第26話 大根王子Ⅱ 十一

 アルベルトが朝起きると、トーマスの申し出で孫の服を借りた。白のワイシャツと金のラインが入ったストライプの濃い茶色のカーディガン。同色のスラックスを履き、そしてカーキ色の裾の長いジャケットを羽織った。

「ふむ。騎士の国と聞いていたので肩が入るか心配だったが。サイズがピッタリで良かった、よく似合うぞアルベルト君」

 ウエストが少し細かったのでベルトを借りた。靴も汚れていたので途中靴屋に寄り、茶色の革靴を買ってもらった。喫茶店に入って簡単な朝食を摂った。

「踵は痛くないかね?」

「大丈夫です。すみません靴まで買ってもらって」

「王に私がコーディネートした服を着てもらうというのは楽しいものだぞアルベルト君」

 そう言ってトーマスはにこやかに笑ってコーヒーを飲んだ。

(トーマスさんは裕福なだけでなくとても気持ちのいい方だ)

 アルベルトはこういう年の取り方をしたいと思った。

「昨日の電気の話を聞いて思ったのですが、こちらの国は我が国より文明が進んでいるようです。僕の国には蒸気機関というのもまだありません。学ぶ所が多いと感じます」

「ふむ」

「電気や蒸気機関を使って食材を長期間保存できる機械はありますか?」

「ある。冷蔵庫という箱だ。中が涼しくなっていて、食材をそこに入れておけば保存できる。仕組みは確か冷媒という物質を使って中の熱を奪い、冷媒は気体から液体になる。冷媒が外の菅を通る時に熱を外に捨て、気体に戻って再び中に入る。それを繰り返すと箱の中は冷えるのだが、その仕組みを蒸気機関を使って動かしている。まだ電気では安定して使えてはいないな」

「素晴らしい。ぜひ我が国に冷蔵庫を導入したい物です」

「うむ、そうだろうな。ええと……あれだよ」

 トーマスはジュースが入った透明な冷蔵庫を指差した。

「野菜などはもう少し大きい冷蔵庫に入れるがね」

 アルベルトは取るべき道が見えた。冷蔵庫だ。冷蔵庫が備え付けられた船があれば問題は解決する。

「なるほど。シングで冷蔵庫が付いた船を借りる必要がありそうです」

「探せばあるだろう。大型の船は蒸気機関を使って動いている。冷蔵庫も付いているだろう」

 トーマスが腕時計を見た。

「よし、ではそろそろ駅に行こうか」

「はい」


 駅のホームでアルベルトを待ち受けていたのは巨大な黒い鉄の怪物だった。先頭車両は大砲の砲身のようなボディと丸い顔から上に角が突き出している。後方には馬車のような車輪を付けた鉄の箱が連結されて延々と続いている。角と下から煙を吐き出して怪物は唸りながら走り出すのを待っていた。

「こ、これは一体……乗り物なのか!?」

「蒸気機関車という。驚いたかね?」

「電気で動いているのですか?」

「いや、石炭を燃やし、その熱で温められた水から発生する蒸気を力に変えて走るのだ。もちろん発電機が積まれていて中には電気も通っている。馬より速く、長く走る事が出来る。なかなか快適な乗り物だよ」

「これはすごい……!」

「五時間程でシングに着く。さあ客車に乗ろう。足元に気を付けて」

「はい」

 普通ならアルベルトがかけるべき言葉を先に言われてしまって苦笑いを浮かべた。アルベルト達が三号車に乗り込むと、列車の中は広い縦長の馬車と言った感じを受けた。人を感知して扉を開閉するための力を送る金のパイプと、照明のための電線が壁をあちこち走っている。木の板でできた床を歩くとゴトッゴトッと音がする。アルベルトは物珍しそうに眺めながらトーマスの後に続いた。

 座席には様々な恰好の客が乗っている。高いシルクハットを被る紳士や、ゴチャゴチャした金属の飾りが付いた手袋を着けている者、白いヒラヒラしたドレスを着ている女性。それぞれ席を探したり荷物を上に置いたりしてガヤガヤと騒々しい。

 アルベルトが他の客を避けながら客席の五列目に来た時だった。窓際の席に、前髪を眉毛の上で切り揃えた黒髪の女性が腕を組んで座っているのが目に入った。ぴっちりした黒いプロテクター付きの服の上に白の端が破れたマントを羽織り、金縁のゴーグルを首に掛けている。大きな茶色の革のトランクが足元に置かれていた。隣の座席に座っている丸いサングラスの男も同じようにマントを閉じて前が見えないようにして静かに座っていた。

 静かに出発を待っているだけかもしれない。しかしアルベルトは妙にその二人組が気になった。戦士特有の気配を感じる。女が顔を上げてこちらを睨むような鋭い視線を投げかけて来た。

 アルベルトと目が合ったが、女は興味無さそうに視線を元に戻した。

「どうかしたかね?」

「……いえ。何でもありません」

 トーマスに呼ばれてアルベルトは視線を外し、三号車を後にした。

 途中食堂車の中を通った。白いテーブルクロスが敷かれたテーブルと椅子が並んでいる。

「レストランも付いているんですね」

トーマスは自分とアルベルトの切符を見ながら答えた。

「うむ。昼食はここで摂る。しまった、席は向こうの九号車だ。外で奥まで歩いてから入った方が早かったかな」

 トーマスはそう言いながら食事をしているつばの横が反り上がった帽子の客と目が合って、口の端を片方持ち上げて挨拶した。が、男はトーマスを無視して食事に戻った。

「今の人の帽子は他の人と違いますね」

「ああ、あれはカウボーイハットだ。畜産業の人達がしていた恰好だが最近は若い者に人気があるのだよ」

「へえ。何が流行るか分からない物ですね」

「うむ。さ、行こう。あと三つ後ろだ」

 アルベルト達が九号車に入り、前から四番目にある自分達の席を見つけてようやく座った。斜め後ろの席にカウボーイの恰好をしている男がいた。

「ふう、やっと一息つけたな」

 二人が座り、トーマスが杖を窓際の壁に立てかけるのとほぼ同時に汽笛の音が聞こえた。

「さ、出発だ」

汽車が動き始め、アルベルトが通路側の席から窓の外を見ると、汽車が煙を吐きながらゆっくりとプラットホームを出て町から遠ざかって行った。

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