第13話 大根王子Ⅰ 十三

 アルベルトがノービスに滞在してから三日が過ぎた。ウォーケンを待つ間、アルベルトは訓練場で自分の魔法について色々試してみた。大根を使ったものならどんな形状でも刃にできるし、斬れ味も鋭い。

 そして何より驚いたのは防御力の方だった。もらった鎧のひとつに大根の入ったドレッシングをハケで塗って刃の鎧にしてみた。すると横向きになった刃に覆われ鎧の上に板金のように重なった。アルベルトは鎧に向かって銃を撃ってみた。鎧は少し揺れただけでびくともしない。弾丸は潰れて刃からポトリと落ちた。

 アルベルトは鎧だけでなく兜や具足、全身の防具に大根を塗って一式揃えた。部屋に戻ろうとした時、ランドに声をかけられた。

「アルベルト様、アラン様がいらっしゃいました。お話があるそうで」

「分かりました。お話を聞きましょう」

「お部屋に通してしまっても大丈夫ですか?」

「もちろんです」

 アランはノービスの将軍で名目上はウォーケンの部下だが、まだ若くて剣の腕も未熟だし生まれも平民出であることから、ウォーケンからあまりいい顔はされない男だった。貴族生まれで力で成り上がったウォーケンには、人柄で出世したアランが理解出来ない。

 今回のヘルデ奪還の際にも留守を任された、といえば聞こえはいいが要するに置いてかれたのだった。しかしアルベルトはこの男をけっこう気に入っている。誰に対しても気さくだし、剣も未熟だからといって決してさぼっているわけでもなく、ウォーケンに邪険にされても腐ることもない。兵士や街での評判も良く、強引で豪快な武闘派のウォーケンをアランがうまく中和していることでノービスの統治も上手く行っているのでは?と思うくらいであった。王都にもちょくちょく遊びにくる男で、アルベルトと年の近いこの男は今では飲み仲間の一人でもある。

 ノックの音がしてアランが入ってきた。真ん中分けにしたサラサラの金髪が日に当たって輝いている。柔らかい笑顔で両手を広げて近付いてきた。

「アルベルト様! ご無事でよかった。王都の貴重な友人が減るんじゃないかと思ってドキドキしていた所だよ」

「やあアラン。ノービスにいたんだね。知っていたらすぐ声をかけたのに」

 アランはアルベルトと握手してテーブルにある酒をグラスに注いだ。

「街でも色々仕事があってね。ようやく今帰ってきた所なんだ。館の管理はランドさんの方が僕より向いているだろう?」

 窓際に半分腰かけてグラスに口をつけると庭園を見ながらランドに微笑んだ。

「ランドさんには僕の胃袋も管理してもらいたい所なんだけどね。今夜も街に行かないといけないんだ。アルベルト様も今日は一緒に食べに行こう。ランドさんありがとう。仕事に戻ってください。僕達はこれから街に行きますから。飲まずにはいられない!」

「わかりました。くれぐれもハメを外しすぎないようにしていただきたいですな。アルベルト様は大事なお客様ですから」

「もちろんだよ」

 ランドが部屋の扉を閉めて戻って行った。少し待ってから扉をこっそり開けてランドがいなくなったのを確認するとアランは扉を閉めてアルベルトに振り返った。

「さてと。聞いたよ。ウォーケン様にお話があるんだって?」

「ああ。まだ誰にも話していない事なんだけど」

「ランドさんにも話してないな?」

 アルベルトはちょっと不思議に思った。

「あ、ああ。直接ウォーケン様にまずお話しすべきだと思ってまだ誰にも話してない」

 アランは安心したようにほーっと息を吐いた。

「良かった! ファインプレーだよアルベルト様。あなたは実にラッキーだ。あなたが話したい事はおそらく僕が最初に聞くべき事なんだ。ウォーケン様に話していたら殺されていたかもしれない」

 驚いたアルベルトの肩に優しく手を置いてアランは続けた。

「僕は常にあなたの味方だ。信じてくれ。これからそれを証明する」

 アランはアルベルトが持って来た野盗の鎧が入ったマントの包みを持った。

「さあ一緒に来てくれ。酒場へ行こう。荷物も全部持って来てくれ。もうここには戻らないだろう。ああでもその装備はまだ着ないでくれ。商業区に行くんだ。目立って仕方ない」

 アルベルトはアランを信じてみることにした。

 二人は商業区の奥まった方にある小さな酒場に入った。

「やあマスター、アルベルト様を連れて来たよ」

「あ、どうも王子! お久しぶりですね。こんなに大きくなっちまいまして! と言っても私の事は知らないでしょうけど。アラン様、奥の個室にどうぞ」

「どうも。さあアルベルト様こっちだ」

 アランは酒場の奥に三つ並んだ部屋のうち一番奥の部屋にアルベルトを通した。薄暗い部屋の中にはテーブルが一つとそれに向かい合うように置かれた二つのソファ、そして隅に事務机が置いてあり、男が事務机で書き物をしていた。腕にはサソリの入れ墨が入っている。男が顔を上げて二人を見て微笑んだ。

「ようこそアルベルト様。私はサソリと呼ばれています。私はアラン様の管理下で情報機関を運営しております。報告が入っております。こちらを」

 サソリはアルベルトに一枚紙を渡した。

「報告?」

「喜べ友よ! あなたの愛するカタリナは無事だ! サソリの部下がヘルデでカタリナと遭遇して、王都に帰れるように手を打ったらしい」

 報告にはアサヒという名の男がカタリナを見つけたと書いてある。

「僕がサソリに手伝ってもらってこの情報機関を組織したんだ。ウォーケン様はこういう事は苦手だ。なんというかまあ豪傑だからなあの人は。フードの男にあなたも会っただろう? それがアサヒだ。極東から来た凄腕さ」

「うーん、と言っても炎でよく見えなかったけどね。彼の声で助かったのは覚えてるな」

 アルベルトは安堵し、アランに感謝した。

「ありがとう。カタリナが無事で嬉しいよ。君に話すよ。まずはヘルデの話からだ」

アルベルトはヘルデで鳥による爆撃があった事、海賊と野盗が襲ってきた事、野盗だけがすぐに引き上げた事、アジトで野盗を殲滅した勢力がいた事、そしてその勢力が捕虜ごと殺害した可能性が高いことを話した。アランとサソリは顔を見合わせ、アランが口を開いた。

「鳥による爆撃?」

「そうなんだ。信じられないかもしれないが鳥が急に丸くなって落ちてきたんだ。そしてあちこちで爆発した。爆弾が持ち込まれた訳じゃない」

 アランはハッとして懐から手紙を何通か取り出した。

「そうだ! 聞いてくれ二人共。実はウォーケン様がヘルデに出撃する際、準備が余りにも早すぎるのが気になったんだ。まるでヘルデが襲撃されるのが分かっていたみたいにな。普段小細工なんてしない方だからすぐに分かった。それで調べさせたんだ。そうしたら彼の部屋からこれらの手紙が見つかったんだ。封筒には書いてないが内容の最後にある差出人の名前を見てくれ」

アルベルトとサソリはそれぞれ一枚ずつ手紙を見た。サソリはかなり衝撃を受けたようだった。

「グ、グレイ……!」

「誰なんですグレイって?」

 アルベルトには誰のことだか分からない。

「あなたは知らないようだが、実はあなたが街に出てから数年後の話だ。これは一部の者しか知らないんだが降魔の儀式を受けた者がいる」

「なっ!? 何だって! バカな! 王家の者しか受けられないはずだ!」

「その通り。実は王には隠し子がいたんだよ。アルベルト様が街に出てから急いで探し出し、貧民街から連れて来て儀式を受けさせた時にはまだ十代前半だったそうだ。しかし継承した魔法を王に見せた所、王は気に入らなかったらしい。その子もやはり追放されてしまったんだ」

「そ、その子がグレイってことなのか?」

 サソリが説明を引き継いだ。

「ええ。正確にはグレイというのは追放されてからの通称です。グレイが王に見せた能力はほんの一部だったそうで、始めから退屈な王宮暮らしに興味が無かったのでしょう、追放されたグレイは魔法を使って悪事を重ねて来ました。街にいた母親も殺害されてしまっていて、グレイがどんな人物なのか分かっていません。金で動き、野盗や山賊達と仕事をする際にはその頭領とだけ連絡を取り、手下は顔も知らないようです」

「で、そのグレイとウォーケン様が共謀してヘルデを狙う旨の内容がたっぷりと書いてあるってわけなのさ。そしてそれだけじゃない。彼等は王の命も狙っているんだ。グレイは金、ウォーケンは王都ってことさ。あなたが倒した鎧の男達はグレイの部下だろう。計画が事前に漏れるのを恐れて野盗や捕虜達の口を封じたんだろう。そこにあなたが出くわしたというわけだ」

 アルベルトは沸々と怒りが湧いてきた。王も王だがグレイとウォーケンの卑劣な行動は決して許す訳にはいかない。

「だからアルベルト様、あなたが見た鳥の爆撃はおそらくグレイの魔法なんじゃないかな。何をする魔法かは分からないがとにかく鳥を爆弾にしてヘルデを攻撃したんだ。アルベルト様、僕はあなたを昔から近くで見てきた。王都でのあなたの評判もいい。そしてさっき訓練場であなたの魔法の無限の可能性を見て僕は確信したんだ。王位を継ぐのはあなたであるべきだ。僕達はあなたについて行く。王都に帰って兵を挙げ、ウォーケンを倒そう」

 アルベルトはアランとサソリをまっすぐ見て答えた。

「もちろんだ。力を貸してくれアラン、サソリ」

「しかしもうウォーケンはヘルデを制圧しているでしょう。ここからでは王都の兵を動かせません。まずはヘルデを通り過ぎて王都に戻り、グレイによる王の暗殺を止めたい所です。二人は王都へ向かってください。アサヒも連絡がつき次第すぐに向かわせます」

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