第31話 大根王子Ⅱ 十六
アルベルトは最後尾で静かに強盗団の合流ポイントに着くのを待っていたが、同じ景色が続く一帯だったので実際にどの辺なのか記憶があいまいだった。ただ合流ポイントに着いたら最後尾を切り離し、一人降り立って奴等を倒し、残った連中にアジトを案内させるつもりだった。
列車がある程度進むと客席がざわつき、減速するのを感じた。アルベルトはその時初めて合流ポイントを過ぎていた事に気付いた。
列車が停止すると、目の前には反対側の線路にある貨物車両が開けられ、中の荷物が投げ出され、こちら側の線路にまで荷物が散乱していた。どうやら列車にいた連中は車を持った者達と合流し、持てるだけ持って逃走したようだ。仕事は完遂したという訳だ。
車掌が警察に無線で連絡するのが見えた。先程向こうの列車でも通報している。そろそろ警察が来るだろう。車掌や乗務員は乗客に線路の荷物をどかすためしばし待つように伝えると、荷物をどかし始めた。
しばらくすると警察部隊が車に乗って到着した。アルベルトは車の便利さに一人頷きながら警察が荷物をどかすのもそこそこに、タイヤの跡を捜査しているのを眺めていた。警察の人間の一部は普通の制服ではなく、黒の鎧のような防護服を着ていて、頭も兜のような物を被り、長い銃を持っていた。腰の四角い装置から耳元に向かって金属のケーブルや筒が繋がっていて、銃もやはり蒸気機関が搭載された物のようだ。黒い銃身を覆うように金属のパイプが複雑に絡みついている。明らかに戦闘の装備だ。
警察の戦闘部隊のオリバーはリーダー、ジョンソンに話しかけた。
「やはりあのタイヤの跡はいずれも巡回用の軽車両です。長距離を走るのには不向きです。アジトはこの線路沿いにありそうですね」
「ついに尻尾を掴んだな」
「資金難により近くの列車を急遽狙ったのでしょう」
「よし、追跡するぞ」
ジョンソンはアジトを急襲する旨を捜査員に伝えた。数名の鑑識の捜査員を残しジョンソン達は数台のバンに乗り込んで出発した。
アルベルトはその後を徒歩で追った。
強盗団のアジトは線路から三十分以内の場所にあった。昔使われていた工場をアジトにしていて、広い敷地の中にある小さな建物二つと、パイプが走っている大きな建物をさらに金網のフェンスで囲っていたが、フェンスはあちこち破れていて本来の機能はもはや果たしていなかった。
ジョンソンは樹木に覆われた高台から双眼鏡を覗いて周囲の状況を見ていた。あちこちのパイプが邪魔でなかなか全体を見通せないがしばらく見てジョンソンは頷いた。
「よし。今は外に誰もいない」
「仕事が終わって祝勝会でもしてるんでしょうね」
「パーティーには余興が必要だろう。我々の出番だな」
ジョンソン達はフルフェイスを被り潜入の準備を整えた。その時耳に付けていた無線で後方の人間から連絡が入った。
「警部」
「どうした?」
「後ろにサーベルと水鉄砲を持った民間人がいます」
「サーベルと何だって?」
「水鉄砲です」
「……よく分からん。追い払え」
「それが先程敵と交戦した一人だと言ってます」
「何?」
ジョンソンとオリバーは顔を見合わせた。
「話を聞いてみますか?」
「……そうだな。よし、そっちに行く。その男を連れて来てくれ」
「分かりました」
ジョンソンが警察車両の前でアルベルトを待った。車両のボンネットには工場の図面やアメリアの写真が広げてあり、あちこちにペンで進むルートや注意事項などの書き込みがしてあった。アルベルトが静かに歩いて来た。ジョンソンがフルフェイスのカバーを開け、アルベルトと握手した。
「私はジョンソン警部だ。先に言っておくが作戦前で有力な情報以外は聞いている時間は無い。いいかな?」
「もちろんです。僕はアルベルト・ファルブル。北大陸の王です」
「王?」
水鉄砲を腰に差している若き王を見てオリバーは吹き出した。アルベルトは水鉄砲を見るとオリバーに微笑んだ。
「視察の航海中に嵐に遭って……まあその話は今はいいでしょう。先程の列車で強盗団を撃退したのは僕です。カウボーイ数人と蒸気機関で改造した銃を装備していた男を倒しました。この水鉄砲はさっき子供にもらった物で、戦闘で使ったのはこっちです」
そう言うとアルベルトは反対側に差したサーベルを見せた。
「銃を使わずに奴等と戦ったのか?」
「僕にはそんな武器は必要ありません」
捜査員は見合って口笛を吹いた。
「とんだサムライがいた物だ」
「サムライではありませんが僕は白兵戦を得意としています。これから奴等の所に乗り込むなら戦闘員として協力したい」
「駄目だ」
ジョンソンは拒否した。
「話が本当なら君の勇気は素晴らしい。奴等を撃退し、他の客の安全を守ってくれた事にも感謝したい。だがここからは我々の仕事だ。一般人、しかも遠い異国の地の君をこれ以上危険に晒す訳にはいかない。君は帰るんだ。いいね?」
「弱い者を守りたい、悪を倒したい気持ちは同じです」
「我々は弱くはないさ」
組織で動いている部隊に外国人が口出ししても無駄だろう。アルベルトは大人しく引き下がった。
「分かりました。せめてあなた達の戦いをここで見守りたい。後ろにいます。あと一つ、敵には女の狙撃手がいましたがかなり腕が立つようです。気を付けて」
「アメリアの事だな。資料で確認済みだ。ありがとう」
アルベルトが後方の捜査員に連れて行かれるのを見届けた。
「精悍な若者だな」
「サーベル一本で王様がカウボーイ達と戦うのはどうかと思いますがね」
オリバーの軽口に笑った後、ジョンソンはフルフェイスのカバーを閉じて銃のレバーをジャキッと引いた。
「行くぞ」
「はい」
アルベルトは後ろに停められた車両で待機している捜査員に連れて来られた。
「コーヒーはどうです?」
「ありがとう。いただきます」
捜査員は魔法瓶に入れられたコーヒーをカップに注ぐとアルベルトに手渡し、自分の分も注いだ。
「ジョンソンさん達は警察の中でも特に選りすぐりの戦闘部隊です、心配はいりませんよ」
「そうなんですね」
捜査員に双眼鏡を渡されアルベルトが覗くと、見通しの良い車両の搬入口を避け、工場の一番手前の小さな建物の壁に二十人程の捜査員が着いたのが見えた。窓からは見えないようにかがみ、ドアの正面にある駐車場に敵がいないか確認している。
「サーベル一本で奴等と戦ったって本当ですか?」
双眼鏡で覗いたまま返事した。
「ええ。あとは大根の切れ端とか」
捜査員は肩をすくめた。
「武術の達人なんですか? 大根の切れ端でどう戦うんです?」
オリバーが扉を開けて潜入して行くのが見えた。
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