第25話 大根王子Ⅱ 十

 ホテルに戻ると受付には髪がモジャモジャの若い青年が受付を替わっていた。

「ご苦労さんロバート」

「どーも。さっき言ってた人ですか? よく見つけましたね」

「フッフッフ」

 アルベルトも挨拶した。

「どうも」

「どーも。言葉は通じるんですね」

「そうみたいですね。安心しました」

「じゃあ私等は部屋に戻るから。後はよろしくな」

「はい」

 トーマスが奥の小部屋で立ち止まって振り返った。アルベルトは階段を昇らず、小部屋に立ったままのトーマスを不思議そうに見ていた。トーマスが手招きすると、アルベルトも小部屋に入った。アルベルトは不思議そうに鉄の檻でできた空間を見ていたが、トーマスがゲートを閉めてボタンを操作すると小部屋はゆっくりと上昇を始めた。

「ええ!? へ、部屋が動いている! 一体これは!?」

 アルベルトの反応にトーマスが笑った。

「エレベーターは初めてかね?」

「えれ?はい」

「階段の代わりに動く部屋だよ」

「はあ」

 アルベルトにはピンと来なかったが浮遊感が面白かった。最上階でエレベーターは止まり、トーマスがゲートを開けてエレベーターを出たのでアルベルトも続いた。杖を突いて歩くトーマスに続いて廊下を少し歩き、トーマスが鍵を開けた部屋に入った。

 トーマスが照明のスイッチを点けると部屋が明るくなり、アルベルトはまたもや驚いた。

「ええ……?」

「もしかしてアルベルト君の国には電気や蒸気機関が無いのかね?」

「……電気?」

「ふむ、これは退屈しなさそうだ」

 アルベルトは立ったまま部屋を見回した。暖炉、革張りの椅子、テーブル、綺麗な絨毯、カーテン。壁に置いてある機械の数々。これが一般的な部屋なのかはアルベルトには分からなかったが、とても上品な部屋で好感が持てた。

 トーマスは帽子を壁の帽子掛けに掛け、キッチンに向かった。アルベルトからは色々な小さいメーターと金属管が繋がっている装置が置いてあるのが見える。その装置に乗った透明な丸い容器に水を入れ、菅に付いているハンドルを捻るとメーターの温度を示した針が上がって行く。しばらくするとメーターの針が振り切れて水が沸騰し、マッチを使わなくても湯が沸いた事にアルベルトは驚いた。

(この国は僕の国よりずっと文明が進んでいるんだ)

「コーヒー飲むかね?」

「コーヒー……ってあの黒い苦い飲み物ですか?」

「うむ。ミルクを入れてあげよう。少し苦みが減る」

「ありがとうございます」

 トーマスがフィルターを使って淹れたコーヒーを持って来てアルベルトの前のテーブルに置き、反対側のソファに座った。トーマスが座った時に革がグムッと沈み込む小さい音を立てた。

「じゃ気になっているようだからまず電気の話でもしよう」

「お願いします」

「まあ私も素人だから間違っているかもしれんが一応説明しよう。このヴェイン公国ではとても頭のいい人間がある日、目には見えないのだがとても小さい電子という粒が全ての物質の周りを飛んでいる事を見つけたのだ」

「電子……」

「電子は花の周りを飛ぶハチのように物質の周りを規則正しく飛んでいる。この電子を制御し、一斉に同じ方向に動くようにすると、ある力を生む事が分かった」

「その力が電気……という事ですね?」

「そうだ。あのようにスイッチを入れて電子がぐるぐると周る道を作ってやると、道を通るついでに……例えばそこの電球が電気をもらって点灯し、夜でも部屋が明るくなるという訳だ」

 頭脳明晰で知られていた祖先のシャロン・ファルブルが残した記録に、魔法を使う際に魔力が動いて物質を変化させるという記述があった。これは魔法に似ている話だとアルベルトは頷いた。

「なるほど」

「電気が使える力だという事に気付いて我が国は今色々な物を作っては試している。この照明もその一つだ。しかし電気を使って色々な物を動かせるのは便利なんだが、その電気を動かす為にはまた別の力が必要でね。風車で風を受けたり、木を燃やしたりしなければならない。世界中の人間が木を燃やして発電し出したら問題が起きるだろう。効率はいいが何で発電するかが課題だ。今の所は既に発達した蒸気機関に頼っているのが現状だ」

 そう言ってトーマスはコーヒーを飲んだ。

「さて、じゃ君の話を聞こうかな」

「僕はアルベルト・ファルブル。北大陸にあるフェルトという国の王です」

「王? ずいぶん若いのだね」

「国が乱れ、父が暗殺されてしまい僕が即位しました。その後僕は国内の反乱軍や武装勢力を全て武力で殲滅し全土を統一しました」

「ほおー! ずいぶん過激な王なのだな君は」

「平和のためには悪人や敵を倒さなければならない。仕方ない事なのです」

「ふむ。まあその辺の議論は今回は無しとしよう。それで?」

「統一後、南の国に視察に行く途中で嵐に遭い、南の島で助けてくれた人達のために海賊と戦って倒したのですが、新たな海賊の増援を受け彼等の手引きで脱出し、今度はこちらに流れ着いたという訳です」

「今度は海賊と大立ち回りか。君の人生は私と比べてずいぶんと派手だね」

「増援は南から来ました。南の大陸はもしかすると海賊達によって征服されてしまっているのかもしれません。僕は海賊を倒し、彼等を救う為にもう一度島に戻らなければいけないのです。この国からあの島かフェルトへ船で行けるといいのですが」

「なるほど。北東のシングという港町から色々な船が出ている。彼等に相談するといいだろう」

 アルベルトは頷いた。

「せっかくだ。明日一緒に汽車でシングの町に行くとしよう。料金は私が持つ」

「ええ? それはしかし……」

「孫がシングにいてね。孫の所へ遊びに行くついでだ。大した金額ではないし若き王の為だ、構わないさ。そうだな……じゃあ君の国の硬貨を一枚もらうとしよう」

 アルベルトから一枚硬貨を受け取り、光にかざして硬貨を眺めた。トーマスは立ち上がると机の中から空いた額を取り出して中に入れた。

「君と私の友情の記念だ」

 そう言うとトーマスは暖炉の上のいくつか置いてある写真立ての横に飾り、レコードの上に針を置いて戻って来た。

「これはレコードと言って……まあ御覧の通りだ。音楽を何度でも楽しめる」

 女性が素朴なメロディーを歌っている。アルベルトはなんだか懐かしい気持ちになった。

「素敵な歌ですね」

「これは君の大陸の歌だよ」

「え?」

「北大陸の遊牧民の間で昔流行っていた曲だそうだ。音楽は国境を越えるというからね」

 二人はレコードを聴きながら穏やかな時間を過ごした。

「しかし……この曲が作られた大陸から王が小舟で単身やって来て、まさか私の部屋に泊まるとはな。長生きはするものだ」

 トーマスはコーヒーを飲みながら静かに笑った。

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