第29話 大根王子Ⅱ 十四

 アルベルトは男が死んだのを確認すると、前の車両へと進んだ。一号車と二号車は汽車の本体で、二号車にはここで燃焼させるための石炭や炉が用意されている。三号車から入るには細い通路を歩いて行き、二号車の施錠された扉を開けなければいけない。

 アルベルトは手すりを掴みながら通路を歩いて二号車の窓の横まで行くと、ガラスを叩いて中にいる車掌に叫んだ。

「車掌さん! 聞こえますか!? 車掌さん!!」

 アルベルトが叫ぶと窓の向こうから野太い声が聞こえて来た。

「何だぁ? 誰だお前?」

「僕はアルベルトといいます! この列車は列車強盗に占拠されています!」

「ご、強盗!?」

「列車を止めようとして前に来ていた者達は今僕が倒しました! この先のどこかで強盗の仲間が待ち伏せしています! 決して止めないでください!」

「わ、分かった! 司令部にも連絡する!」

「そうしてください! 僕はここを守ります! 貨物の方にまだ敵がいまので気を付けて!」

「わ、分かった! こりゃあ大変な事になったな……!」

 二号車にいる髭の男は石炭を炉にくべた後、ドタドタと一号車へ向かった。

「おい大変だ! 強盗に占拠されてるってよ!」

 話を聞いた一号車の車掌は無線で司令部に連絡した。


「よし、これで後は無事に町へ着くだけだ……!」

 アルベルトは四号車の手前まで引き返して来た。町へ着けば警察が来て逮捕されるだろう。貨物も無事に済む。何気なくアルベルトが四号車を覗いた時、カウボーイ達が来ている事に気付いて扉の脇に隠れた。

(僕を探しに来たのか)

 カウボーイ達はアルベルトが他の客に紛れているか探しながら前に向かって歩いて来る。他の客がいる場所で戦うのは危険だ。敵の弾が客に当たる可能性があるし、人質に取られたらどうなるか分からない。

 しかし三号車はもう隠れる所が無い。一人目と遭遇した瞬間残りの敵が人質を取りに走る可能性がある。

(仕方ない。上でやり過ごそう)

 アルベルトは外套のポケットから大根の切れ端を二本取り出すと、刃に変えて逆手に持ち、壁に交互に突き立てながら四号車の屋根に登った。屋根に上ると進行方向と同じ方向に向きを変えて寝そべった。

 四号車にいるカウボーイ四人が扉を開けて三号車の中央にやって来ると、アルベルトが倒した男の死体を見つけてカウボーイ達が叫んだ。

「ディ、ディーがやられてるぞ!」

「ほ、本当だ! 嘘だろ!?」

(あの男はディーというのか)

 カウボーイ達を始末しようとアルベルトが立ち膝になり、ポケットからさらに四本取り出して刃に変えた時、突然大きな破裂音と共に背中に強い衝撃を受け、アルベルトは前方の車両まで吹き飛んだ。

「ぐあ!?」

 アルベルトは空中で咄嗟に姿勢を反転し、三号車の屋根に鉤爪のようにナイフを立てながら着地した。

「な、何だ!?」

 顔を上げて後方に目を凝らすと、チカチカと何かが光っている。


「ディーは死んだか」

 前髪を切りそろえた女が前の車両に足を掛けながら貨物車両の屋根に座り、長い銃身を持つ銃に付いたスコープでアルベルトを覗いていた。銃は金色の金属管が付いた巨大な代物で、銃弾が放たれた時の凄まじい衝撃を蒸気機関を使ったスプリング機構で軽減する。女の白いマントと髪の毛が後ろに風でたなびいた。

 シューッと銃の横から煙が出て、レバーを引くとガキンと音がして新たな弾丸が装填された。

「あいつ何で生きてるんだ?」

「アメリアさん!」

 アメリアと呼ばれた女が下を見るとカウボーイがこっちを見ている。

「何だ?」

「前の車両で何かあったみたいです。食堂車で仲間が殺られてるって今!」

 アメリアがスコープを再び覗いた。

「ああ。どうやら原因はあれだ」

 アメリアが再び引き金を引くと爆発音と共に弾丸がアルベルトを捉えた。

「ぐ!!」

 アルベルトは胸に衝撃を受けて更に三号車の前方に押しやられた。弾丸は回転した状態で服に切断され、キューンという音を立てながら螺旋状に飛散した。

「狙撃銃! やはりあの女、強盗の一味か!」

 アルベルトは帽子をしっかりと被り腹這いになって的を小さくし、ナイフを使いながら匍匐し始めた。

 アメリアはスコープ越しに匍匐前進を開始したアルベルトを見て驚愕した。

「え? 嘘? 何だあれ? 何で平気なんだ?」

 アメリアは座っている貨物をバンバンと叩き下のカウボーイを呼んだ。

「どうしました?」

「爆弾は準備できたか?」

「いつでも大丈夫です!」

「計画変更だ! 急いで前の奴等を呼び戻せ! さっさと離脱するぞ!」

「あと三十分で合流ポイントですが……」

 アルベルトが四号車に飛び移ろうと立ち上がった瞬間再び引き金を引いた。

「いいから早くしろ!」

 アルベルトは再び銃弾を食らい前方まで戻されたが、怒りの表情を浮かべながら匍匐前進で高速で進んで来る。スコープ越しに見ていたアメリアには悪夢のような光景だった。

「くそ! 何だあの化け物は!?」

 アメリアは悪態をつきながらレバーを引いた。

「どうしたんすか!?」

「ディーを殺った奴だ! 銃が効かない! 私が時間を稼ぐから早く呼び戻せ!」

 カウボーイ達が急いで貨物車両に移り始めた。前の車両に手振りで合図して行き、とうとう三号車のカウボーイ達にまで連絡が届くと、アルベルトが見ている下でカウボーイ達が引き上げて行く。

「何だ?」

 引き上げて行くカウボーイ達と、上で見張っているアメリアを見てアルベルトは理解した。客車と貨物車両の連結部を破壊して逃げる気だ。

「逃がすか!」

 アルベルトは屋根をくり抜き、下に着地すると貨物車両に向かって走り始めた。その様子をアメリアが見て顔を上げた。

「や……やばい! 来るぞ! 奴が突っ込んで来る!」

カウボーイが三両先を走り、アルベルトが追い掛ける。アメリアが爆弾のリモコンを受け取った。

「逃がすかあああっ!!」

「早くしろォーッ!!」

 アルベルトが扉を切断しながら猛然と走って来るのが見えた。

「全員来ました!!」

「よし!」

 アメリアがリモコンのスイッチを入れ、連結部を爆破した。アルベルトは爆発を見てその場で立ち止まり、腕で体をかばった。貨物車両が減速していく。アルベルトは最後尾まで来るとアメリアを睨み付けた。アメリアは冷や汗をかきながら勝ち誇った笑顔を浮かべた。

「くそおおおーーーッ!!」

 アルベルトが吠えた。アルベルトの目の前で急速に貨物車両が遠ざかって行った。

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