第44話 閃光王子 十

「ふわーあ」

 レオンは部屋で一人ポツンと椅子に座っていた。血栓ができないように足を動かす。両手は縛られて後ろに回されているが、トイレに立つ度に足のロープを結び直すのが手間なので足だけは特別に外してもらっていた。

 レオンが監禁されている六帖程の部屋は事務所か何かに使っていた部屋なのだろう。既に一週間は過ぎている。メイは別の部屋に移され、レオンの部屋の外には見張りが立って監視していた。自分に当てられたライトが眩しくて顔は見えないが交代しながら二十四時間態勢で監視されている。レオンは何度か見張りに話しかけてみたが、レオンの言葉には反応しないように指示されている。やがて面倒になりレオンは話しかけるのを止めた。

 靴音が聞こえて来て、部屋に入って来たマイスが話しかけて来た。レオンは汚れた天窓を見上げている。

「外は夜です。何も見えませんよ。いや、もしかして魔法で何か見ているのかな?

「いや別に? ライトが眩しいからさ」

「体調はいかがかな?」

「元気だよ。もうこの前読んだチェスの本の内容を思い出して暇を潰すのも限界なんだけどな。今はね、次回どんなポーズで排便しようか考えてる所なんだ」

「楽しみにしていますよ」

「メイは? 寝てる? 泣いてない?」

「寝てるんじゃないですかね」

「昨日はやけに静かじゃなかった? 何かあったの?」

 マイスは答えない。

「たまには刺激が欲しいんだよ。少しくらい教えてくれてもいいじゃん?」

「ま、いいでしょう」

 マイスはモノクルを布で吹きながら話した。

「メイさんを移動させたんですよ」

「何!? どこに!?」

「それは言えませんがね。買い取ってくれる相手が見つかったんですよ。私達に必要なのはあなただけですからね」

「そっそんな……! メイをどうするつもりだ!?」

「ご心配なく。命は取らないと思いますよ。顔もなかなかですしね」

「くそ! ふざけやがって!」

「ま、そういう訳でもう愛しの彼女はここにはいないんですよ」

「くっ……メイ……! ……あれ? あっそうかそういう事かなるほど。そうなると……」

 突然レオンは一人で何やら考え始めた。マイスは不審に思って目を細めた。

「じゃこうなってこうなってこうなって……うーんこうかな」

「何ですか?」

「いや、マイス。お前がおしゃべりで助かったよ。俺は帰るから、じゃあな」

「何?」

 そう言うとレオンから突然激しい閃光が迸った。

「うおお!」

 あまりの眩しさにマイスは目が眩み手をかざしたがとても目を開けていられない。天窓からレオンの光が槍状に夜の闇を天高く貫いた。

 数秒後、マイスがようやく目を開けるとレオンは椅子ごと消えていた。

「なっ!? ば、馬鹿なッ! あの野郎消えやがった!!」

 見張りも仰天していたが、走り出して警報ブザーを叩き鳴らし、レオンの逃走を工場内に知らせた。ブザーが鳴り響く中、マイスは闇雲にレオンを探して走り回った。ビデオテープで要求を告げていた男が飛び出して来てマイスを見つけ肩を掴んだ。

「マイス! どうなってる!?」

「わ、分からない! 女がここにいないって事を教えたら突然……!」

「馬鹿野郎! だから余計な会話をするなと言っただろうが!」

 男はレオンがいた部屋を覗いた。さっきまでレオンがいた場所をスポットライトが今も虚しく照らしている。強い光で照らされ、椅子も無い今は床が光で真っ白になっていた。

「くそっあのガキ! よ……よりによって瞬間移動する魔法だったのか!」

 男は二階の鉄条網の回廊を荒々しく歩き、マイスは後を追った。

「どうするつもりだ!?」

「決まってるだろう! ここはもう引き上げる!」

「まだ報酬をもらってないだろう! 今からでもあのガキを探し出せば……」

「魔法で消えたガキをか? 探すあてなんて無いだろうが!」

 二人が口論していると飛行船が近付いて来る音がした。

「ん? 何だ?」

 工場の二階の窓という窓のガラスが次々と割れ、けたたましい音と共に兵士達が飛び込んで来た。サーベルを両腕に持ち、天使の翼の様にコートの裾を広げたアルベルトが逆噴射をしながらゆっくりと降りて来て、敵兵達の中央に降り立った。

「ア……アルベルト・ファルブル……!!」

「馬鹿なッ! 早すぎる!」

「レオンはどこだァーーッ!!」

 蒸気を出しながらサーベルを持ち、鬼の形相で叫ぶアルベルトに敵兵達はたじろいだ。

「し、知らない! さっき逃げちまったんだ! 知らない!」

「なら貴様等には用は無いッ!」

「う、うわあああーッ!!」

 隊員が銃を撃ち出すと同時にアルベルトは猛然と走り出した。敵兵をサーベルで薙ぎ払いながら走るアルベルトに向かって、壁を盾にして敵が次々と発砲した。アルベルトは敵を視認すると壁ごと敵も斬り捨てながら自らも突進し、工場内を突き抜けながら走り抜け、壁に隔たれた内部を駆逐して周った。

「オオオオオッ!」

「ひっひいいいい! 来るな! 来るなァーーッ!」

「よっよせ! よせ! 嫌だァーッ!!」

 警報ブザーの中で、壁やパイプなどが騒々しい音を立てて崩れる。破壊音や悲鳴、うめき声が断片的に工場内に響く。たまらず遮蔽物が無い空間に出て来た敵は隊員によって淡々と処理された。

「く……くそ……! やめろ……やめてくれぇ……」

 マイスが回廊の隅で震えているとカンカンカンと荒々しく鉄の階段を昇って来る音がする。アルベルトは血で染まるサーベルを持ってマイス達の前に立ちはだかった。

「貴様等が首謀者かッ! ふざけた真似をしてくれたなッ!」

「ひっひいいい!」

 銃を撃って来るマイスに向かってアルベルトはサーベルを乱舞した。

「ぎゃああああああーッ!!」

 おぞましい悲鳴をあげてマイスは絶命した。アルベルトはサーベルの血を振り払うと、残った男を睨み付けた。

「アルベルト・ファルブル……貴様さえいなければ……!」

「貴様……以前どこかで見た事があるな」

 アルベルトは思い出して目を見開いた。

「貴様は! 王宮で鳥肉をばら撒いた男か!!」

 男は以前グレイと呼ばれる爆弾魔と共謀し、クーデターに加担してアルベルトの父親の死のきっかけになった男ガラハドだった。

「アルベルト・ファルブル! 貴様さえいなければあの時の計画も今回も全て上手く行ったのだ! この時を長年待っていた! くらえッ!!」

 ガラハドはボール状の爆弾を投げ付けた。アルベルトの胴に当たって爆発し、煙がもくもくと立ち昇った。手をかざしながらガラハドは笑った。

「フハハ! どうだ、同じファルブル家の魔法は!? グレイの爆弾をずっと隠し持っていたのだ! これで貴様もあの世で……」

 煙が晴れるとアルベルトは変わらず立っている。

「……え?」

「貴様は私とグレイの戦いを見ていなかったから知らなかったようだな。私の鎧にはグレイの魔法は効かない」

「そっそんな! そんな馬鹿な! 貴様……貴様のせいで俺の人生は台無しだ!」

「それは何よりだ! あの世で父上に詫びて来いッ!」

 アルベルトはガラハドを斬り捨てた。


 もはや五体満足で残っている死体の方が少ない。アルベルトは敵が全滅したのを確認した。

「レオン! レオンどこだ! いるんだろう!?」

 アルベルトは二階の部屋を次々と確かめていった。

「父上、ここだよここー」

 レオンののんびりした声がする。アルベルトが声のした部屋に入ると、スポットライトがいまだ床を照らしていた。

「レオン? どこだ?」

「あ、そんなに分からないこれ?」

 レオンが光るのを止めると再び椅子に座ったレオンが現れた。

「え? 目の前にいたのか」

「スポットライトと同じくらいの強さと大きさで光り続けてたんだ。真ん丸くね。そうすると椅子と一緒に消えたように見えるだろ? あいつらまんまと引っ掛かって俺が瞬間移動する魔法使いだと思ったわけ。笑いを堪えるのに必死だったよ」

「天窓から光が突き出ているのが飛行船から見えたよ。おかげで助けに来る事もできた。いい手だったな」

「メイを助けに行かなきゃ。父上、縄をほどいて」

「アサヒが助けに向かってるよ、心配無い」

「え? アサヒさんが?」

 アルベルトが縄を切り、レオンはようやく自由になった。レオンは肩を回しながら歩き出したが立ち止まった。

「どうした?」

「ちょっとトイレに行ってくる。覗かないでね」

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