第30話 大根王子Ⅱ 十五
アルベルトは拳を握りしめた。貨物を強奪し、更に自分を侮辱するように笑みを浮かべたあの女を見つけて成敗すると決意した。アルベルトは踵を返して客車に戻った。
すると、割れんばかりの拍手がアルベルトを迎えた。
「ブラボー!」
「ブラボーだ青年よ!」
「よくぞ悪党を追い払ってくれた!」
アルベルトは手を上げて喝采に応えた。トーマスが最後尾まで来てアルベルトを見るとほっと一息ついた。
「心配したぞアルベルト君。たった一人でよくやってくれた」
アルベルトは笑顔を見せて握手した。
「ありがとうございます。おっと、今抱き着くと斬れてしまいますよ」
腕を広げて抱き着こうとしたトーマスを制止した。
「ああそうだった。はっはっは」
ひとしきり喜んだ後、アルベルトは窓から外を見て真顔になった。
「あれを見てください」
トーマスが見ると、強盗団が集団でこの列車を待っているのが見えた。
「オイ来たぞ!」
草原で車やバイクで首を長くして待っていた強盗団は列車を見て鼻息を荒くした。
「よーし! アメリアさんを出迎えだ!」
しかし列車は止まらず通過した。
「あれ?」
「止まらないな」
強盗団はそのまま通過した列車を呆然と見送った。
待ち伏せも通過し、一気に安堵した空気が乗客の間に流れた。
「これで安全だ!」
「やったあ!」
皆が喜びの声を再び挙げた。アルベルトはその様子を見て笑顔を見せた。
しばらくして二人は自分の座席に戻って来て、アルベルトはトーマスから切符を受け取った。
「この列車はもう大丈夫です。このまま町まで行くのが安全でしょう」
「うんそうだな」
アルベルトは窓からカーブした線路の先を見つめながら言った。
「けどこのまま奴等を逃がす訳にはいきません」
「ん?」
「ここでトーマスさんとはお別れです」
そう言うとアルベルトは窓を開けて窓枠に昇り、大根のナイフを両手に持った。
「な、何をするつもりかね?」
線路の反対側から煙を上げながら列車が走って来た。アルベルトは猛スピードですれ違う列車に向かってジャンプし、壁にナイフを突き立てた。
「ア、アルベルト君!!」
ナイフが斬れすぎて火花を上げながら鉄の壁をシャーッと引き裂いていくが、刃が摩擦熱で斬れ味が落ち、三両目で壁に抵抗を感じた所でナイフが壁に固定された。アルベルトは靴のつま先を刃に変えて壁に突き立て、壁に横向きにピッタリと張り付いた。
中から見ていた乗客が張り付いたアルベルトを見て悲鳴を上げた。アルベルトはナイフと足を動かし、窓の横まで来ると窓を開けて中に入った。こちらの列車には乗務員も配置されていた。
居合わせた乗務員がアルベルトを見て恐る恐る声をかけた。
「あの……」
「大丈夫です。切符は持ってます」
子供がアルベルトを指差して叫んだ。
「ク、クモ男だ! 妖怪クモ男だ!!」
「何だいそのクモ男と言うのは?」
「クモは他の虫を食べるいい虫なんだ! だから大事にするといいんだよ!」
「へえーそうなんだ」
アルベルトは立ち上がって食堂車に行き、この先の強盗団と戦った事を告げて大根を調達した。ついて来た子供がさらに喋った。
「クモさんは悪い奴と戦ってるんだね! やっぱりいい虫なんだ!」
「そうだよ。今から奴等を追いかけるんだ」
子供をアルベルトから引き離したい親が一生懸命子供の手を引っ張っている。
「そんなに引っ張るとお子さんが怪我をしますよ」
心底恐怖しているのが分かってアルベルトは少し母親が気の毒になった。
「クモさん! これを持って行って!」
そう言うと子供は空のボトルが付いた黒い塗装のハンドガン型の水鉄砲をアルベルトに渡した。
「かっこいいねこれ!」
「うん! 最強の銃なんだ! これで悪い奴をやっつけて!」
ベルトにカラビナをかけて使うタイプのホルスターも預かった。
「ありがとう! これで百人力だ」
アルベルトはホルスターをベルトにかけ、銃をホルスターにしまうと子供に笑顔を見せ、手を振ってテーブルに行くと大根のドレッシングを手に取った。
香辛料を入れる空き瓶が目に入った。アルベルトは料理人に声をかけた。
「すみません。これも何本かもらっていいですか?」
「どうぞ」
アルベルトは外套を脱いで瓶を取り、大根のドレッシングを瓶と水鉄砲に注入すると、革の紐にフックで括り付けて体に斜めにかけてから外套を羽織った。
準備は万端だ。アルベルトは最後尾の車両へ歩いて行った。
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