第33話 大根王子Ⅱ 十八

 アメリアに最初に気付いたのは外で見ていたアルベルトだった。列車にいた時に散々聞いた爆発音を聞き、双眼鏡で音の方向を見ると、工場のさらに北にある小高い丘の部分にアメリアが銃を構えてうつ伏せになっていた。

「まずいぞ! あそこからジョンソンさん達が丸見えだ!」

 アルベルトが飛び出した。

「あ! ちょっと!」

 捜査員の制止を無視してアルベルトは走り出した。工場の正面から走って行く。アメリアは工場の敷地に入って来た新しい人間に気付いてスコープを向けた。

「くそ! またあいつか!」

 アメリアが引き金を引くと、アルベルトが後ろに吹き飛んだがすぐに起き上がってアメリアに向かって真っすぐ走って来るのが見えた。

「チッ……やっぱり駄目か」

 アメリアは銃に結んである革のベルトを肩に通して担ぎ、丘の向こうに走って行った。

「逃がすか!」

 アルベルトが追いかけて丘を登る最中にエンジンがかかる音が聞こえ、登り切って下を見ると既にアメリアがバイクに跨って走り去ろうとしていた。

 アルベルトは胸にかけてあった瓶を三本取って上からアメリアに向かって投げた。わずかに届かず、バイクの近くに落ちて割れ、液体が道にこぼれた。

「何だ?」

 アメリアが構わずバイクを発進させ、アルベルトから遠ざかって行く。

「くそ! また逃げられた!」

 アルベルトが悔しがっているとアルベルトの左下の傾斜が緩やかな所に警察車両が音を立てて止まった。一緒にいた捜査員だった。

「乗って! 後を追います!」

 アルベルトは素早く車の左側に乗り込んだ。

「シートベルトしてください!」

 言うやいなや捜査員はすぐに車を発進させた。前方のバイクを追いかけて道路に乗ると一気にスピードを上げた。

「シートベルト……これか」

 アルベルトはシートベルトを引き出して右下の部分に差し込むとカチッと音がしたのを聞き、シートベルトが装着できたのを確認したが、手を離した瞬間に服にピッタリと付いたシートベルトは切断された。

「あれ?」

 切断されたシートベルトは左上に戻って金具に吸い込まれた。

「え!? シートベルトって切れるの!?」

 運転しながら捜査員はアルベルトを二度見した。

「この服すごく斬れるんです」

「あ、そうなんだ」

 アルベルトは怒られそうだったので座っているシートも少し斬れていた事は黙ったまま、外套の尻が乗った部分をそっと後ろに流し、それ以上斬れて尻が座席に沈み込まないようにした。

 夕日が空を赤く照らしている。車のライトを点けた。捜査員が前方のアメリアのテールランプを追うがカーブが多く、なかなか差が縮まらない。田舎道を走るトラックを追い越しながらアメリアを追い続け、二人は町に入った。

(トーマスさんのホテルがある町だ)

 アメリアを追いかけるうちに元の町に戻って来てしまった。

 町に入ると交通量が一気に増えた。こうなると小回りが利くバイクの方が有利だ。アメリアのバイクがさらに唸りを上げ加速し、捜査員も加速するとアメリアは左の狭いビルの間にある道に入り、捜査員もハンドルを切って進入した。周りの者が二台の乱入に悲鳴を上げて散り散りに逃げて行き、捜査員はハンドルを細かく操作して周りの人や物を避けながら進んだ。車で靴磨きの箱を吹き飛ばした。アメリアは先に通りに入って右に曲がった。

「くそっ! ちょこまかと!」

 狭い道をハンドルを操作しながら進み、通りに出て一旦止まると、アメリアは走っていた歩道から左の車線に入って加速する所だった。捜査員も対向車が通り過ぎたのを確認してから左車線に入り、前の車を追い越してアメリアを追った。加速して前進するとバスが行く手を遮った。バスは左にウインカーを出し路肩に寄せたので、捜査員は上手く右車線の対向車にぶつからないようにバスを追い越したが、その間にさらにアメリアに距離を離された。二台先でアメリアが西の大通りに曲がって行くのが助手席にいるアルベルトから見えた。

「左です!」

「あいよ!」

 捜査員が二台追い越しハンドルを切って大通りに入ると、アメリアがはるか前方を走っている。夕日がまぶしくてよく見えない。突然アメリアが急ブレーキをかけ、タイヤが悲鳴を上げながらバイクが反転してこっちを向くのが見えた。

「何ッ!?」

 アメリアが銃の引き金を引き、アメリアの銃特有の爆発音が響いた。弾丸がアルベルト達の車のエンジンルームを直撃し、エンジンが粉砕されボンネットが勢いよく開くとフロントガラスの視界を遮った。

「うわ!」

 捜査員が急ブレーキを踏むと、アルベルトは蒸気がエンジンから噴き出ている車の中から、グローブボックスやフロントガラスを切断しながら座ったままの姿勢で前方にまっすぐ投げ出された。アルベルトは膝を突き、道に火花を上げながら膝立ちのまま前に滑って行く。滑りながらアルベルトは腰の水鉄砲を抜き、驚愕の表情で見つめるアメリアに向かって水鉄砲の引き金を引いた。二人がすれ違う時にアメリアの胸に一滴、足に大根のドレッシングが二滴かかった。

「……え?」

 アメリアは自分にかかったドレッシングを見た後、振り返ってアルベルトを見た。アルベルトは止まると、そのまま前を向いて動かない。キン!と音がして、アメリアの体を大根の刃が貫き、アメリアはガシャンと音を立ててバイクと共に崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る