第28話 大根王子Ⅱ 十三
食堂車の料理にタレを塗るハケを借りて、トーマスとアルベルトは服に大根のドレッシングを塗ると、キン!と音がしてアルベルトの服が硬質化し、刃のツヤで輝いた。
「こ、これは一体どういう事かね?」
「僕の国には電気や蒸気機関はありませんが、僕は大根を刃に変える魔法が使えます」
「魔法……?」
アルベルトは細かい大根の切れ端を服のポケットのあちこちに入れ、キッチンにあった大根を掴んでサーベルに変えた。
「服もこうして刃に変えれば弾丸を弾く事ができる。では先頭車両に行って奴等を止めて来ます」
「ア、アルベルト君! 待つんだ!」
そう言うとトーマスは自分が被っていた帽子にドレッシングを塗ってアルベルトに渡した。
「これを被っていきなさい。頭を撃たれたらひとたまりもない」
アルベルトは微笑んで帽子を受け取って被った。キン!という音がして帽子の後ろに流れるような透明の棘が生えた。
「ありがとうトーマスさん」
「気を付けるんだぞ」
「はい」
アルベルトが持っているサーベルを見て体をビクつかせる婦人達をよそに車両を進むと、五号車に客が多かった。見ると四号車に武装したカウボーイ四人が四号車を占領し、酒を飲んだりしてゆっくりしている。
アルベルトがズカズカと入って行った。
「おいてめえ! ぐわあ!」
「何だ!? ぐわあ!」
あっという間に二人斬り伏せ、残りの二人が発砲したがアルベルトの服に弾丸が当たると弾丸が潰れてポトリと落ちた。
「は? ぐわあ!」
「ぐわあ!」
アルベルトが容赦無く残りの二人も斬り捨てた。
「よし」
食堂車を通り過ぎて行ったのは四人だったがまだ前にもいるかもしれない。アルベルトが三号車に入って見回したが誰もいなかった。
(確か三号車から客席だったはずだ。なぜ今の奴等は四号車にいたんだ?)
そう思いながら慎重に真ん中程まで進んだ時だった。一番前の左の座席の上から腕と連結した太い銃口がにゅっと現れ、大砲のような音を立てて火を噴いた。胸に衝撃を受けたアルベルトは吹き飛ばされ、吹き飛んだ勢いで三号車と四号車の扉を刃の服が切断し、更にアルベルト自身は四号車の前方の床に背中から落ちるとそのまま床を切り裂きながら滑り、先ほど中央で斬り捨てたカウボーイの近くまで来てようやく止まった。切断されてアルベルトと共に吹っ飛んだ扉は回転しながら四号車の後ろの壁に激突して床に散らばった。
「ゲホッ! ゲホッ! な、何だ今のは!?」
アルベルトの胸からグシャグシャに潰れた拳大の鉄塊がゴトリと落ちた。
「この大きさは……これは銃なのか?」
アルベルトには吹き飛ばされた衝撃の分のダメージしか無かったが驚きを隠せなかった。サーベルを持って立ち上がり、扉が無くなって見えるようになった三号車の男と相まみえた。
先ほどの銃を撃った丸いサングラスの男が驚愕の表情を浮かべて立っている。黒い軍服から覗く腕と背中には金色のパイプが走っていて、背中の射出口から煙が出ている。
「こりゃあ一体どういう事だ? お前さんなんで生きてる?」
男の両腕に付けられた銃はどちらも見た事が無い。特殊な銃のようだ。アルベルトが間合いを詰めてくるのを見ると右腕の機関銃を構えて撃って来た。アルベルトは警戒して念のため素早く三号車の左の座席を盾にすると、四号車の後ろの扉や壁に弾丸が着弾して穴を開けた。弾が数発当たった椅子の背もたれの部分の端がブスブスと煙を発し、扉や壁にできた弾痕が赤く発光してジューッと発熱している。
(今度は発熱弾か)
男の腕の銃に繋がった掌側にある肘のあたりの円盤が回転して、せり出された金属の筒が銃身に滑り込みガチャリと音を立てた。筒に弾がダース単位で入っていて自動で高速リロードする仕組みのようだ。男は機関銃を再び撃って来た。
「くっ!」
通路から頭を出すとすぐに男が撃って来る。大根の服は熱に弱い。直撃したらいくらこの服といえどただでは済まないだろう。アルベルトはあの火炎弾を食らう訳にはいかず座席に張り付けになった。
アルベルトは座席の左下をサーベルでスーッと刺し込んで半円状に小さくくり抜いた。静かに引っ張って中身をどかすとそこから前の座席に這って行き、続けて前の座席も同じようにくり抜いて進んで行った。
一番前の座席の裏までこっそりと近付いた時、汽車は緩やかなカーブに入り、奥のくり抜かれたシートが通路中央に滑った。男はそれを見てようやくアルベルトが目の前まで来ていた事に気付いた。
「なにっ!?」
アルベルトが座席の陰からサーベルで斬りかかった。
「くっ!」
一瞬早く男が左腕の大砲をアルベルトに向けて撃ち、アルベルトは再び左胸に砲弾をくらって三号車の奥まで回転しながら吹き飛んで行った。床が服で切り裂かれ獣の爪痕のような傷を残した。
「がはっ! くそっ……!」
「あ、危ねえ……! 不気味な奴だ……!」
三号車の壁の近くまで吹き飛んだアルベルトがうつ伏せで上半身を起こし、潰れた砲弾がゴトリと床に落ちると、至近距離でくらったために左胸のポケットが破れていた。座席のフレームに足や肩をあちこちぶつけて体が痛かった。
アルベルトはサーベルと帽子を拾って立ち上がった。
「すごい威力だ……蒸気機関を使った銃か」
男がサングラスを左手の中指で直した。背中からシューッと煙を発した。
「妙なガキだ……しかしもうお遊びは終わりだ。そろそろ汽車を止めないといけないんでな」
男が右の機関銃を構えた。男の腕や肩にアルベルトの胸ポケットから衝撃で飛んだ大根の切れ端が乗っていてキラキラと光った。
「何だ……?」
キンッ!と音がして大根の切れ端が刃に変わって男の体を貫き、男はその場に崩れ落ちた。
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