第45話 閃光王子 十一

 ノストラーダファミリーはインチキ占いと裏稼業で財を成し、アルベルトが世界各国を飛び回っているうちにビルギッタにはびこった組織の一つだった。連日市の東の広い敷地内に建てた大きな屋敷で表向きは社交パーティーを開き、占いで様々な業界の人間の相談に乗っているが、裏では仕入れた人間を売買している。当主ノストラーダは今夜もまた賄賂で繋がった悪党共を屋敷に呼び、メイをオークションで売るつもりだった。

「はあ、また変な所に連れて来られちゃった。私これからどうなっちゃうのかしら」

 メイは二階の小さな客室に軟禁され、鉄格子のはめられた窓から外の賑わいを見ていた。


 涼しい夜だ。綺麗に手入れされた芝と生け垣で仕切られた庭園の中でシャンパンが振る舞われ、庭にいる男達は音楽や会話を楽しんでいる。

 屋敷内の大広間の中でも豪華な食事が振る舞われ、裏社会の人間達が舌鼓を打っていた。

「いやあ、この鶏の料理は実に美味しいですね」

 若い議員のギャスパーはテーブルに同席したファミリーの幹部に微笑んだ。

「お口に合ったようでなによりですな」

「この後の占いも実に楽しみだ」

「いい結果が出ればいいんですがね、フフ」

「やだなあ! 脅かさないでくださいよ!」

 ギャスパーは壁の時計を見るとナプキンで口元を拭いて立ち上がった。

「さてと! もうすぐ私の番だ。その前に少し周りの先生方にもご挨拶しないとね。失礼しますよ。楽しい時間をありがとう」

「こちらこそ」

 ギャスパーは幹部と握手すると部屋を出て、すれ違った者と挨拶しながら地下のワインセラーに入ると、奥の樽をずらして床に隠れていた扉を持ち上げた。アサヒの声がした。

「ご苦労さん」

「よろしく頼む」



 屋敷の東側の照明が突然消えた。

「ん?なんだ?」

「停電か?」

 客間にいたノストラーダファミリーの人間が暗闇の中で照明を見上げた。

 扉が静かに開くキイイという音がした。


 庭にいた者達も暗くなった屋敷の東側を見た。

「どうかしたのかな?」

 窓の中を一瞬誰かが横切った。


 庭でバイオリンやチェロを演奏していた者達はさっきまでいた客達がいなくなったのを不審に思って演奏を止めた。

 チェリストが辺りを見回す。

「あれ? 誰もいないのか?」

「じゃあ一旦俺達も休憩するか。そこの飲み物なら飲んでいいって言ってたぜ」

 ドラマーが立ち上がり、首を回すと一瞬ワインの香りがして見回した。

「ん?」

 ワインが入ったグラスが芝生に転がっている。

(誰かが落としてそのままか? しょうがねえなあ。……待てよ?)

 ドラマーはワイングラスを静かに拾おうとして動きを止めた。

(もしかして誰かがその辺でお楽しみ中か?)

 ドラマーはほくそ笑みながら耳を澄ましたが何も聞こえない。

(誰もいないか。もう引き上げちまったのかな)

 ドラマーは暗がりに手が見えているのに気付かずその場を去った。


「お前達、ちょっと見て来い」

「はい」

 ノストラーダファミリーの三人が大広間を出て廊下に入ると銃を抜き、屋敷の東側に向かって廊下を慎重に歩き出した。足音を立てないように静かに歩く。

 奥の照明がパッパッと点滅してから灯った。

「……?」

 廊下の奥を注視している男達の背後からフードをかぶった黒いローブの男達が音も無く近付いた。


 大広間が暗闇に包まれた。

「きゃあ!」

「な、なんだ!?」

「あぐっ……!」

「えっ!? なっなに?」

 グラスの割れる音がした。

「何だ!? ん? そこに誰かい……」

 男の声が途切れた。

「おい、どうした?」

 そっと声をかけた男のすぐ側を誰かが通り過ぎた。

「ひっ……うぐ!」

 あちこちから肩を軽く叩くような鈍い音が聞こえてくる。

「襲撃か!? ベル鳴らせ!」

「どこだ! 暗くて見え……う!」

 椅子が動くガタンという音やワインボトルがゴトンと倒れる音がしたかと思うと突然静かになった。

「おっおい」

 数秒経っても物音一つしない。たまたま生き残った男が床を這って行き壁の照明のスイッチまで辿り着くと、震える手で恐る恐るスイッチを入れた。光が戻ると、室内には亡霊のような顔が見えない黒いローブの男六人が短刀を持って立っていた。

 アサヒと目が合った男は恐怖の悲鳴をあげた。


「あん? 何の声だ今のは?」

 二階の西側奥の部屋にいたノストラーダは耳を澄ました。

「おい! 今のは何だ!?」

 ノストラーダは机から銃を出すと安全装置を外した。

 誰かが部屋をノックした。

「誰だ?」

「俺だよ組長。アサヒだ。入ってもいいかな?」

「アサヒ? 何しに来た?」

「仕事でね。最近入った女の子を探しに来たんだ」

「女? たかが女一人のためにお前が来たのか?」

「あんた、まずい女を買っちまったんだよ。まあこういう商売だ、運が悪かったと思って死んでくれ」

「ふざけんな!」

 ノストラーダが扉に向かって銃を連射した。穴だらけの扉がだらしなく開く。

 アサヒは壁のスイッチに手を伸ばしてノストラーダの部屋の照明を消した。


(何だろう? 銃声がしたような。それになんか急に静かになった気がする)

 メイは窓から外を見たが誰もいない。

(んんー?)

「メイちゃん」

「うわっ!」

 振り返るといつの間にか扉が開いていてアサヒが立っていた。

「怪我は無いかな?」

「え? ええ……え? アサヒさん、まさか私を助けに来てくれたの?」

「そうだ。さあ帰ろうか。少し散らかっているが……まあ気にするな。誰かが掃除するさ」

「う、うん。ありがとうございます」

「ま、礼を言われるのはまだ早いかもしれないが……これからどうするかは君次第だ」

「どういう意味ですか?」

 アサヒは微笑むだけで答えなかった。

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