第10話:漆鬼の鼈甲

「で、何を取ってくれば良いんだよ」


 素材集めすることは良い。

 だけどその素材が何か分からなければ始まらないので俺はそう聞いた。

 そもそも簪の作り方を知らない俺は、鉄か木を使うぐらいしか分からない。だから鉱石採集するか伐採かの二択だと思ったんだが……。


「今回お前に取ってきて貰うのは漆鬼しっき鼈甲べっこうだ」

「超希少素材じゃねぇかそれ」


 それはとある亀の魔物から取れるという言ったとおりの超希少素材。


 ゲーム本編では確率にして五千分の一で落とす物であり、主に装飾品に使われる素材だ。換金アイテムでもあり、実際にゲーム本編でもこいつに渡すと装飾品を作ってくれる。その素材を使った装備は魔力効率を向上させ何よりその装備には魔法をためることが出来るのだ。あと単純に純黒の鼈甲は美的価値も高く、それで出来た物ならシズクも満足するだろう。


 それに一応だが、漆鬼の鼈甲を取る別の手段は覚えているし――実行できる気はしないが、確率ゲーに持って行かなくてもよくなる。


「そうだな。だけどあの方に合わせられてお前が納得する品質の物を作るならそれぐらいは必要だろ」

「それはそうなんだが……あれ努力でどうにか手に入る物じゃないだろ」


 一応俺もあの素材を求めて亀を狩り続けた過去があるから覚えているが、あれは基本的には五千分の一。ゲームの設定的に言えば、魔力を大きく蓄えた特殊な個体からした落とさない素材なのだ。見分け方自体は簡単だが、そんな個体が易々と出てくる訳がないし……何より、その個体は通常個体より数倍強いし。


 何よりあのモンスターは体力こそ低いものの、固定ダメージか魔法or会心ダメージしか通らないのだ。一応魔法タイプの俺は他の攻略対象よりは倒せる手段があるが、それでもきついことは確かだろう。


「分かってる、だけどお前なら出来ると信じてだ。一応俺も別の素材を考えたがお前が関われる素材がこれしかねぇんだよ」

「なるほどな……それで提案するってことは、いま来てるのか?」

「そうだな、周期的に近くの海辺に現れるだろう。お前の実力なら倒せるはずだ」

「……了解だ。あとこれ別なんだが、万華鏡買ってもいいか? いまイザナが見てるやつ」


 俺達が話している間、ずっと暇だったのかイザナは気になった万華鏡でずっと遊んでいた。いつもに比べて長く遊んでいるし、きっとかなり気に入ったんだろう。


「あいよ……じゃあ行ってこい、一応言っておくが死ぬなよ?」

「分かってるよ。じゃあ、いくぞイザナ」

「うん……ありがとキリヤ」


 そうして万華鏡を包んで貰い俺達は一度屋敷に戻って馬を借りてそのまま狩り場を目指すことにした。

 二時間ほど馬に乗って進み、俺とイザナがやってきたのは洞窟が近くにある海辺。ゲームでも終盤の狩り場にしていたその場所、記憶通りの景色に感動しながらも周りを見渡せば、そこには二十匹ほどの亀の魔物がいた。


「いた……鬼甲羅おにこうらの海亀」

 

 こいつらがここに現れる理由は、魔力がたまった真珠を食べに来たから。

 とりあえず目当ての亀を探すためにも貝を足で割りながら真珠を食べ続ける海亀を一匹一匹観察する。

 一度見つかってしまえば、戦闘が始まってしまう上この数にリンチされれば普通に負けかねないので俺は岩陰に潜みながらも魔法を使う。


「闇魔法――影纏かげまとい


 使うのはフィールドでも使える魔法。 

 ステルス効果があり、気配を完全に消すことの出来る魔法だ。これを使えば十歩分の間敵に見つかることはないだろう。攻撃を食らわせたりあまりにも大きい音を出せばばれるが……そのミスはしてはいけないので、気をつければ大丈夫。


「って、なんだ洞窟に一匹大きい亀が……ってあれは」


 一時間ほど亀を観察し続けて入れ替わり続ける亀の群れを観察していたら、一匹の巨大な亀が海から出てきて洞窟へと向かい始めた。

 見るだけで強靱な四肢を持つその亀はのっしりと迷いなく進んで奥の洞窟を目指す。その甲羅はあまりにも黒く輝いており、明らかに他の個体とは違う。


「もしかして……」


 こっそりと後をついて行き、俺は洞窟に入っていった。

 そしてそこで見たのは――巨大な口を開きながらサッカーボールぐらいの大きさの魔力のこもった真珠を食べる海亀の姿。


 絶対こいつだ。

 ……直感的にそう悟った俺は、刀になっていたイザナを抜きそのまま不意打ちを仕掛けようとして。


「――ッやっば!」


 叫びながらも俺は避ける。

 ……避けた先、横目で自分が先ほどまでいた場所を見れば、そこにはクレーターが空いていた。何が起こったかと聞かれれば、この亀が炎の塊を飛ばしてきたからであり――純粋に気づかれただけのこと。


「察知能力馬鹿だろこいつ」


 明らかな戦闘態勢を取りながらも俺をまっすぐとにらむ海亀。

 俺も刀を正眼に構えながらも出方をうかがっていれば、踏み込んだウミガメが体を引っ込めて高速で体当たりしてきた。


「はやいなおい!」


 なんとかよけれたが、こいつが当たった壁が完全にへこんでおり、当たってはいけない物だと理解する。しかも、こいつを好きに暴れさせ続ければ甲羅が傷つき鼈甲を取るどころではなくなるだろう。


「――いくぞイザナ、力を貸してくれ」

『うん、任せて』


 刀に闇魔法を――蝕をまとわせる。 

 するとそれは刀に魔法が馴染み、イザナの刀としての能力が発動する。

 起こった変化はわかりやすく、俺の腕から肩にかけて骨が纏わり付き――身体の力全てのバフがかかった。それだけではなく、魔力効率すらあがり、今なら魔力消費が大きく隙の大きい魔法も連発できるだろう。


「闇魔法――魂蝕こんしょく


 そして使った魔法は周囲に霧を出し魂を汚染する固定ダメージを与える魔法。

 ……他者を巻き込むから一人の時でしか使えるやつで、シズクに拾われる前は魔物を狩るためにだけに愛用していたこの魔法。

 久しぶりに使うが、この魔法なら時間をかければあの海亀を倒せるはずだ――それに、今の俺なら全ての攻撃が魔法扱いなのでまともなダメージ通せるから。


「お前が強いのは知ってるからな、全力でやらせて貰うぞ」

 

 そしてそれから二十分ほど、通常個体より何倍か体力が多かったこいつの体力を削りきり――俺は少し疲れながらも、亀を蝕の中にしまって常世堂に足を進めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る