第49話 閃光王子 十五

「テイク・オフ!」

 プロペラ飛行機が唸りを上げて滑走路を疾走し、機体が浮きあがった。

「うわあー! 速いなこれ! 飛行船より全然速いじゃん!」

 青い空の下、地上はどんどん遠ざかり、ビルギッタやヘルデ、ノービスが小さく見える。カロやハクトウはまだ見えないがそこへ続く平原や森林、過去に金が発掘された謎の塔が突き刺さった山が見えた。

「飛行船より高度が高いね」

「ああ。これからの時代これが戦争に使われるのかと思うとぞっとするぜ……どうした?」

「アサヒさんあれ……!」

 西へ向かう道という道は油田へ向かうフェルト軍の車で埋め尽くされ、空には飛行船が追従している。

「あの人数が激突したらえらい事になるな」

「できれば戦闘が始まる前にメイを連れ出したいな。父上がヴェイン公を斬っちゃうのも止めたいけど……」

「ここまで来て言うのは何だがな……どうやってあいつを止めるつもりだ? 先に言っておくが俺に頼るってのは無しだぞ。奴には正面切って戦っても敵わないからな」

「いや男にはね、やらなきゃならない時があるのよ。……上手く行くかは分かんないけど」



 グリード・ヴェインは国内の政治家達と共に公爵の館のダンスホールで士気を上げるため、パーティーを開いて談笑していた。ワインを飲んでいた議員がグリードに話しかけた。

「それで? アルベルト・ファルブルはやはり向こうに付いた訳ですが……フェルト軍と連携した場合はどうなさるおつもりなのです? 普通の銃撃戦では勝ち目はありませんが」

 グリードはにやりと笑った。

「この間ついに完成した新兵器があるのです。『大根王子』を読んで対策を講じましてね」

「ほう。どのような?」

「大根魔法は熱に弱い! 作中でも暑さのために長時間活動できなかったり火炎弾を避ける描写があった。そこで用意したのがこれだ!」

 グリードは部下に長い大砲のような肩で担ぐタイプの銃を持って来させた。

「これは?」

「これはフレイムランチャーと言って、着弾した特殊な砲弾が発熱して火炎を周囲に放射する! これを当てればアルベルト君を吹き飛ばし、その上で焼き殺すことができる。安全に彼の魔法を無効化する事ができるのだ!」

 周囲から歓声が上がる。

「普通の火炎放射器でも良いのでは?」

「彼はそれは対策済みでね。普通の火炎放射器では蒸気を逆噴射して炎を吹き飛ばしながら突撃して来るし、そもそも銃で攻撃されたらこちらからは届かない。単純な炎では効果が無いのだ」

「なるほど」

「しかしこれなら遠距離戦になっても普通の砲弾として使い、着弾した所から炎で囲う事ができる。これ一つで彼は完全に詰みなのだ!」

「す、すごい! これなら奴に勝てる!」

「これをもう一丁既に発掘予定地に駐在しているパーン大佐に渡してある。火炎が激しすぎて周囲を巻き添えにしてしまうため、味方がいる屋内などでは使えないがそれを差し引いても彼への切り札になるのは間違いない! これでフェルトは終わりだ! フハハハ!」

 グリードが高笑いしていると外からゴオオという飛行船が近付いて来る音が聞こえた。

「む? あれは?」

 周囲が飛行船を見てざわめき始めた。ファルブル家の紋章が入った飛行船が近付いて来る。

「ヴェ、ヴェイン公。その兵器はど……どこでは使えないんでしたかな……?」

「お……屋内……」

「ば、馬鹿な……ここにいきなり乗り込んで来るだと……? 敵地のド真ん中だぞ? た、対空砲は何をしているのだ!?」

 対空の機関銃は大根液でコーティングされた飛行船には効果が無い。ファルブル家の飛行船は悠々と弾丸の雨の中を泳ぐように近付いて来る。

「に……逃げろ! ここに攻め込んで来るぞーッ!」

 ダンスホールは恐怖に包まれパーティーの参加者は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。

「し……しまった……! 彼はああいう男だった……!」


 飛行船の上でアルベルトの巻いたマフラーがはためく。

「ヴェイン公。あなたと共に正義の道を歩んで行こうと思っていたのに。残念だ」

 アルベルトがゴーグルをかけ、振り返って部隊に頷いた。

「これよりヴェイン公爵の館を強襲する! この戦争を止める最速の手だ! フェルトを救うぞ!」

「ハッ!」

「出撃!」


 プロペラ飛行機で飛んで来たレオンはアルベルトの飛行船を見つけて指差した。

「見つけたぞ! 父上の飛行船だ!」

「敵国なんだ、飛び降りたら帰る手段が無い。アルベルトが着陸してヴェイン公の所に辿り着くまでは多少時間があるはずだ。飛ばせ船長!」

「そ、そう言ったってよ! 飛行船みたいに真下に着陸はできねえんだ! 一旦あそこの広い場所に降りねえと!」

「駄目だ! 今降りないと間に合わない!」

 飛行船はヴェイン公爵の屋敷のすぐ近くまで来るとゆっくり降下し、屋根の少し上くらいの位置で空中で停止した。

「真下に着陸はできない……飛行船みたいに……飛行船……」

「レオン?」

 レオンは冷や汗をかきながら後ろの荷物を見た。二人分の寝袋と牽引用の鉤付きのロープがある。

「いや……さすがに無理か? いや行ける! いや無理かも! 船長! 飛行船の真上ギリギリを通過してくれ!」

 レオンはロープを二周して自分の胸に寝袋を巻いた。

「ああ!?」

「頼む!」

 アルベルト達が窓に飛び込んで行くのが見えた。

「何する気だレオン? 無茶はよせ!」

 レオンはロープを掴んで体を乗り出した。

「やりゃあできるよ! どうせ百年経ったら死ぬんだ! どうせ百年経ったら死ぬんだ! 今死んでも同じだ! だ、大丈夫! 大丈夫ッ!! うおおーッ!!」

 飛行機が飛行船の真上を通り過ぎる瞬間にレオンは飛び降りた。

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