女子大生、カラスを喰らう[KAC20246]

カビ

女子大生、カラスを喰らう

 公園にカラスの死骸が落ちていた。



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 朝イチでパチンコをしていたが、結果は散々だった。今日は何をしてもダメな日だと切り替えて、トボトボと家路についていた。


 大学に入学してから2ヶ月、私は順調にクズ大学生としての道を歩んでいる。薔薇色のキャンパスライフを夢見ていたけど、持ち前の人見知りから、新しい友人を作れずにいた。

 いつも1人でいる私を、ゼミのみんなが白い目で見ている気がして、ここ2週間顔を出せていない。

 ここままじゃいけないことくらい分かっている。学費だって馬鹿にならないのだから、しっかり講義を受けるべきだ。


 しかし、1人暮らしという自由が私を大学ではなくパチンコ店へと向かわす。

 怒ってくれる両親は、ここにはいない。


 留年したらどうしよう。大した特技の無い私は身体を売るしか無いのだろうか。いや、その身体だって貧相なものだ。聞くところによると、世間にはこんな身体に欲情する殿方がいるらしいけど、本当だろうか。


 そんなことをつらつら考えながら歩いていると、小さな公園を発見した。

 このまま家に帰ったら、要らないことばかり考え続けてしまいそうだったので、気分転換もかねて入ってみる。


 何の変哲もない公園。

 汚いベンチの近くに、黒い物体を発見した。

 私はブランコも滑り台も無視して、その物体を拾い上げる。


「‥‥‥」


 カラスの死骸だった。

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 持ち帰ってしまった理由を聞かれたら「とりあえず」としか答えようがない。


 ビニール袋に入っているカラスをどこに置いたものか迷っていると、マヌケな音が響き渡る。


 グゥゥゥ。


 そういえば、朝から何も食べていない。時刻は12時半、丁度お昼時だ。


「‥‥‥」


 カラスって食べられるんだっけ?


 そんな素朴な疑問に答えてくれる現代人の味方、スマホ様をポケットから取り出す。

 調べてみると、高級レストランで提供されるくらいには食用として認められているらしい。


 グゥゥゥゥゥ。

 腹の虫が急かす。


「‥‥‥やっちゃう?」

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 狭いベランダでカラスの羽をむしる。

 この羽で空を飛びまわっていたであろう、尊い羽を己の食欲を満たすためだけのためにむしることに、薄暗い快感がある。


 真っ黒だったカラスは、次第に紫っぽい肉に姿を変える。後は、頭をむしれば完全なる肉塊となる。

 さすがに少し躊躇したが、ここまでしておいて途中でやめるのはカラスに、ひいては自然に失礼な気がして、心を無にしてやり切った。


「あとは‥‥‥」


 スマホを見る。

 北海道で猟師をしているおじさまカラスの調理を教えてくれる動画である。こういう、世間と離れていそうな人も動画投稿をする時代なのだ。


 大自然の中、手際よくカラスを調理するおじさまに見惚れる。私が抱えているちっぽけな悩みとは一切関係ないほど素晴らしく、残酷な世界でこの人は生きている。


 そこまで思って、私は気づく。

 白髪混じりのワイルドなおじさまに、私は恋をしてしまっている。


 なんてことだ。

 今の流行りは中性的な美少年だろうに、私ときたら祖父と同年代の猟師を好きになるなんて。


「‥‥‥フヘヘ」


 気味の悪い笑い声が漏れる。


「へへ‥‥‥エヘヘ、フヘヘ」


 笑いを抑えることができない。おじさまと同じことをしているのが幸福でたまらない。


<はい。では次は細かく残った羽をバーナーで焼いていきましょう>


 おじさまが次の工程を教えてくれる。


 確かに、いくら頑張っても完全には羽をむしりきれない。

 立ち上がり、台所の換気扇の近くに置いているタバコとセットのライターを使い、カラスの肉塊に近づけていく。熱を浴びているので、カラスからは焼き鳥の匂いがしてきた。一丁前に美味しそうな匂いだ。

 あの美しい黒い羽を完全に燃やし尽くした。後は内臓を取り出すくらいだ。


 そう調子に乗って砂肝を切ると、中から細かい黒いものがウヨウヨ出てきた。

 液体ではない。小さな物体の集合体だ。

 目を凝らして見ると、それは虫だった。

 消化されなかった虫。


 不思議と、気持ち悪いとは思わなかった。

 今から私が食べるカラスが食べた虫に、むしろ感謝の念が湧いてくる。貴方方のおかげで今までカラスは生きてこれましたよ。ありがとう。


 綺麗に洗い、部位に分けて切る。

 七輪を持ってきてライターで火をつける。

 さあ、カラスバーベキューの始まりだ。


 まずはモモ肉。

 うん。意外とあっさり。食べやすい。

 次に、レバー。

 おぉ。濃い。いつも食べているレバーの倍は濃い。


 他の部位も美味しかったので、ペロリと食べ終わる。全体的にヘルシーで、大学の意識高い系の女子達も喜びそうだ。

 ふと、私は思う。


 あの子達は、私の知らないキラキラしたものをたくさん知っている。でも、カラスの味を知らない。

 でも、私は知っている。

 その事実に、私は興奮してきた。


 そうだよ。あの子達と同じフィールドで戦うだけが人生じゃない。

 大自然でカラスや熊などと殺し合いをして、それで生計を立てているおじさまだっているじゃないか。


「ハッハッハっ」


 私は高らかに笑う。

 多くの人が労働や勉学に励む平日の昼間で、高らかに笑う。


 

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女子大生、カラスを喰らう[KAC20246] カビ @adatitosimamura

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