第15話 大根王子Ⅰ 十五

 アルベルトが率いる王国軍は見晴らしの良い丘に部隊を進めた。そよ風が吹き、草は揺れ、遠くに王宮が見える。王の暗殺から二週間後、アルベルトはヘルデにいるウォーケンを討伐するため兵を挙げ、今日ここで両者が激突する。アルベルトはすぐ側に立っている樹を見て降魔の儀式の日を思い出していた。

(そうか、ここだったのか)

 ホークが調べた国の資料によると、初代の王と王妃がよく来ていたのがこの丘だったという。その後王子と王女が産まれ、王女がここに苗を植えたそうだ。王女にまつわる悲しいエピソードがあったそうだが今はそれはいい。ともかく王女が女神の力を受け継ぎ今に続いているのではないかという話だった。アルベルトが見たのは王女、そして思い出の場所の幻想だったのだろう。

 アランがアルベルトの所に偵察隊と共に戻ってきた。

「アルベルト様。ウォーケン軍が来ました」

 アルベルトは草原の向こう一面に埋め尽くされたウォーケン率いる反乱軍を見据えた。約三千人の部隊に対し、こちらは百人程しかいない。アサヒが大根の帯を頭から被せた馬を撫でながら口を開いた。

「俺達の十倍はいるらしいぞ」

 アルベルトは笑った。

「何人いようが同じことさ。ウォーケンを倒せば問題無い」

 たっぷりと貯えた顎髭をさすりながらウォーケンは部下と共にアルベルトを見つめている。

「ふん、久しぶりに見たがずいぶん肝が座ったようだなアルベルトめ。あんな人数でどうするつもりだ?」

「グレイも奴らにやられたようですし侮れませんぞ」

「あの間抜けが予定外の動きをしたからだ。どの道消えてもらうつもりだったから手間が省けたというものだ」

 アルベルトは横並びになった部隊から一人抜け出して白馬を進め、反乱軍と相対して叫んだ。

「私はアルベルト・ファルブル! ファルブル家十六代目当主にして王家史上最強の魔法剣士だ! 先代を暗殺し、王家に弓引く逆賊ウォーケンよ、今投降すれば命までは取らない! 速やかに投降しろ!」

「ハッ! 冗談だろ。本気かあいつ? たかが百やそこらの兵で何ができる?」

 ウォーケンに投降の意思がないことを見て、アルベルトは右手の大根を掲げ、兵士達も一斉に右手の大根を掲げた。

「貴様はここで終わりだウォーケン!」

「大根王子万歳!!」

 キン!という音を鳴らしながら全員の掲げた大根が一斉に剣に変わり、兵士と馬の防具も大根の刃の鎧に姿を変えた。

「狙えッ!」

 ウォーケンの合図で敵兵が銃を構えた。アルベルトはサーベルを敵に向かって振り下ろした。

「ただ真っ直ぐに! 我が正義の力を信じて突き進めッ!!」

「オオオオオオッ!!」

「私に続けッ! 全軍突撃!!」

 大根で全身武装した騎兵百人が草原を疾走した。剣や鎧が光に反射して煌めきながらウォーケン軍にまっすぐ向かって行く。

「撃てぇ!」

 ウォーケンの兵士達が一斉に銃で迎え撃ったが騎兵達はまったく意に介さず、全速力で敵軍の中に突っ込んだ。

「うわああああ!!」

 王子を先頭に突撃した騎兵達は、馬の鎧や、騎兵達が逆手に持ったサーベルに触れた兵士達を切り刻みながら駆け抜けて行く。兵士が斬りつけようが銃で撃とうがまったく効果が無い。まるでハサミが紙を切り進んでいくように兵士の波を突っ切った騎兵隊は、あっと言う間に最後尾のウォーケンの前まで辿り着いた。アルベルトは馬から降りると、呆気に取られたウォーケンの所までまっすぐ歩いて行き、銃で撃ってくるウォーケンを大根の剣で斬り伏せた。

「戦は終わりだ! 勝鬨を上げろ!!」

 騎兵隊が勝鬨を上げると、ウォーケン軍は武器を捨てあっさりと投降した。



 鍛冶屋のクロガネからカン、カンとハンマーで剣を打つ音が聞こえてくる。仕事をしていたドムが額の汗を腕で拭った時、カタリナが入ってきた。

「お父さん、お昼ごはんできたよ!」

「わかった。今行くよ」

 作業を切り上げ、外に出て伸びをしていると馬の蹄の音が近付いてきた。ドムは笑いながらカタリナを呼んだ。

「どうやら白馬の王子様のお出ましだぞ」

 カタリナが外に出ると、アルベルトが白馬に乗って笑顔で待っていた。

「やあ、迎えに来たよカタリナ」

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