面をつたって、決死隊が堤防を破壊。

 下流に布陣していた敵軍を、全滅に導いた。

 水攻めという奇想天外の戦法に、それを打ち破った奇策で、今に語り継がれる戦いである。


 しかし、あれはもう五十年は昔の話である。

「拙者はあのとき、まだ十三でございましたが、たまたま親の商売で立ち寄った騎士龍城で、逃げ遅れましてなぁ……無理やりに徴兵され、城の守りに就かされました」

「では、伝説の砂漠の鷹サクル・サハラー将軍の麾下に?」

「将軍はよわい四十でございましたが、まるで八十の老人のような、不思議な方でございましたな」


 軍議に参加したものは、多くは三十代から五十代である。

 二十代はヴィリヤー軍師とアサドしかいない。

 伝説の大将軍と会ったことがある、というだけで、伝説に立ち会ったような気がするものである。

 一同は既に、サウド副官の言葉に惹きつけられ、その言葉を聞き漏らすまいとしている。主導権を握ってしまっていた。



   三


「それで将軍とは言葉を交わされたので?」

「交わすどころか、籠城からの冬を待っての反転攻勢は、拙者の何気ない一言を、将軍が気に留められて、あの作戦を立てられたのです」

 二度目の、どよめきが起こった。

 伝説の戦に参加しただけでなく、将軍に献策していたのだから。当然である。


「拙者はただ、莢蒾ガマズミの木に蟷螂カマキリが高く卵を生むとき、冬は寒くなるという話を、祖母から聞いておりましてな。それを同じ部隊の兵に話していたとき、たまたまサクル将軍が通りかかりましてな」

「なんと! そういえば我が故郷でも、似たような伝承がございます。亀虫が夏に多いと、冬は厳しくなる…と」

 四十路の将校らしき人物が興奮した口調で、自身の地域の伝承を口にした。


「蟷螂は寒い冬を見越し、雪で埋もれぬよう、高い位置に卵鞘を作ってその中で卵を産む。人には気付かぬ天変地異の予兆を、虫や鳥獣は感じ取るのでしょうな。サクル将軍は冬まで持ちこたえれば勝てると、兵を鼓舞して籠城に耐える兵と住民を、鼓舞されました」

 サウド副官の言葉に、皆が得心していた。

 将軍の役割は、兵に安心感を与えることであり、兵士は将軍に信頼を寄せる。

 その団結が困難に打ち勝つのである。


「その時の褒美として、将軍は拙者にこの短剣ジャンビアを下賜されもうした」

 サウド副官が掲げて見せたのは、北方で採取される見事な すいを柄頭に埋め込んだそれは、一目で将の持つ宝剣であることがわかった。

 象牙のプルには見事な鵟ノスリの意匠が施され、鞘は犀の角である。一介の傭兵部隊の老人が、身に付ける品ではない。

 この老人の言葉は信頼できる。

 会議場には急速に、熱気が生まれつつあった。



   四


「……サウド副官の言葉通り、将は兵や民草に安心を与えるもの」

 アサドが絶妙な間合いで、言葉を継いだ。

「砂漠で遭難したとき、十日後に必ず助けが来ると解っていれば、人は耐えられるもの。しかし、助けがいつ来るか解らねば、三日も持たず心が壊れる者が出るもの。ウルクルの勇猛な兵はともかく、城塞の中に住まう民草には、安寧を与えるが必須かと」

 淀みなく語るアサドの話芸は、そのよく通る低い美声と相まって、場の空気を支配していた。


「して、アサド殿。貴公は守城戦に秘策はおありか?」

 ヴィリヤー軍師が言葉を差し挟む。

 この男に主導権を握らせてはならない。アサドに具体的な戦法を引き出すことで、あくまでも献策する側として立場を明らかにし、主導権を奪い返さなければならない。

「敵の強力な戦車の突撃を阻むため、城塞の周囲に不規則n穴──塹壕を掘り、また馬防柵を設け、所々に杭を打ち込みまする。城壁からの距離は、我が部隊が用意した強弓こわゆみの届く範囲で」

 立て板に水である。

 主導権を奪い返すどころか、かえって会議場の耳目を集めしめてしまった。


「し、しかしアル・シャルク軍が黙ってその作業を見逃してくれますかな? 土木作業の間、人夫は無防備になる。その塹壕とやらの効果は緒戦でも一部、あったようですが…」

「太陽神殿の神官御一行に、もうしばらく滞在を願いましょう」

 アサドの提案に、一同からどよめきが起きた。

 大神官が滞在する間、アル・シャルクの軍は、この城塞都市を攻められない。

 東方から西方まで、幅広く信仰される太陽神への信仰は、重い。

 アル・シャルクの兵士の多くも、信仰しているのである。

 大神官は、その姿を一生見ることもない者が多い。

 絶妙な手である。


 元々、開戦を遅らせるために、太守が呼んだ巡行の大神官一行である。

 到着が遅れ、しかもなぜか一行がウルクルへの入城を三日も渋ったため、開戦を回避できなかったが。

 

「理由は、大神官の急病ということで、三日の滞在の予定が十日に延びたと、そう使者を立てればよろしいでしょう」

「しかし、大神官にその様な肩入れを頼むは、中立の建て前もあり……」

「それなら無用な心配、大新神殿は昨晩、旧交を温めた折り、持病の悪化で三日ほど寝込むと、そう申されておりました」

 事もなげに言う。

 この男が大神官と対等に話せ、そのような詐術を了承させるだけの、深い関係があるということだ。理由は、解らぬが。


 ウルクル軍の軍議が行われているとき、アル・シャルク軍にもまた、動きがあった。

 本隊を率いるイクラース将軍が、予定よりも三日も早く、先鋒隊に合流したのである。


■ 第3章/白き神官 第6話/守城戦への軍議/終■

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