第35話 閃光王子 一

 背の高い建物が建ち並び、建物の壁を多くの金属管や歯車が這うように通っている。錆色の金属管はそれぞれの屋上へと伸び、屋内の動力源となった蒸気を吹き出していた。

 街では石煉瓦でできた街道を鉄の馬車や自動車が走り、安価で動くガス灯が道を照らす。金の縁取りの眼鏡やサングラスをかけ、スーツやシルクハットで身なりを整えた紳士、ゴーグルを掛けオイルで汚れた縦縞の服を着る労働者、膝丈のスカートに革のコルセットで体のラインを引き締めたドレス、奇抜な帽子で着飾る婦人がガヤガヤと賑わう道を行き交う。

 劇場では今や歌劇ではなく、鉄の柵やアーチでできたステージ上で真空管を使ったギターやベース、サックス、ピアノなど輸入された楽器を織り交ぜてジャズやシャンソンが演奏されるようになった。


 北大陸のフェルト国。王都ビルギッタはヴェイン公国の支援を受け、蒸気機関が導入されるやいなや急速に発展した。冷蔵庫によって大根を保存、長距離輸送ができるようになり、フェルト国の王アルベルト・ファルブルは他大陸へと進出。次々と海賊や山賊、悪の限りを尽くした者達を駆逐して多くの国に歓迎され、暗黒時代を終わらせた勇者として文字通り世界にその名を轟かせる事となった。

 やがて国内の統治が安定し、アルベルトに息子が生まれ成長した息子の魔法を見た時、アルベルトはフェルトの現在の体制による統治を諦め王位を退き、民主主義の国に体制を変更した。

 ファルブル家は賛同する者達を加え、警察や国の要請を受けて戦う武装集団となった。



「そろそろだな」

 ビルギッタ警察のマードック警部は、警察車両で固めたビルの前で懐中時計をパチンと閉じた。

 東地区の銀行を襲った十人組がこのビルの三階のオフィスに立て篭もり、既に二時間が経過した。

 人質はいないため既に突入命令を待つのみという段階だったが、署長から依頼を受け急遽ファルブル家が介入するとの連絡が入り突入命令は保留になった。

 近付いて来た部下が蒸気加熱式ライターで煙草に火を点け煙を吐いた。

「警部の手柄が持ってかれちゃいますが」

「ああ。ヒーローのご登場だ。ま、こちらもいたずらに部下を危険に晒さずに済むんだから構わんさ。銀行強盗君達には気の毒だが……奴等の部屋のベッドメイクはもう必要無いだろうな」

 部下が空を見上げると飛行船が飛んで来る音が聞こえて来た。野次馬から歓声があがり、新聞記者のカメラのフラッシュが次々と焚かれた。

「そら来たぞ」


 ファルブル家の紋章が描かれた白い飛行船がビルギッタの上空に現れた。金属製の船を円錐のバルーンから吊るした飛行船が下から見た者を圧倒させる。

 展望デッキに立った四十四歳のアルベルト・ファルブルとその息子、十八歳になったレオン・ファルブルは、十四人の部隊を後ろに控え、チェスターコートをはためかせながら街を見下ろしていた。アルベルトや隊員達は鍔が反り返った帽子を被り、マフラーで口元を覆っている。帽子と、右袖だけ短い特注のコートは大根の成分を含んだ水溶液でコーティングされ、コートの中の革のカーディガンには自動銃弾装填ディスクや冷却ファンが装着されたほか、細かな金属管や計器が腰部分に括り付けられている。

「父上、あのビルだ」

「ああ見える。私の目が黒い内は悪党共に好き勝手な真似はさせない。レオンは飛行船の着陸処理を頼む」

「ご武運を」

 アルベルトが頷き、ゴーグルをかけて振り返ると隊員達に叫んだ。

「目標の殲滅が任務だ! 必ず仕留めるぞ!」

「ハッ!」

 隊員達の返事と同時にキン!と音がして、アルベルト達の防具が刃で硬質化した。

「出撃!」

 レオンが見守る中、アルベルト達は次々と飛び降り、刃のマントが腕と胴の間に広がって街の空を滑空した。地上から聞こえる歓声の中、隊員達は現場のビルの壁や窓ガラスを切断しながら次々と屋内に突入し、肩に着けたパイプから蒸気を吹き出すと、強烈な逆噴射で空中で一瞬停止してから室内に降り立った。蒸気が部屋を満たし、背中の歯車機構が高速回転して冷却ファンが回ると服を冷やし、スーツの耐久力の低下を防いだ。ゴーグル越しのアルベルト達の目が目標を捉える。

「よし。情報通り人質はいないな」

「なっ……てめえまさかアルベルト・ファルブル!?」

 恐怖と驚きが入り混じった声で叫びながら強盗達が銃を乱射したが、コートがチュインチュインと銃弾を切断してアルベルト達にダメージは無い。右腕のアームガードから折り畳まれて収納されていたフレームが展開され、銃が右手の位置に来るとアルベルト達が引き金を一斉に引き、銃による攻撃で強盗達は間もなく殲滅された。


 その日の新聞の記事はファルブル家の活躍、不動産関連の株価の激しい値動き、そして北大陸西部で発見された油田の三つに絞られた。

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