第20話 大根王子Ⅱ 五

 村の中央に辿り着くと四つの大きな平屋があった。建物の陰からアルベルト達が様子を窺うと、周りには松明があったが今は雨水を受けて灯りは弱っている。

 建物を囲うような広場に焚火をした跡があり、食事をした跡があった。

「よし、外には誰もいないようだな」

 ラウル達はそれぞれの建物の陰に移動した。皆それぞれの武器を確認している中、アルベルトは食事の跡が気になり、焚火の近くに廃棄されたり散らばった野菜を見て大根が無いかチェックした。この島は暑いせいか、残念ながら大根が無く、見た事の無い濃い色の着いた野菜が多かった。あの白さが今は恋しかった。

 アルベルトは気落ちしてジョエルの近くに来た。

「何してたんだ?」

「大根が無いか見てたんです。やはり大根は涼しい所でないと駄目なのか」

「はぁ? こんな時に何言ってんだ」

 ラウルは振り返って唇に指を当てて静かにするように促した。

「行くぞ」

 アルベルトとジョエルが頷くとラウルが建物の草を編み込んだだけの扉を静かに開けて、体を滑り込ませた。二人が続いて中に入ると、暗い小屋の中は入るとすぐに小さな台所が付いた居間があり、ダイニングのテーブルの上に置いた小さな蝋燭の明かりの中、椅子に座って酒を飲んでいる海賊がいた。

「あ? 何だお前等……」

 ジョエルがボウガンを撃つと胸元に矢が突き立った。

「うぐ……!」

 アルベルトが素早く詰め寄り海賊の口を塞いでナイフでとどめを刺した。しかし椅子が倒れてしまいガタンという音を立てた。

 隣の部屋は寝室だろうか、ぼんやりとした明かりが見えるが確実に今の音は聞こえたはずだ。ラウルとアルベルトは頷いて寝室の前の壁の左右に張り付いた。ジョエルは一歩引いて入口の前に戻り寝室からは見えない角度に隠れた。

「おい、どうした?」

 寝室から声が聞こえて来た。ラウルが寝室に踏み込んだ。

「あ? てめえ何……ぎゃあ!」

 ラウルが敵を倒した音が聞こえた。アルベルトとジョエルも寝室に踏み込むと、パンツ一丁の海賊が刀で斬られて事切れていた。置かれたベッドに若い金髪の女性が手首を柱に固定されて震えていた。

「イサベラ、無事か」

「ラウル……」

 女性の服は脱がされていない。どうやらまだ乱暴されていないようだ。イサベラはアルベルトに気付いた。

「あなたは?」

「僕はアルベルト。フェルト国の王です」

「王様?」

「その話は後だ。他の女性達は? ここにはお前だけか?」

「さっきの人が私だけここに連れて来て……。他の人は向こうよ」

 その時銃声が聞こえて来た。

「気付かれたか」

 あちこちで銃声が鳴り始めた。

「まずいぞ! 早く逃げないと……」

 ジョエルの声が掻き消されるくらい銃声が激しくなった。どこかで鳴った一発で全員が警戒態勢に入り、一斉に戦闘が始まってしまったらしい。イサベラが恐怖で耳を押さえている。ジョエルがダイニングの窓から周りを覗いた。

「だ、駄目だ、ウヨウヨいやがる!」

「村の反対側に大勢いたのか」

 アルベルトも窓から覗くと、ここからだけでも十人以上いるのが見えた。ジョエルが壁に張り付いて仲間が外で撃たれたのを見て舌打ちした。銃声は外だけではなく他の建物の中からも聞こえて来る。

「くそっ! 完全に囲まれちまってる。これじゃ出た瞬間撃たれちまうぞ」

「これまでか」

 四人はダイニングに立ち尽くした。アルベルトは台所に行くと野菜を急いで物色した。

「くそ! 大根があればあんな奴等!」

 ラウルとイサベラは突然野菜を漁り始めたアルベルトをポカンと見ている。

「だからよぉ、さっきから何なんだよ。お前のその大根の騒ぎは何のつもりなんだ?お前の国のまじないか何かか?」

「僕は大根で戦う魔法剣士なんだ!」

「何だって?」

「本当なんだ。大根を武器に変えられる。でもここは暑いから大根は無いんだ……」

 イサベラが恐る恐る指差しながら口を開いた。

「あの……それじゃ駄目なのかしら」

 アルベルトは目の前に大量にある赤い芋のような野菜を見た。

「馬鹿な! これは人参でしょう?」

「それも大根よ。海賊達が持ち込んだ赤い品種なの。あいつらは海水で冷やしておけるから持って来て食べているみたい」

 言われてみれば大根のような形をしている。赤いと言うだけでアルベルトは無意識に除外していた。アルベルトは赤い大根を手に取って魔法を使ってみると、キン!と音を立てて真っ赤なサーベルに変わった。刀身にアルベルトの笑顔が反射した。

「やった……!」

 他の三人があんぐりと口を開けた。

「な、何だ? 何者なんだお前?」

「し、しかし……しかし剣だけではあの弾丸の嵐をくぐり抜けるのは難しいだろう?」

 大根は大量にある。キッチンを漁ると包丁が二本見つかった。

「これは天の恵みです。皆聞いてくれ。この大根達で桂剥きを作るから手伝ってくれ、そうしたら僕が奴等を何とかする」

「そんな事をして何になるんだよ!」

「頼む時間が無いんだ!」

 ラウルは外の様子を見て頷いた。

「分かった。どうせここにいても死ぬのを待つ以外やる事も無いんだ。ここに扱い慣れた刃物もあるしな」

 イサベラはキッチンにある包丁を取って祈りながら大根を剝き始めた。ラウルもイサベラとアルベルトに続いた。ジョエルもしばらく見ていたが、仕方なく皆に続いた。

「死ぬ前にする事が桂剥きだなんて……!」

 不意に外の銃声が止んだ。ジョエルが顔を上げると外で怒鳴る声が聞こえた。

「出て来い! 今なら女の命だけは助けてやる!」

 皆が顔を見合わせたがラウルが首を振った。

「駄目だ、お前だけ生き残っても地獄が待っているだけだ」

 無視していると海賊達が壁を撃って来た。

「くっ!」

 台所の金属でできたキッチンをバリケードにして必死に桂剥きを作った。弾丸が扉を貫通して来て壁や家具に音を立て、着弾する度にイサベラが恐怖で体をびくつかせた。

「よし!」

 アルベルトが桂剥きを全身に巻き始めた。

「まだか!? まだ足りないのか?」

「あと少しです!」

 机や椅子が弾丸で削れる音がした。

「も、もう駄目だわ!」

「ほら! これでどうだアルベルト! 出来は文句言うなよ!」

「ありがとう!」

 ジョエルが作った最後の分厚い桂剥きを頭に巻くと、キン!という音と共に全身の桂剥きが赤いヴェールの鎧となった。

「よしできた! 皆、隠れていてくれ!」

 アルベルトはサーベルを持って立ち上がると、貫通して来る銃弾を意に介さず入口に向かって歩き外に出た。

 アルベルトが扉を開けると、海賊達は全身真っ赤なアルベルトを見て戸惑った。ジョエルの腕が未熟で顔の部分の桂剥きの厚さがバラけたために綺麗な流線形の兜には程遠く、ぐにゃぐにゃと巻かれた兜がまるで溶けたソフトクリームのようなシルエットを作っている。

「何だあいつは……」

 海賊達が呆気に取られている間にアルベルトが走り出し海賊の集団に飛び込むと、鎧に触れた海賊達はそれだけでバラバラに切り裂かれて力尽きた。

「う、うわあああ!」

 恐怖に駆られて海賊達が発砲を始めると、アルベルトの鎧は銃弾を全て切断して弾いて行った。アルベルトは次々と体当たりして敵を切り裂きながら走り回り、間合いを取った敵はサーベルで切り伏せた。膝をついて命乞いをする者達もいたがアルベルトは蹴散らしながら戦闘を続けた。

 ラウル達は小屋の中から、闇の中でアルベルトが海賊に飛び掛かって血を浴びながら引き裂いているのを固唾を飲んで見守っていた。イサベラは恐怖でラウルの背中にしがみついて震えていた。

 猛獣を相手に蛮勇を振るう海賊はいない。最初の交戦を生き残った海賊達は全速力で逃走した。

 アルベルトの周囲に生きている者がいなくなるとアルベルトは喉の渇きを覚え、上を向いて呼吸を整えながら口を開けて雨水を受けた。アルベルトを濡らす雨水が返り血を洗い流した。

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