トリあえず、それは伝説になった

丸毛鈴

巡る巡る歴史は巡る

「外れた!」


 わたしは思わず叫んだ。ほしくてほしくてたまらなかった「トリくん」グッズ抽選プレゼント。しかも、今回は「ジャンボトリくん」なのだ。大きいのだ。抱きついて眠れる最強仕様なのだ。


「トリくん」、通称“トリ”は、袋入りインスタントラーメン「鶏ガラ麺」の公式キャラクター。わたしがトリに夢中になったのは三つのときだった。


忘れもしない、できあがったラーメンを前にして、トリが「ほわ~お」と言うCM。鶏ガラ麺のキャラクターなのにその姿はあきらかに鶏ではなくシマエナガをモデルにしており、カラーリングは白とグレーで、丸くてふわふわ。キャラクターのデザイナーいわく、「いわゆる“共喰いイメージ”を避けた」とかなんとか。そのトリがもちもちした動きをしながら言う「ほわ~お」は、わたしを虜にした。


 年に一度のトリグッズキャンペーンに、昨年はトリ史上初となるジャンボサイズのぬいぐるみがラインアップされた。公式ショップでも手に入らない逸品を目当てに、わたしはキャンペーン期間中、「鶏ガラ麺」を食べて食べて食べまくった。


家族は三日でギブアップした。ときには友人に配ったが、応募券となるバーコードが確実に返ってくるとは限らないと気がついた日からは、家に招いて振る舞った。ただのインスタントラーメンとあなどるなかれ。「トリくん」愛に支えられ、二十年鍛えたわたしの完璧なゆで時間、アレンジの幅広さはなかなかに好評だった。そうして達成した応募口数は五十。


 抽選とはいえ、これだけのことをしたのだ。わたしは待った。二十年の愛が結実する瞬間を。とはいえ当選は賞品の発送をもっての通知である。SNSで当選報告があがるたび、「わたしのところには配達が遅延しているだけでは」「大雪の影響が」「台風の影響が」「猛暑の影響が」「長引く残暑の影響が」と言い聞かせ続けて一年。


 やっと悟った。外れたのだ、わたしは。「ジャンボトリくん」抽選プレゼントキャンペーンに。


 飲まず食わずで枕を濡らすこと三日。二階の自室からよろよろとダイニングへ降りていくと、おいしそうなにおいがただよってきた。


「あ、やっと出てきた。今日は菜飯だよ」


 妹のリカが丼を差し出す。


一般的には菜飯とは、大根やかぶの葉を使うものらしいが、我が家ではいつも春のさかりに菜の花で作るのが定番だ。白いご飯に混ざる、塩をきかせた菜の花の清冽な味わいとほのかな苦みが、五臓六腑にしみわたる。


 食べながら思う。わたしももうハタチを過ぎたのだ。ぬいぐるみを目当てにラーメンを食べつづけるなんてことはやめよう。中年になってもそんなことをしていたら、死んでしまう。泣きすぎてぼんやりした頭でそんなことを考えていると、ふっとかじりかけの俳句が口をついて出た。


「トリ会えず 潮にさらわれ 菜飯食う」

「何それ」


リカが菜の花を口の端につけたまま笑う。


「トリの抽選に外れたかなしみを詠んだ。涙で菜飯がしょっぱい、の意」


へえ~と言うなりリカは、いそいそと自室から墨と硯、長半紙を持ってきた。


「リカ、食事中! 行儀悪いよ」


 母親のとがめだても「美大生なんだからぁ~」とわけのわからない理由で流して、妹は長半紙にさっきの句を書きつけた。美大で日本画を学びながらも、「将来は書家になりたい」と夢を語るだけあって、妹の書はさすがだった。美しくありながら、その文字の形が悲しみを表現しているようで……。


「って、これ! トリくんはウグイスじゃねー! シマエナガだ!」

「あはは、いーじゃん、こっちのが合うんだもん」

「解釈不一致! 破け破け!」

「やめてよ! 気に入っちゃたんだから」


 そうして我が家の春の一日が、一年が、数十年が暮れていき、リカは画業で身を立て、名をなし、やがて両親はその「トリ会えず 潮にさらわれ 菜飯食う」の書を額に入れ、床の間に飾るようになった。


***


 さらに時が経った。一家が揃って骨になり、それも朽ちたころ、日本画家「朽葉リカ」大規模回顧展では、「トリ会えず 潮にさらわれ 菜飯食う」の書が飾られた。キャプションには、「家族のあたたかな風景と、朽葉の即興的感性が感じられる一作」と書かれた。俳句のゆるさとたしかな技術に裏打ちされた書のギャップが人気となり、その書が書かれたクリアファイルやポストカード、しおりはよく売れ、多くの人の手に渡った。


***


 さらに時が経ち、「トリ会えず 潮にさらわれ 菜飯食う」の書がプリントされたポストカードやしおりが土にかえったころ。とある小学校にて――。


「トリ会えず 潮にさらわれ 菜飯食う」


子どもたちが声を揃えて読み上げると、教師が手を叩いた。


「エクセレンッ、これが俳句です。五七五で季節の風物を詠む定型詩の一種ですね」


教師が指先を空中に走らせると、ホログラムにより、朽ちかけたクリアファイルの画像が現れた。


「これは十年前に出土した遺物に記載されていたもの。では、この“トリ”とは? はい、ラムタくん!」


ほっぺたを真っ赤にした男の子が答えた。


「ウグイスです」

「エクセレンッ、そう。ほんとうに古い古い時代には、花といえば梅でした。同じように、この二千二十年代には春のトリといえばウグイスだったのだろう、と言われています。この句には春の季語、菜飯が入っていますからね。では、作者がその『トリ』に会えなかったのは……?」


教師が悲し気な表情を作ると、おかっぱの真面目そうな女の子が指名を待たずに答えた。


「いじょーきしょーです! このころは暑すぎて、ウグイスってとりさんが春に鳴くことはなくなっていたとかんがえられています! だから、主人公はそれをかなしんでいるんです!」


教師が心から満足そうに手を叩いた。


「エクセレンッ、ミス・シータ。でも、いま、ウグイスは復興プロジェクトで増えている。冷房のある花鳥保護園では、春を告げる鳴き声も聞くことができるんですよ」


今度の遠足はその花鳥保護園ですよ、と教師が告げると、子どもたちからわあっと歓声が上がり、「トリさん、大好き」「かわいいよね」「もふもふ」などのざわめきが広がった。


 こうして時代は巡っていく。

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トリあえず、それは伝説になった 丸毛鈴 @suzu_maruke

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