第34話 大根王子Ⅱ 十九

「楽しかったよ」

 アルベルトは港町シングの船の前で孫と共に見送りに来たトーマスと握手を交わした。

「また来ます。その時は町を案内してください」

「うむ、約束だ」

 アルベルトは次に孫と握手を交わした。あの時の服の持ち主である。

「あの服は国の博物館に飾られるらしいです。僕のお気に入りの一着だったんですけど」

「私の部屋に放りっぱなしだったのに?」

 トーマスが肩をすくめると三人は笑った。トーマスが下がると、ヴェイン公が護衛を伴いながらアルベルトの見送りにやって来た。

 アルベルトは強盗団を壊滅させる際の貢献が認められ国賓扱いを受け、ヴェイン公と会談するとヴェイン公はアルベルトの類まれな戦闘力と可能性に気付き、すぐに友好国となる事を表明した。蒸気機関技術等や冷蔵庫付きの船をフェルトに提供し、代わりに国防の同盟を結ぶ事を提案すると、アルベルトは国に戻ってから相談はするもののほぼ確実に同意するだろうとの回答を示した。

 ヴェイン公国の新聞社は、こぞって北大陸から来たこの若き王の活躍と同盟のニュースを書き、港にはアルベルトを一目見ようと民衆が押し寄せた。

 今そのヴェイン公が目の前にいる。

「君達との未来を楽しみにしているよ」

「共に戦いましょう、正義のために」

 二人は固い握手を交わし、民衆から歓声が上がった。

「それでは」

 アルベルトは船に乗り込み手すりから民衆にも手を振って挨拶すると、蒸気機関で冷蔵庫が完備された船がゆっくりと港から離れて行った。


 それから二年の月日が経った。


「だからよぉ! 俺はそん時言ってやったんだよ!」

 酒場で海賊がビールの入ったジョッキをテーブルにドンと置いた。

「銃は剣よりも強しってよ! あいつら馬鹿じゃねえのか? 今時日本刀なんか持って何になるんだよ!?」

「違いねえ! ギャハハハ!」

 ラウルの日本刀をテーブルに置いて海賊ロークとその手下達が酒を飲んでいる。別のテーブルから声が飛んで来た。

「おい聞いたか? 東島でフレドスとグリムソンがもめてるってよ!」

「ほっとけよ! あいつらいつももめてんじゃねえか!」

 ラウル達が住んでいた南の島とその周辺の島々は全て南大陸から来た海賊達に支配されていた。ローク、フレドス、グリムソン、イヴァル、ビョルク、アストリッド、ラウドの七人が率いる海賊団がそれぞれ南大陸の国とその周辺、そしてこの島まで遠征して来て全てを荒らし、略奪を行っている。

 そんな中海賊達にも気になる報せが舞い込んで来た。ヴェイン公国と北大陸の国が同盟を組み、北世界と称して南大陸とその周辺諸島と決別した。いつかは北世界の奴等と事を構える時が来る。敵の血を見るのが何よりも好きな海賊達は今か今かと待ち構えていた。

「ローク! ついに来たぞ! 北世界の船が来た!」

「来たか!」

 ロークは銃を持って立ち上がった。

「てめえら行くぞ! 北世界の奴等と戦争だ!」

「おう!」

 ラウルの日本刀をテーブルに置いたまま海賊達は出て行った。


 アルベルトの部下のアサヒが船の甲板から双眼鏡で島を見ている。

「おーいるいる。ガラの悪い連中だなあ」

 ホークも双眼鏡を覗いて笑った。

「あれでどうやってレディを食事に誘うんだ?」

「さあな。さて、王子に報告だ」

 二人は船室に消えて行った。

 フェルトの旗を掲げた船が三隻、南の島のすぐ側までやって来た。それを待ち受けるかのように他の島からも海賊団の全船団が近付いて来る。

 アルベルトが船の冷蔵室に向かって歩き、途中でアサヒ達と会話した。

「敵の数はどうだ?」

「まあまあだな。島に一団がひとつ、あとは周りの海を船が見渡す限りって感じだ」

「まとめて処理するいい機会だ、船長に攻撃を開始するよう伝えてくれ」

「分かった」


「あんな装甲の薄い船で来て何考えてんだあいつら?」

「さあな、いいじゃねえかさっさと沈めちまおうぜ!」

 海賊の船団が近付き、先に三隻に向かって一斉に砲弾を放った。海に大砲を撃つドォンという音がひっきりなしに響く。しかし全体にきっちりと大根のドレッシングが塗られた船のボディに砲弾が当たると、砲弾は細切れになって海に落下した。

「何!? 砲弾が効かねえぞ!」

「どうなってやがる!?」

 アルベルト達の船体の横から黒い砲身がスーッと出て来ると、砲身から勢いよく放たれた細い水が手前の海面から海賊の船まで空に向かって薙ぎ払った。大根が含まれた高速の水流は海を割り、海賊の船を両断した。割れた海水が天高く舞い上がり、再び合流して大きな波を作ると船と海賊達を吞み込んだ。

「はぁ!?」

 島から見ていたローク達は凄まじい波飛沫と共に船が真っ二つに割れて沈んで行く様子を見て仰天した。次々と横から銃身が出て来て海ごと船を薙ぎ払って行く。フェルトの船団の攻撃力に恐怖した海賊船は逃走しようと離れて行くが、極限まで軽量化され、さらに蒸気機関で加速するフェルト船団が凄まじいスピードで追跡し、海賊船の前に横付けすると大根水で薙ぎ払って沈めて行く。

 三十分もしないうちに全ての海賊船は船体を両断され、海に投げ出された海賊はロークの島に追いやられた。


 アルベルトが巨大な冷蔵室の扉を開けると、ひんやりとした空間の中、フルフェイス、黒い防護鎧の上に桂剥きのマントを羽織り、大根のドレッシングを充填した腰のタンクと連結した水鉄砲を腰に差し、金色の衝撃相殺パイプを備えた蒸気機関銃、肘に自動弾丸装填円盤を装備した近代騎士団が壁の両側の椅子に座って出陣を待っていた。

 騎士団が立ち上がり、銃を動かして敬礼した。ガシャッガシャッという無機質な音が冷蔵室の中に響く。

 アルベルトが彼等の間を歩き、奥の壁に備え付けられた柱状の装置の扉が開くと、中から白い煙と共に冷やされた真っ白い大根防護鎧が現れた。

(ラウル、ジョエル、そしてイサベラ……遅くなってすまない)

アルベルトが鎧を身に着け、フルフェイスを被り、衝撃相殺パイプが付いた狙撃銃を肩に担ぐと、ガキンと音を立ててレバーを引いた。

「行くぞ! 南の海賊共を駆逐する!」

「ハッ!」


 フェルトの船団が海岸に到着した。命からがら上陸した海賊達が海岸のバリケードの陰から銃を持って待っている。アルベルト率いる近代騎士団二十一人は、アサヒとホークが船首から見守り、甲板にいる船員が敬礼する中、船の横に付けられたエレベーターでゆっくりと降りて来る。

「何だあいつらは……」

 アルベルト達の装備は外気との温度差によって白い湯気が出ている。アルベルト達が海岸に整列すると、アルベルトはサーベルを掲げて叫んだ。

「私はアルベルト・ファルブル! 北世界の王だ! 友のため、正義のために貴様等南大陸の海賊共を一人残らず殲滅する! 今までの行いを悔いてここで朽ち果てろ!」

 騎士団はアルベルトがサーベルを前に振り下ろしたのを合図に行進を開始した。歩いて来る騎士達に向かってバリケードから一斉に海賊達が発砲するが、弾丸は全て切断され細かくなって砂浜に吸い込まれる。騎士達が歩きながら水鉄砲を腰から出して構えた。

「撃て!」

 騎士団が一斉に水鉄砲を撃つと、キン!と音がして放たれた水が音も無くバリケードを貫通し海賊達を射抜いた。バリケード越しに撃ち抜かれた海賊が息絶えて砂浜に転がった。

「ぎゃああ!」

「だ、駄目だ! 防げねえ! 逃げろ! 逃げろォ!」

 海賊達が一斉に逃げ出すと、騎士団は歩きながら機関銃に持ち替えて射撃を開始した。逃げながら海賊達が力尽きて倒れていく。最後に残ったローク達の一団は逃げ出し、森の中に逃げ込んだ。


 息を潜めた海賊達は、森の中で震えていた。ガサッと音がして、木に背中を預けてしゃがんでいた海賊が顔を上げると、騎士が白い湯気を上げながら辺りを彷徨っていた。騎士と目が合うと海賊は震え上がった。

「ひいいい!!」

 あちこちで銃声が響き、やがて海賊達が減ってくると南の島に奇妙な静寂が戻った。


 アサヒとホークが島の中の酒場に入った。無人の酒場はどこか物寂しさを感じさせる。ゴトッゴトッと足音を鳴らしながらホークは酒を物色し、口笛を吹いた。

「おっいい酒が置いてあるねえ。ちょうど喉が渇いた所だ」

「仕事中だぜホーク」

 アサヒはホークの軽口に笑みをこぼしながら視線を巡らせると、テーブルに置いてある日本刀を見つけて手に取った。抜くと刃はギラリと光る。

「これは……王子が言っていた男の刀か?」

「いい刀だな。王子の所に戻ろう」

「ああ」


 最後に残った海賊の頭領ロークは森を走り、やがて小さい洞窟に辿り着いた。すぐ先に青い海が広がっている。

「へっ……へへっ……何でも逃げる手段は思い付くだけ用意しておくもんだぜ」

 洞窟に突き立っていた杭にロープで蒸気機関を搭載した水上バイクが括り付けて置いてあった。ロークは水上バイクに跨り、スロットルを開けるとガシュコンガシュコンと音を立てながら海へと乗り出した。

「や、やった……!」

 波に揺られながらロークがノロノロとバイクを進めると、砂浜から兵士達がロークを指差して叫んでいるのが見えた。

「へっざまあみやがれ!」


 アルベルトもすぐにロークの姿に気付いた。

「王子! このままでは!」

「くそっこの狙撃銃では遠すぎる! どうすれば……!」

 ロークの方へと波が流れて行くのが見えた。

 アルベルトは急いで船に戻ると、大根の桂剥き倉庫に飛び込んだ。大根を厚めに切って数枚貼り付けてある板を担いで外に飛び出すと、アサヒとホークが駆け寄ってくるのが見えた。

「王子!」

「奴を逃がす訳にはいかない!」

「そんな盾持って何するつもりだ?」

 キン!という音がして、板に貼ってある大根は刃に変わり、板は刃に挟まれて補強された。

 アルベルトは海に向かって走り出した。アサヒがアルベルトの考えに気付くと、アルベルトに向かって叫びながらラウルの日本刀を投げ渡した。

「王子! これを!」

「これは……ありがとうアサヒ!」

 アルベルトは刀を掴んだまま走り、深くなった所で板の上にうつ伏せに乗ると手で波をかき分けながら海に乗り出した。


 カモメがゆっくりと頭上を飛んでいるのが見える。

「波がちょっと高ぇが、まあまあのクルージング日和だなぁ……どれ、けっこう離したろ」

 ロークはバイクに乗りながら後ろを振り返ると、海の上をアルベルトが滑りながらこちらに近付いて来ているのが見えた。

「ああ!? 何だ!? 何だてめえは!?」

 アルベルトは真っ白な板の上でバランスを取りながら波に乗り、蛇行しながら日本刀を抜いて叫んだ。

「私はアルベルト・ファルブル! 言ったはずだ! 南大陸の海賊は一人残らず駆逐すると! 貴様も例外ではない!」

「うっ……うおお! ここまで来て殺られてたまるかぁぁー!!」

 ロークはスロットルを全開にして加速した。しかし蒸気機関の熱効率は悪く、唸りを上げるもそこまで大きな加速はできず多少離れたに過ぎなかった。波に乗ったアルベルトの方が速く、少しずつ二人の距離が縮まって来た。

「くそっ! これでどうだ!」

 ロークはバイクの向きを右に変え、波に乗ったアルベルトとは違う方向へ走り出した。

「逃がすか!」

 アルベルトもロークの方へ曲がると、今乗っていた波よりも高い波が右からやって来るのが見えた。ロークの方までは波は来ていない。

「よっよし! 残念だったな! これでお前も……」

 アルベルトはアーチ型に押し寄せて来る波の下を潜るように板を乗りこなし、加速して波が途切れた所で勢いよく宙を舞った。アルベルトはロークの頭上を追い越すように飛ぶと、縦に半回転した所で刀を横薙ぎに一閃し、ロークの首を刎ねると元の態勢で着水した。着水したアルベルトは刀を鞘に納めると、白い軌跡を残しながらゆっくりと海を進んだ。

 カモメはアルベルトを追い越し、広大な青い海を悠然と飛んで行った。


 南世界の海賊は駆逐され、アルベルト・ファルブルは世界の王となった。

 ラウル達がいたフェルトの南にある小さな島は現在、南大陸への中継地点のリゾート地として賑わっている。海岸近くにある酒場では、民族の誇りのために戦った若者が使っていた日本刀が飾られている。




 物書きはペンを置くと、本を閉じて立ち上がり、窓際に立ってコーヒーを飲みながら夕日に染まる街並みを眺めた。

 これで私が知っている話は終わりだ。彼等の祖先、ロキ・ファルブル、ラナ・ファルブル、カイル・ファルブル……。無名の若者達から始まり、現在のアルベルト王へと続く壮大な歴史物語を書き上げた今、物書きは達成感を味わっていた。

 私にも何か一つ魔法が使えたなら、今頃どんな人生を歩んでいただろうか? そんな事を考えながら物書きは振り返り、たった今自分が仕上げた本を見つめたのだった。

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