第23話 大根王子Ⅱ 八
あまりにも突然だった。
アルベルトが迎えの船が来るまでラウルの小屋があるワーラスの集落で数日過ごしていると、海岸に遊びに行っていた若者達が血相を変えてラウルの所に駆け込んで来た。
「ラウル! た……大変だ! 船が来た!」
「船か。ついにアルベルトの迎えの船が来たか」
しかしラウルは若者の表情を見てそうではないと悟った。アルベルトと顔を見合わせると二人は海岸へ走って行った。
「こ……これは……!」
海岸線の向こうを埋め尽くさんばかりの船の大軍が見える。それぞれの黒地の帆には白いドクロの図柄が描かれている。ドクロの帽子や眼帯などそれぞれデザインは違うが、南の海からやって来る船は全て海賊船だというのは明白だった。
「馬鹿な! 何だあの数は!?」
先に海岸に来ていた他の者達も皆真っ青な顔をしている。ジョエルやイサベラも含まれていた。
「ラ……ラウル……」
ラウルはしばらく立ち尽くしていたが、振り返るとアルベルトに言った。
「やはり奴の言っていた事は本当だったようだ。今日が俺達の最後の日になるだろう……君はこの島から脱出するんだ」
「どうやってです?」
「西に小さな洞窟がある。そこに小舟を隠しておいた。食料も数日なら何とかなるだろう」
「じゃあ皆で脱出すれば……!」
ラウルは首を振った。
「君のおかげであの夜を生き延びる事が出来た。我々は君のおかげで一度生き返ったんだ。この数日間は本当に穏やかで、幸福だった。ありがとう」
「ラウル……」
「さあ行くんだ! 今ならまだ間に合う! イサベラ!」
イサベラが頷くとアルベルトの手を取って強引に歩き出した。アルベルトはラウルに向かって叫んだ。
「ラウル! ラウル!! 必ず戻って来る! それまで生き延びてくれ!」
ラウルは微笑んで頷いた。
「さらばだ」
ラウルは土嚢を持って砂浜にバリケードを築こうとしているエンリケの所に歩いて行った。
イサベラはアルベルトの手を引っ張ってガサガサと音を立てながら明るい森の中を進んで行く。
「イサベラ! イサベラ待ってくれ!」
イサベラはアルベルトの言葉を無視して歩いて行く。アルベルトはイサベラの手を振りほどいた。
「イサベラ!」
振り返ったイサベラは泣いていた。
「お願い……大人しくラウルの言う事を聞いて……」
「イサベラ……」
イサベラは必死で恐怖を押し殺していた。
「死にたくないの! 死にたくない……でも……」
アルベルトは続きの言葉を待っていたがその時海岸の方から大砲の音が聞こえて来た。二人は音がした方向を見た。戦闘が始まっている。イサベラは会話を中断してアルベルトの手を取って歩き出した。
やがて森の奥にぽっかりと開いた小さな洞窟に辿り着いた。陽が当たらない洞窟の中はこの島の中でも涼しい。水溜まりはすぐエメラルド色の海に繋がっていて、食料などが積まれた小舟が岩に縄で繋いであった。
「アルベルト」
アルベルトは続きを待った。
「あの時助けに来てくれてありがとう」
「君を助けたのはラウルだ。僕じゃない」
イサベラは首を振った。
「それでも何の関係も無いあなたが助けに来てくれた。そして海賊達を追い払ってくれた。この島に奇跡を確かに起こしたわ。今度は私達があなたを助ける番なの」
アルベルトはイサベラに震える手で小舟に押し込まれた。
「必ずもう一度助けに来る」
イサベラは涙をこぼしながら笑った。
「ありがとう」
イサベラが縄を外し、軽く押すと小舟は波に乗って動き出した。イサベラが小さくなって行く。
青い海と白い雲の中、アルベルトは一人小舟で西の海へと旅立った。
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