後編

 死にたい。

 ここ1週間の美佳子の気持ちだ。

 あの日、ドアなど開けなきゃ良かった。あの日から美佳子は、研究所で、実験の日々が続いた。

 脳波を測るだのなんだと言われ、勝手に脳を掻き回され、細胞ひとつひとつをくまなく研究された。

 食事も味のしない固形物と液体を永久に出され、美佳子はすぐに吐き出さしたが、無理矢理点滴を打たれた。

 たたベットと点滴がある真っ白な部屋に入れられ、要求は答えてくれない。

 彼らは自分を人間として見ていない、ただのモルモットか、はたまた未知の生物か。

 もはや、今の美佳子にとって最大の娯楽は自分の体をいじり、快感を得ることのみだった。

 今までそんなことをしたことはなかった。今まで、この快感を自分は何で味わっていたのだろうか。

 足の間から液体を出し、ストレスを吐き出す日々だった。

 美佳子はガラスの向こうから覗く白衣の生物に殺意が沸いた。こんな生活をなぜさせる、お前らはのうのうと鉄の板を叩いて擦っているだけで、私をこんなめに会わせやがって、殺してやる、この手で貴様らの内臓を引き出し、恐怖で後悔しろ、肉塊が。





 ある日、美佳子は、実験の隙をつき、一人の研究員の右目をつぶした。

 その後、彼女の全身に電流が走った、そのまま美佳子は気を失ってしまった。目が覚めると、自分は全身を白い布で覆われ、ベルトで固定されていた。

 身動きを取ろうにも、しっかりと固定されていて、身動きが取れない。

 美佳子は、叫んだ。

 だが、口に拘束具をつけられたせいで、叫び声は狭い室内にも響かない。

 もう、誰も彼女を助ける人間はいない。

 もう死ぬしかない、というか死んだ方がマシだ。

 すると、全身武装をした謎の人間が、美佳子の拘束具を解いた。

 どうやら面談らしい。

 なにを言っているのか、全くわからなかったが、私と話したい人物がいるらしい。

 こんな自分と話したいやつなど、よほどの権力を持った物好きだけだろう。

 寡黙で通すか、威嚇でもしておくか。

 そんなことを考えて、美佳子は面談室に来た。

 もう彼女に人を判断する目はなかった。雄か、雌か。それだけだった。

 どうやら来たのはオスだった。オスにしては雄々しさはなく、若かった。


「美佳子さん」


 なんだ、馴れ馴れしい。


「あの日は、ごめんなさい」


 あの日、いつのことだ。


「助けてくれたのに、怪獣だと思ってしまって、怖くて」


 助けた? 私が?


「僕は大丈夫です。あの後、病院で手術を受けてもらって。なんとか回復しました」


 なんだ、この感覚は、彼は、今まで会ってきた人と何か違う。自分のことを知ろうとしているのに、どこか打ち明けても良いんじゃないかと思えてくる。


「最初は、怖かったけど、美佳子さんが怪獣だったんだって思えると、安心したっていうか、良かったって思えました。美佳子さんも、みんなを怪獣から守るために、怪獣になってたんですよね」


「……美佳子さん?」


 君、なのか?


「啓介……くん?」


 もやにかかっていた美佳子の視界は、一気に鮮明になった。そしてガラス越しにいたには、頭に包帯を巻いた、菊池啓介の姿だった。


「はい、菊池啓介です、美佳子さん」

「……ごめん」

「謝る必要なんてないですよ、僕の意識がないときに美佳子さんが、こんなめにあってるのを聞いて、少しでも早く会わないと。って思って……いろんな人に迷惑かけちゃって」

「そんなことしなくても……」

「美佳子さんも、嫌だったんじゃないですか? わけもわからない人に、動物みたいな扱いされて。聞いてるだけで、彼らを、許せなくて……」

「啓介の、バカァ」


 美佳子は、今まで自分が生きてきた意味はこれだったのかなと思えた、幸福とは、絶望の渦の中から、光り輝いて見えるものなのだと。

 嬉しかった。こうやって、好きな人と会えた奇跡を。

 この世界に、もうすこしいても悪くないな。


 そう思えた。


 そのときだった。








 面談室全体に大きな揺れが起き、周りの警備兵が警戒態勢をとる。

 スピーカーから、怪獣出現のアナウンスがひっきりなしに鳴り響く。

 美佳子は、警備兵に両腕を拘束された。


「美佳子さん!」

「逃げて、後で会おう!」


 美佳子の顔は、啓介が今まで見た中で最も生き生きとしていた。




 美佳子はふたたび拘束され、部屋に置かれた。

 窓の向こうの警備兵は、忙しく、廊下を行き来していて、慌ただしさがガラス越しに感じられる。


「おい地脈反応あったか?」「なかったよ空から来てんだから」「第二部隊壊滅!」「そこ弾幕薄いよ!」「宇宙から来た? ふざけてんのか」「どうするんですかこんな事態マニュアルにありませんよ」「総理からの判断は?」「なんなんだよあいつ」「現在銀座上空には謎の怪獣が出現し、街を破壊しています」「なんなんだあの化け物は」「おそらく地球外から来た宇宙人とも言える」「防衛大臣はないやってるんですか!」「弾ないのかよ弾!」「宇宙怪獣か」「神が来たんだろうな」「日本終わりなんじゃね?」


 様々な言葉が、美佳子の耳に一気に詰め込まれる。

 脳内がぐちゃぐちゃになりそうではあるが、美佳子は耐えた。そして、美佳子は、自ら拘束具を外し、部屋のドアを突き破った。


「お前! 状況わかってる!?」


 警備兵の一人が、美佳子に銃口を突きつけるも、美佳子は恐れずに警備兵の前へ進む。


「頼みがあります」

「なんだよ!」

「私に怪獣を倒させてください」














 美佳子は、高層ビルの屋上にいた。

 美佳子のみる景色の先には、巨大な人型の怪獣がいた。全身に黒い筋の通った白い体に丸い球体の電球のような顔はまるで地球の生物ではない不気味な出立ちが、曇り空も相まって未知の恐怖を感じる。

 美佳子の周りには、銃を持った兵士と、灰色のスーツを着た白髪の老いた男の姿があった。

 彼が、防衛大臣らしい。


「君に頼らなければならない。なんという醜態だ。だが、君しか、この状況を覆せない。頼む」

「いえ、私が頼んだことです。貴方は、良い決断をしたと思いますよ」


 そういうと、美佳子はビルから飛び降りた。


 人型の怪獣は、ビルの彼らに気付いたのか、胸元で火球を作り出し、ビルに向けて放つ。

 防衛大臣たちは、死を覚悟した。

 だが、火球はビルに当たらなかった。

 ビルの目の前には、怪獣がいた。

 岩のような皮膚に、黄色く光る瞳、太く長い尻尾を持った。




 大怪獣ミカコがそこにいた。




(この野郎!)


 ミカコは人型の怪獣に体当たりを仕掛ける。しかし、人型の怪獣は一瞬にしてミカコの反対側に移動し、指先から光線を放つ。

 ミカコは尻尾を振るうが、人型の怪獣は陽炎のようにふやけた、実体がないような感触だった。


(なんなのこいつ……?)


 人型の怪獣は一瞬にしてミカコの前に現れ、往復ビンタを放つと、続いて手のひらで光の玉を作り出し、ミカコの顔面に放つ。

 ミカコは吹き飛ばされ、そのままビルに倒れこむ。

 避難が済んでいたのか、上から落ちていく人はいなかった。

 ミカコは立ちあがろうとするが、人型の怪獣が放つ光の輪に拘束される。


(もう拘束は懲り懲りなんだけど!?)


 すると、人型の怪獣は、ミカコの脳内に何かを語りかけてきた。


(は? なに?)


 人型の怪獣は、ミカコに問うた。


(話、でかくない?)


 そして、ミカコは答えた。


(よくわかんないけど、あんたのことは嫌いなんだよ!)


 ミカコは拘束を外すと尻尾で体を浮かし、人型の怪獣にドロップキックを放つ。

 人型の怪獣は後ろによろめくが、お返しと言わんばかりに全身から光線をはなち、ミカコはその光線を全身に浴び、身体中から火花が飛び散り、そのまま地面に倒れる。

 人型の怪獣はそのままミカコに跨り、何度も顔を殴る。


(まずい……このままじゃ)


 そのとき、人型の怪獣の頭に爆発が起きる。振り向くと、そこには数十機の戦闘ヘリの姿があった。


「女に跨ってビンタなんざ、扱いが下手くそだなぁ! 怪獣さんよぉ!!!」


 戦闘ヘリのパイロットの声が不思議とミカコの耳に入った。荒々しいが、今はその荒々しさが頼りになる。

 人型の怪獣に雨霰とミサイルが当たり、気にしていなかった人型の怪獣も防衛隊に向かって火球を放つようになり、ミカコへの注意が疎かになった。その隙をついて、ミカコは人型の怪獣に拳を放つ。

 人型の怪獣は不意を突かれ、地面に叩きつけられる。

 ミカコは立ち上がり、人型の怪獣も、負けじと起き上がり、両手を握り締めると、その2つの拳は虹色に光り輝き始める。

 ミカコは、それに応じるように、口を開ける、喉の奥から紅い光が輝きはじめる。

 ほぼ同時に、ミカコの口からはなたれた熱線と人型の怪獣が突き出した2つの拳の光線が衝突する、周りのビルのガラスは一瞬にして砕け散り、戦闘ヘリも紙屑のように衝撃に体勢を崩し、地面に不時着する。

 2つの光線は拮抗し、ミカコの熱線が押されかけた、だが。


(ここから、消えてなくなれぇぇええ!)


 ミカコの熱線が一気に押し返し、人型の怪獣の全身に熱線が浴びせられる。そのまま、人型の怪獣は前に倒れ、爆散した。


「や、やったぞおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 曇り空に日が差し込みミカコを照らす。彼女に真っ先に近づいたのは、啓介だった。


「やったよ! 美佳子さん!」


 ミカコは、返事をしなかった。


「……美佳子さん?」


 ミカコは、そのまま家に帰るかのように、海へ歩き始めた。


「美佳子さん! なんで! 元にもどれるんじゃないんですか!」


 ミカコは、海に潜る間際に、啓介の方を振り向き、再び海へ歩き始めた。

 啓介は、必死に追いかけた、自分はそんなに運動が得意なわけでもないのに、こんな走れるのかと思えるほどに。


「美佳子!」


 啓介を止めたのは防衛大臣だった。啓介の片手を掴むと、防衛大臣は彼にこういった。


「あの子は、怪獣になったんだよ。もう、人では……」













 2048年 。


 怪獣頻出期は、2034年の東京に怪獣災害を機に終了。一年に一度、10メートルクラスの怪獣が出るか出ないか程度にまで縮小した。人類は、ひとときの安泰を手に入れた。


「こうして、怪獣頻出期は幕を下ろしました」


 菊池啓介は現在、中学の教師をしている。科目は社会。人当たりがよくそれなりに女子生徒に人気らしい。

 黒板とディスプレイを活用し、今は怪獣頻出期の歴史を解説している。


「あの」


 一人の女子生徒が挙手をした。


「佐藤さん、質問ですか?」

「菊池先生は、怪獣頻出期の時、私たちと同じ年だったんですよね」

「そうだよ」

「不謹慎かもしれませんが、やっぱり、大変だったんですか」

「……そうですね、いつ怪獣が襲ってきても、おかしくない、そんな世の中でした。とても不安定な世界でした。ですが、そんな中でも、自分には大切なものがあった。だからこうして、皆さんい授業ができています。皆さんも、不安定な時期だと思います。ですが、大切なものは決して失わないでください。どんなに物を失っても、大切なものがあれば、生きられます」


 その言葉の終わりと同時に授業の終わりを告げるチャイムがなり響いた。

 教室を出た啓介は、ふと窓から見える景色を見て、つぶやいた。


「美佳子さん……」


 怪獣になった少女は、もういない。


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怪獣になった少女 椎茸仮面 @shiitakekamen

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