第14話 大根王子Ⅰ 十四

 アルベルトとアランはヘルデがどうなっているのか気になったが、一刻も早く王都に戻るためヘルデには入らず、南西の野盗のアジトを突っ切ることで王都に辿り着いた。

 アルベルトはアランと共にクロガネに立ち寄った。作業をしていたカタリナは目を剥いて駆け寄ってきた。

「アルベルト!」

「カタリナ!」

 二人はしっかりと抱き合った。

「ああよかったアルベルト! 今までどこにいたの? 北に行ったって聞いたけど」

「ノービスにいたんだ。向こうで君の無事を知ったんだ。アランが情報を掴んでくれた」

 カタリナはアランに気付き、顔を赤らめながらアルベルトから離れた。

「やあカタリナ! 無事でよかった!」

「アラン!? どうしてアルベルトと一緒にいるの?」

「まあ色々あってね! アサヒに会ったんだろう? 彼は僕の仲間なんだ。彼に教えてもらったんだよ。それで今から用事があってアルベルト様と一緒に王都に行かなきゃいけないんだ。王にお話があるんだよ」

「え? そうなの? アランの組織の人だったのね。妙にその、戦い慣れている人だったけど」

「ああ、レディには刺激が強い男かもしれないね。何度も修羅場をくぐり抜けてきた男だから」

 店長が二人に気付いて駆け寄ってきた。

「おお! 無事だったかアルベルト! 心配したぜ」

「店長! ご心配をおかけしました。今帰ってきた所です」

「おう。仕事はまだ休んでていいぞ。王に用事があるんだろ?」

「ええ」

「そういう訳だ! カタリナ、すまないがもう少し君の王子様を借りるよ。また後で再会セレモニーをたっぷりするといい!」

「もう! アランたら」

 立ち去ろうとしたアルベルトにふと思い出してカタリナは声をかけた。

「あ、アルベルト! 家にミリアムって女の子がいたわよ。ヘルデで助けたんだってね。やるじゃない!」

「本当かい!? 良かった、無事に着いたんだね。野盗に襲われてた所を何とか助けたんだ。ヘルデの安全を確認するまで僕の家にいてもらって構わないさ。用事が終わったら会いに行くよ」


 ヘルデに立ち寄ったアサヒは食堂で昼食を取っていたが、アサヒを見ている店長の視線に気付いた。正確にはアサヒが持っていた酒の瓶だ。

「どうした店長? この酒が気になるのかい?」

「あ、ああ。それは俺の好きな酒でな。でも海賊が来て全部買われちまったから売り切れちまったんだよ」

「そうなのか? 知人にもらったんだが俺は酒は飲まないんだ。そうだな、昼飯代と交換てのはどうだい?」

「ええ? うちのメシ代の方が高いんだけどなぁ」

「最後の一本かもしれないんだからいいだろ?」

「うーん、仕方ないか。まあいいだろう」

「無理言って悪いな店長。そうだ、もう一つ。カタリナって娘がここに出入りしてるだろ? アルベルトの彼女の。金髪の娘だよ。二人とも俺の知り合いなんだ。王都で暮らしてるって聞いたんだけどこの前の騒ぎではぐれちまって。彼女に渡さなきゃいけない物があるんだよ。働いてる店、わかるかい?」

「ああ、鍛冶屋のクロガネだよ。東にあるんだ」

 見ていた書類をしまいながらアサヒは立ち上がった。

「鍛冶屋のクロガネだね。わかった、ありがとう」

 アサヒが外に出ると顎髭を蓄えた仲間が合流した。

「ウォーケンはまだ街にいるし、グレイも探してみたがどうやらこの街にはいないようだな。海賊ももう残っていない。ウォーケンが攻めて来たと知ってさっさと引き上げたようだ。これといった情報もないし王都に向かった方が良さそうだ。グレイはもう王都に潜伏しているかもしれない」

 アサヒは停めてあった馬に跨った。

「そのようだ。行くぞホーク。今からなら寄り道しても間に合いそうだ。王子の脇も固めないとな」


 夕方、アルベルトとアランが王宮に入ると、中ではウォーケンとの会合のための準備で会場はごった返していた。大広間から東の食堂は料理の準備、西の広場は警備の兵士の配置の確認など様々な人が動いていた。一般人も急募の仕事で王宮に入っている。

 様々な業種の人とすれ違いながら、二人は王の部屋へ向かうため、大広間を左奥に抜けて回廊へと進んだ。アルベルトはノービスで作った大根の防具を一式装備している。アランは使い慣れた鷹の紋章が入った鎧を着て王宮に入った。兵士がアランとすれ違うたびアランの鎧に注目していた。ノービスの鷹の紋章は目を引くようだ。

 会場となる大広間の奥にあるこの回廊は、兵士の訓練場を兼ね備える大きな中庭を囲むように設計されており、王の部屋はその上階の一番奥にある。中庭では兵士が大勢動いていてガチャガチャと騒音を立てている。

「この状態ではグレイが潜伏しても分からないな」

「そもそもグレイの顔も分からないんだろう? 父上に進言して警備を付けてもらうくらいしかできないんじゃないか?」

「そんな事をしなくてもウォーケンが暗殺を企てた主旨の手紙を渡せばこの会合も中止される。僕等が王に会えればそれでチェックだよ。王の部屋は上階だろう?」

「ああ。あの奥の通路の中心にある……あれ?」

 アルベルトが見上げた時、中庭を挟んで向かい側の上階の廊下に、見覚えのある栗毛の女の子が立っているのが見えた。

「ミリアム?」

 ミリアムは反対側の通路を見ている。

(何を見ているんだミリアム? 誰かいるのか?)

「おいあれは!?」

 アランが上空を指差しながら叫んだ。ちょうどミリアムが見ていたあたり、アルベルト達の死角になっている上の回廊から、誰かが中庭のちょうど真上に向かって何か大量に放り投げたのが見えた。中庭に落ちてきたそれらは次々と爆発し兵士を襲った。

「うわああ!!」

 中庭は舞い上がった粉塵で視界が悪くなった。大勢の兵士達が爆撃を受け呻きながら倒れている。爆撃だけでなく煙も立ち始め辺りは騒然となった。

「くそっ、まずいぞ!」

(グレイが動くのはウォーケンが来てからじゃなかったのか!? 早すぎる!)

 アルベルトとアランは手前にある階段を駆け上がると、奥の階段に向かって男が駆けていったのが見えた。

「待て! くそ……!」

 向こうの階段からは離れの塔の方面へ抜ける道がある。アルベルトは階段の方へ走ったがとても追いつけそうにない。

「アルベルト様! 僕は奴を追う! あなたは王を!」

「わかった! 気を付けろよアラン!」

 アルベルトはアランと別れ王の部屋に飛び込んだ。

「父上!」

 夕方とはいえ部屋の中は薄暗かった。アルベルトが目を凝らすと窓際のカーテンがちぎれていて、少し焦げている。窓からカーテンを通して入っている散り散りの光が窓際に倒れている人影を照らしていた。

「父上……?」

 アルベルトが窓際へ近付き、膝をつき息絶えた王を見つめた。左半身が激しく損傷していた。窓際で爆撃を直接受けたのだろう。もはや手遅れだった。

「だ、誰?」

 うなだれていたアルベルトが振り返ると、ドアに寄りかかってミリアムがこちらを覗いていた。

「ミリアム?」

「アルベルト? アルベルトなの? どうしたの? そこに誰かいるの?」

 兜で顔が分からなかったため警戒していたが、相手がアルベルトと分かるとミリアムは静かに部屋に入ってきた。

「だめだ! 見るんじゃない!」

 ミリアムがビクッとして立ち止まった。

「見ちゃ駄目だ……」

「王様、死んじゃったの?」

 アルベルトは唇を噛み締めた。王の亡骸からまだ火薬の匂いがしていた。殺されたばかりだった。あと少しで父上を救えたのに。

「さっき中庭ですごい爆発があって、みんなケガしてるの。あなたはケガしてない? 私、薬を持ってるから」

 そう言ってミリアムはマントの中に右手を差し入れ胸ポケットの辺りを探っている。

「あった、はいこれ」

 ミリアムはポンとこちらに投げてきた。アルベルトは空中で投げてきた薬を受け取った。

「僕は大丈夫だよ、ケガは無い。それより君はどうして……!?」

 両手を開いて受け取った物を見ると薬ではなく鳥肉だった。鳥肉は次の瞬間ポンと音を立てて球に変わり強烈な閃光を発して破裂した。

「ぐわああっ!!」

 閃光で何も見えなくなったアルベルトは体を丸めて悶絶した。

「アハハ。イモムシみたい! お前も死ねよアルベルト。あの世で親父と仲良くやりな」

 ミリアムは両手に鳥肉を持ってアルベルトに投げつけて来た。鳥肉は空中でポン、ポンと爆弾に変わり、視界を奪われたアルベルトに叩きつけられて次々と爆発した。

「ぐああ!」

 直撃したアルベルトの鎧から煙がシューシューと上がっている。

「う、うぐぐ……ま、まさか君がグレイなのか……!?」

「そうだよ! 私がグレイさ。王をぶち殺してやったのも私。あんた、大根を刃に変える魔法なんだって? アハハ! 面白いね。やって見せてよお兄ちゃあん、ほら、ほらぁ!」

 再びミリアムが鳥肉を投げつけて爆発させた。見えていないアルベルトはただなすがままだ。

「私のはさ、鳥をボールに変える魔法なんだ。似てるよね。王の前ではハトをゴムボールに変えてみせたんだ。あいつバカだからそのままの能力だと思ったんだろうね。愛想を尽かして私をすぐに追い出したんだ。でも鳥なら何でもいいんだよ、飛んでる鳥だって鳥肉だって変えられる。ボールだって爆弾だろうが閃光玉だろうがイメージのボールなら何でもいいんだよ。アハハ! この魔法があればやりたい放題さ。王宮でつまんねー生活なんかしてられるかよ! アハハ! ヘルデでお前が正義感丸出しで勘違いして私を助けただろ? あいつは私の父親じゃない、爆撃で使った鳩屋の商人だよ。足がつくから始末したんだ。あの時お前を見てから、今回も必ず止めに来ると思って計画を早めたんだ。ウォーケンは後始末だけすりゃそれで終わりなんだからよ」

 ミリアムはアルベルトに爆弾をぶつけながら喋っていたがやがて飽きたのか、投げるのをやめてアルベルトの様子を見た。

「ふう。十回くらい死んだかな? アハハ!」

 アルベルトはまだ目が見えないがゆっくりと上半身を起こした。

「ええ? まだ生きてるの? どうして?」

 アルベルトは右手に大根の桂剥きをもち、パラリと床にこぼした。大根が巻物のように転がっていき、床に長い道を作った。そしてキン!と音を立てるとミリアムは不審に思ったのか後ろに飛び退いた。見えていないままアルベルトは思い切り大根をめちゃくちゃに振り回した。

「かああっ!!」

 三メートルほどの長さになった大根は部屋の壁ごとあちこちを切り刻んだ。

「ひぃぃ!!」

 ベッドや戸棚が切断され音を立てて崩れていく。

ミリアムは悲鳴をあげながら部屋から走り出た。勢いでつまずいて転んでしまい、回廊の柵にぶち当たった。

「な、なんだよぅ! い、痛え……!」

 ミリアムは今の斬撃で右足の太腿を斬られ呻いた。

「あの大根が! 部屋ごと斬れるのかよ! くそっしかも何で死なないんだ?」

 視界が戻ってきたアルベルトがゆっくりと立ち上がった。

「ぐっ! し、死ねえ!」

 ミリアムは尻餅をついたままアルベルトに鳥肉を連続で何個も投げつけた。鎧に当たって爆発するものの、アルベルトは衝撃で揺れるだけで意に介さず、ミリアムに向かってガシャガシャと音を立てながら早歩きで間合いを詰めてきた。

「ひっ!?」

 そして左手に持っているサーベルをミリアムに容赦なく振り下ろした。ミリアムは横っ飛びによけて斬撃をなんとかかわした。振り下ろされたサーベルは回廊の柵を切断し、床を豆腐のように柄の方まで斬り進んだ所で止まった。

 サーベルをスーッと引き抜いたアルベルトがミリアムの方に顔を向けた。アルベルトの血走った眼を見たミリアムは、まるで猛獣に狙いを定められたかのように怯え出した。

「な、なんだよお前その能力……うわあ!」

 アルベルトが右手の大根の刃を横に振った。ミリアムはかがんで斬撃をかわし、刃は隣の部屋の壁を切断して一周した。周囲の部屋はアルベルトの斬撃であちこち音と煙を立てながら崩れ出した。

「ミリアムゥァァ!!」

 ミリアムは急いで鳥肉で煙玉を作ってアルベルトの間で破裂させ、後ろの階段へ駆け出した。

「じょ、冗談じゃない! あんな化け物とやり合ってられるか。ぐあ!?」

 アルベルトはドレッシングが入っていた瓶を振った。飛び散った液体が刃に変わり、煙の向こうのミリアムを斬りつけた。刃はミリアムの左肩を深々と斬り、ミリアムは必死に階段を降りると、振り返って踊り場を爆破し通り道を塞いだ。

左肩を押さえ右足を引きずりながらミリアムはアルベルトから必死に逃げた。違う階段からすぐに追って来るだろう。

 ミリアムは人混みにまぎれながら回廊から大広間を通過し王宮を出ようとしたが、アランの指示を受けてすでに兵士が門の入口を固めていた。さっきパニックになってアルベルトに投げすぎたせいで、手持ちの鳥肉が尽きている。

 ミリアムは舌打ちしながら引き返すと、アルベルトが回廊から大広間に入ってきて兵士に指示をしているのが見えた。冷静さを取り戻しているようで、暗殺者の追跡も重要だがミリアムの顔も分かっているし、まずは王宮内を落ち着かせることに集中しているようだった。しかしここにいてはまずいと感じたミリアムは一旦隠れることにした。

 西の広間は大勢の負傷者の手当てをしていて、急ごしらえの野戦病棟の様相を呈している。ミリアムは西の広間のベッドの一つに滑り込んでパーテーションのカーテンを引き、周りから隠れてシーツをかぶった。少し様子を見て離れの塔の方から出るしかなさそうだ。

 バタバタと治療をしている者達が行き交っている。ミリアムはシーツ越しに誰か立っている気配を感じた。コソッと顔を出すと東洋人の男が立っていた。

(ア、アサヒ……!!)

「大丈夫かい? 君がミリアムだろう? カタリナの友達なんだって?」

「え? ええ。だ、大丈夫」

「そうか。お友達に尾行を付けるなんていけない子だ。あの二人には消えてもらったよ」

「!?」

 胸に衝撃があった。アサヒが持った剣がミリアムの胸に突き立っていた。

「肉を投げたのはガラハドだ。あいつは昔から知ってるがあいつはグレイじゃない。となると魔法を持ってるのは、肉を投げる前からあいつを見てたお前だ。お前を見た海賊を生かしておいたのがまずかったな。栗毛の女に目を付けてたからすぐわかったよ。お前がグレイだ」

 剣を抜いてアサヒはカーテンを引いて去って行った。ミリアムは急速にベッドで冷たくなっていった。バタバタと人が行き交い、誰もミリアムに気をとめる者はいなかった。

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