第37話 閃光王子 三

 メイはクロガネ工場の駐車場の一角に車を停めた。周りには作業員の車や自転車がズラリと並んで停めてある。青空の下で巨大な工場の煙突から煙がもくもくと立ちのぼっている。パイプやメーターが建物のあちこちを這うように繋がっていて、工場自体が一つの生き物のようだ。メイは顔を覚えている守衛に挨拶して中に入った。

 中に入ると機械の稼働音や作業している労働者の声が騒々しく響いている。二階にも鉄条網の回廊を歩く者達が見える。メイは知り合いに手を上げて挨拶しながら奥へと進み、カンカンと音を立てながら階段を昇ると二階にある工場長のドムの部屋へ入った。

「こんにちは」

 メイが声をかけると机で図面を引いているドムが顔をあげた。真っ白なヒゲにボルトが縦に並んで入ったヘルメットを被り、眼鏡についた複数のレンズがキュイキュイと動いた。老齢ながら腕はたくましい。

「おおメイちゃんか!」

「ちゃんは止めてくださいよ。もう十八なんですから」

「俺は六十七だぞ」

「だから何なんですか。銃の調子、見てくれませんか? 二発目からなんだか調子が悪くなっちゃうんです」

「ああ。どれ」

 ドムにケースを手渡すと銃を取り出し、向きを変えたりメーターの針を見ながらレバーを引いたりして複数のツマミをいじった後、後部の部品を指差しながら口を開いた。

「こことここの数値の差をでかくしすぎだ。これだと次弾を撃つ冷却時間は短くなるが蒸気が抜けきれなくて後部に少し熱が残っちまうだろ? 排気が増えた時に少しサイトが蒸気の熱で膨張するから二発目が右にずれて見えちまうんだよ」

「あ、なるほど」

「狩りにはそんなに時間を短くする必要は無いだろ? 少し差を縮めておけ。冷却時間は伸びるが寿命も延びる」

「分かりました。工具借りますね」

「おう」

 メイはドライバーで少し銃をいじり、頷いてケースをしまった。

「うちには就職しないのか? 機械をいじるの好きなんだろ? 向いてると思うけどな」

「これは趣味ですから。仕事にするのは嫌なんです」

「そういうもんかね」

「それに家出娘とはいえヴェイン家の者がここの世話になるのはやり辛いんじゃないですか?」

「そんな事は気にしねえよ。俺はやりたいようにやってるだけだ。国がうちを勝手にバックアップしたせいで工場もこんなにでかくなっちまった。なんせ娘が王様と結婚しちまったからな。ハッハッハ!」

「そんで? その王様の息子はどこにいるんです?」

「ここにいるんですけどー」

 声がしたので部屋の隅を見ると、チェスボードと水を載せた丸テーブルの前でレオンがチョコンと椅子に座ってチェスの本を開いていた。

「あらいたの」

「いました。水飲む? 美味いよ」

「うん」

 メイがグラスを受け取り一口飲んだ。

「……ブッ!」

「うわっ!」

 メイが水を吹き出してレオンの服にかかった。

「何だよ! ドムおじさんの水そんなにまずかったか? 確かに安物だもんな!?」

「オイ」

「ゲホゲホ! 違うわよ! ああびっくりした! あっあんた誰!?」

 メイが口を手で拭いながら窓際の暗い部分に立っている東洋人を指差した。四十代くらいだろうか、フード付きの黒いトレンチコートを羽織り、腕を組んで静かにこちらを眺めている。窓のブラインドの隙間から入ってくる陽射しが、舞っているホコリをキラキラと照らしていた。

「君がヴェイン家の長女か。お初にお目にかかる」

「いつからいたんですか!?」

「君が入って来た時からいただろ」

「マジ? レオンは影が薄いから分かるけど全然気付きませんでした」

 東洋人はメイの言い草にクックッと笑みを漏らした。レオンが紹介した。

「アサヒさんだよ。名前は知ってるだろ?」

「え?ああえーと。確かアルベルト王が王位に就く頃から仕えている人でしたっけ」

「まあそんな感じだな。あれ以来時々一緒に仕事をさせてもらってるよ。王に仕えている覚えは無いがね」

 そう言うとアサヒはドムの机まで歩き、小型のプロペラ飛行機のパンフレットを手に取った。

「君も狩りをするのか」

「えっ? ええ」

 アサヒが紙をめくるシュルッという音だけが聞こえる。音を立てずにしなやかに動く立ち居振る舞いと、威圧感は無いが射抜くようなするどい眼光。どう見てもただ者ではなさそうだ。

 アサヒはメイの疑問を察して口を開いた。

「俺の武器を見てもらってたんだ。この街で極東の剣の手入れができるのはもうドムだけだからな」

 そう言うと腰に差してある小太刀をチラリと見せた。

「刀? にしてはちょっと短いわね……。銃じゃないんですか?」

「銃も一丁持ってるけど、音がするだろ……何かと不便でね」

 意味を察するとメイはゴクリと唾を飲んだ。

「それじゃあな王子。またやろう」

「どーも」

「メイちゃんも会えてよかった」

「あ、どうも……」

「じゃあな、ありがとよドム。これもらってくぜ」

 そう言うとアサヒはパンフレットを持って出て行った。

「本にかかんなくて良かったー」

「あんたねー。ああいう人と関わるのはやめなさいよ。心臓止まるかと思ったわ」

「なんで? いい人だよアサヒさん。メイが来るまでチェスの相手をしてもらってたんだ。それにさ、この前衣擦れ音がしにくい走り方を教えてくれたんだ。えと……ナンパ走りだっけ?」

「知らないわよ。絶対ただ者じゃないわよあの人」

「そりゃそうだよ。父上と一緒に海賊達と戦って来た人なんだから。弱い訳ないじゃん俺じゃあるまいし」

「あんたはまったく分かってないね相変わらず」

 メイはため息をつくと改めて水を一口飲んだ。

「それよりそろそろ行こうぜ。腹減っちゃったよ。じゃまたねおじさん」

「おう」

 レオンが立ち上がって部屋を出た。

「いい人ねえ……」

 メイは窓からアサヒが工場を出て行くのをしばらく眺めていた。

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