第9話:準備

 少しの時が経過して、俺がこのヨイヤミ家にやってきてもうすでに三ヶ月が経過していた。何かあったかと言えば何もなく、普段通りの従者生活を繰り返す毎日。

 彼女を起こして勉強をして料理を覚え、その合間に従者としての作法をたたき込まれる。そんな生活にも完全に慣れ、俺は今日も今日とて仕事に励んでいた。


「なんか最近慌ただしくね?」


 そして今日の仕事を終えて少ししてから、俺は屋敷の皆がいそいそと準備をしていることに気がついた。

 家政婦に警備の侍達や料理長達までもが忙しそうで、なんというか聞ける雰囲気でなくて……とにかく俺は邪魔にならないように部屋に戻った。


「えっと……なんかあったけ?」

 

 そう思い、部屋に置かれているカレンダーに目を通せば……一週間後の場所に丸印がついており、そこには赤文字で大事! 誕生日! と書かれていた。

 もちろんだが、俺の誕生日ではなく……今までの皆の慌てようから分かりそうだが、一週間後にシズクの誕生日があるのだ。


「やっべ……忘れてた」


 俺は忘れないようにカレンダーに書いていたのに、完全に忘れていたこの始末。

 ……何かを贈りたくはあるが、そんな急ピッチで物を用意する財力は俺にはないし何よりシズクが好きそうな物など分からない。

 誰かに聞こうにも多分誕生日会があるからこそのあの慌てよう、邪魔になるかもしれないので割と詰んでいる気がしてきた。


「どうしようか……」


 この三ヶ月、色々振り回されたが……彼女に受けた恩は果てしない。

 素直に伝える気はないけれど、その感謝くらいはちゃんと伝えたいし――でも、彼女に見合うほどの物などやっぱり分からなくて。


「……そうだ町にでも行くか」

 

 そういえば、今屋敷がある町には結構顔を出しているし……何よりそこの店にはよくシズクの付き添いで足を運んでいるし、たまに話す仲でもある。

 そこの彼ならきっと俺の相談にも乗ってくれるだろし、もう仕事もないからちょっと行ってみるか。


「……カグラ、どこ行くの?」


 そんな時だった。

 俺が荷物をまとめて屋敷から出ようとすると、てくてくと奥からイザナがやってきたのだ。そんな彼女は珍しく外出するときの格好をしている俺はを見て不思議そうな顔をしている。


「ん……なんだイザナか。えっと常世堂に行ってくる。あ、シズクには内緒な?」

「なんで?」

「なんでもだ。そうだイザナもくるか? あそこの万華鏡見るの好きだろ」

「うん……いく」


 彼女に目的を伝えてしまえばぽろっとシズクに何かを話しそうだし、それならこうやって一緒に行った方がいい。

 それにだ。シズクは何かの仕事で四日ほど屋敷を開けるらしく、その間に行くのが吉だから。だって、せっかくならサプライズで何かを贈りたいし、ばれたらすっごく恥ずかしい。


「という訳でキリヤ……シズクお嬢様へのなんか良い送り物ないか?」

「急に来てなんだよバカグラ……せめてもう少し説明しろ」

「馬鹿とはバカキリヤ。それに説明しただろ三言で……」

「シズク様、誕生日、贈り物……だけで何が分かるんだよ。せめてもうちょっとちゃんと伝えてくれ」


 そしてやってきた常世堂にいたのは、俺より一つ歳上のキリヤ・カバネという名の職人。武器から防具に装飾品といった何でもござれよりどりみどりに作れるネームドキャラで、カグラルート専用お助けキャラの一人。


「いや、お前なら分かると思ってだ。頑張れ」

「よし……その腐った頭を今すぐに割ってやるからこっち来い」

「そんなに怒るなよ……俺とおまえの仲だろ」

「出会ってまだ二ヶ月だけどな……まあそれは認めるが」


 出会いとしてはあんまり語る気はないが、好みのタイプで意気投合し武器のセンスやらなんやらで完全に親友となったこの男。割と適当に話してもツッコんでくれる上ノリが良いこいつをからかうのは楽しい。


「それで? 何を慌ててここに来たんだ?」

「いや……シズク様の誕プレ用意してなくて詰んでるだけだ」

「馬鹿かおまえ?」

「それな」

「はぁ……それでここに来たんだな、何を贈る気だ?」

「それがさっぱり決まってないんだよな……って事で相談乗ってくれキリヤ」

「よし、帰れ――俺の時間が無駄になる」

「んな殺生な」


 ひどいなこいつ。

 せっかく友人が相談しに来たんだから、そのぐらいの相談ぐらいは乗ってくれてもいいのに。


「……何でも良いと思うぞ、シズク様ならお前からの物だと大抵喜ぶだろうし」

 

 ……適当というわけではないその言葉。

 確かにあの人は少し重くて怖いが、優しい人で……大体何を貰っても喜ぶだろう。

 だけど……それでは駄目なのだ。拾ってくれた恩に初めて共にする彼女の誕生日――そんな大事なイベントで軽い物など贈りたくないし、どうせ贈るなら彼女が心から喜ぶ物がいい。


「なぁ、こないだ俺が別の用事でいないときにここにシズクお嬢様は来たんだろ? 何か欲しいって言ってた物ないか?」

「それこそお前が知ってろよ。それにあの方はあんまり物欲がないし分からん」

「そこをなんとか頼む――何でも良いし、素材ないなら取りに行くからさ」


 自分でも無茶なことを言ってる自覚はあるが、それでもこいつならアドバイスをくれると信じて頼み込む。

 そしてそれから数分が経過して、何かを絞り出したかのように一言つぶやいた。


「うーんっと――そういや、簪が欲しいって言ってたな」

「簪?」

「前にだが店に並んでる簪を見てどうしたか聞いたら、気になるって言っていたぞ」

「似合いそうだな……よし、そうするか」


 どんな簪が彼女に似合うだろうかと……俺は割とマジで考える。

 シズクはとても黒が似合う蒼い瞳の少女だ。そして彼女のイメージ花は公式的には彼岸花。それを考えるとその花を模したようなのが欲しい。


「なぁキリヤ――こういうの頼みたいんだが」


 そして彼にそのイメージを伝えれば、すぐに出来はすると言ってくれた。 

 でもそれだけじゃなくて……だけど、と言ってこう続ける。


「その代わりだが、お前もそれを作るのを手伝ってくれ」

「……俺完全に素人だぞ」

「お前には伝えただろ、俺の固有魔法」

「あぁーそういう……危険じゃね?」

「それでもだ。お前があの方に贈りたいって言ったんだから、俺だけで作るのは駄目だ。ならせめてお前の魔法を今回あしらう宝石に籠めさせろ」


 この国の貴族の血筋でもあるキリヤ。

 彼の魔法は少し特殊な造形魔法だ――どういう物かというと、魔法の属性を物に宿して造ることが出来るというやつで、他者の魔法すら籠めることが出来るという。

 つまり彼が言いたいのは、俺の闇魔法をシズクに贈る簪に籠めるという事らしい。


「――お前のは強力だからな、三日四日はかかるから屋敷に帰れないと思え。それに、素材集めもやるんだろ? ちょっと頑張ろうか、カグラ」


 そういうわけで、俺の彼女の誕生日プレゼントのための素材集めが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る