第7話:修羅場

 その子と出会った日の事を私は忘れない。

 それは七歳の時あまりにも毎日が退屈で屋敷を抜け出して式神を使って遠出したときだった。何か目的が会ったわけじゃないけど、小さな村に立ち寄って――普通の子供の生活を見てみたかっただけの話。いつも屋敷から眺めるそれを少し近くで見たかっただけ。


『……見てるだけじゃ退屈だろ』

『……急に話しかけてきて何よ貴方?』


 少し遠くから追いかけあってる子供を見ていると、私に気付いただろう黒髪紅眼の子供が話しかけてきたのだ。

 同世代だろうけど……他の子供と殆ど話したことが無かった私はどう接して良いか分からず、そういう態度になってしまった。今になっては反省しているけど、急に話しかけてきた彼が悪いと思う。


『いや、すげぇ退屈そうな顔でこっち見てたから入りたいのかなって思ったんだよ』

『……別に入らないわ。私は見てるから、遊んでれば良いでしょう。ほらさっさと戻りなさい』

『よし分かった。さてはあんた寂しがりだな? もしくはツンデレだ』

『取り消して後半のは分からないけど凄い不快だわ』

『嫌だな。絶対取り消さない。そんなに私は退屈ですみたいな顔をした奴の前で遊べるか。絶対に参加させて笑わせてやる』


 その子は凄く嫌な子だった。

 頑固だし、そんな顔をしてないはずなのに決めつけてくるし……何より私を知らないし。普通だったら私にこんな態度をしたら首を刎ねられてもおかしくないのに、彼は何も気にせずに接してくる。


 だから怒った。

 ……私の事を何も知らないくせに好き勝手言ってくる事に苛立って、何より無責任に笑えるなんて言ってきたから。


『……貴方に何が分かるのよ』

『いや分かるわけないだろ。俺はあんたじゃねぇんだし、でも単純にあんたが退屈そうな顔してるのが嫌なだけだ』

『何その理由……初対面よね?』

『あぁ初対面だな。あんたがどんな奴なのか知らないし、何も分からない――けど、俺等多分同い年ぐらいのガキだろ? なら混ざろうぜ? せっかくまだ子供なんだし、そんなつまんなさそうな顔をしてないで笑えよ。無理なら無理矢理にでも巻き込むつもりだけどさ』


 その子はこっちも気も何を考えてるかも全部無視して、そう言って笑った。

 あまりにも自分勝手に……何よりとても無邪気に。

 そんな彼を見て、悩むのが馬鹿らしくなったと言えば嘘になるが……なんて言うか、少し遊びというのが気になった。


 今まで屋敷からずっと眺めてばっかりで、どういうものかは知らない誰かとの遊び。楽しめるなんて分からないけど、本当に少しだけ気になっただけ……だから。


『……つまらなかったら祟るわ』

『怖いなあんた。まあいいや、俺の遊びは幅は広いからな……退屈はさせるつもりはねぇ――よし、まずは鬼ごっこしよう。鬼は俺やるからあんたは逃げろ』

『……それの何処が面白いの?』

『はぁ? これは大人から子供まで楽しめる神遊びなんだが?』

『そう、なら証明してみなさい?』

『望むところだよ、やってやろうじゃねぇか』

 

 でも言われっぱなしは癪なので、少しからかってみれば……彼は面白いくらいに簡単に反応してきた。

 

『そう言えば貴方、名前は?』

『あー言ってなかったな。俺はカグラ……カグラ・ヨザキだ。あんたは?』

『癪だから教えないわ。捕まえられたら教えてあげる』

 

 それが、彼との出会い。

 その時一回しか会えなかったし、とても短い間しか過ごせなかったけど……忘れられない大切な思い出だ。





 ……その日俺は、今世に生を受けて一番と言っていい程の危機に直面していた。

 状況を語るのならば……屋敷の一室で正座させられ、目の前には仁王と見間違う程のオーラを纏う自分の主がいるだけ……なのだが。

 

「……それで、貴方は迷宮があった島でこの子を拾ってきたと?」


 明らかにハイライトを消し、正座する俺を見下ろすのはシズク・ヨイヤミ。

 影式の姫君と後に呼ばれる彼女は、自分の魔法とも言える影の配下を背後に控えさせながら俺を心底冷めた目で見ていた。


 それで浮かぶ感情は恐怖だけ。なんというかシズクが凄い怖い。 

 ……多分、前世の記憶が無くて歳相応のただの十二歳の俺だったら泣くレベルで怖い。というか、式神すらも怯えてるしガチで怖い。ボキャ貧というか、そのレベルで語彙力が無くなるくらいには今のシズクはヤバかった。


 そんな中、俺の横で真似するように正座するのは今回屋敷に連れてきたイザナ。

 どうしてこんな状況になっているのか分かってないだろう彼女は……少しふわっとした表情で空を見ていて完全に上の空だ。その呑気さは羨ましいが、少しくらいは助けて欲しいと……俺は心底願ってしまう。


「ひとまず確認よ? 貴方は、ダンジョンに神代の遺物を取りに行った――ここまではいいわよね?」

「……そうだな」

「そして三日も連絡しなかったにせよ、無事に帰ってきて――それだけじゃなくてこの子を連れてきた……と」

「そう……ですね」


 あまりに怖くて思わず敬語になる。

 一つ一つの物事を指を出しながら数えていくシズクお嬢様。 

 たったそれだけのことなのに、責められているような気がしてどんどん肩身が狭くなる。帰ってきたんだし良いだろと思ったが、どうやら今回怒ってるのはそこじゃないらしい。てっきりイザナを連れてきたことで怒ってるのかと思ってたんだが……。


「……ねぇ、カグラ? 貴方が迷宮でどんな事をしてたかは知らないけど、もしかしてそこにいた三日間この子と遊んでいたの?」

「ちゃんと……攻略頑張りました」

「そう、なら一先ずそれは信じるわ。彼女が遺物だったことはちゃんと聞いたから。で、問題なのは次――期間にして三日、移動を考えると五日間。貴方は仲良くなりすぎじゃなくて? そこはどう説明するの?」


 なんで……そこで、俺は怒られているのだろうか?

 割とマジで分からないが、今までの口ぶりから察するに――彼女はイザナを連れてきた事じゃなくて、彼女と仲良くなってることに怒っているのか?


「そりゃ、俺がイザナを連れ出したわけだし。ある程度は話せるようにはなるだろ」

「――口答えするのね」

「いや、説明しろって言ったのあんただろ」

「……ねぇ、そのあんたっていうのやめてくれないかしら?」

「今関係あるかそれ」


 思わずツッコんでしまったが、まじで脈絡が無かったししょうが無かったと思う。

 ……それにしてもこの姫様は何を考えているんだろうか? 確かに将来ヤンデレになることは知ってるし、めっちゃ重いことも分かる。だけどまだ関わり自体は一週間ぐらいしかない筈で、興味から拾われただけの従者と主の関係だ。

 だからこそ嫉妬されるわけないし……何より理由が分からない。


「……はぁまあいいわ。とにかく、その子を連れて帰ってきたことはもういいけど、ちゃんと私の事を名前で呼びなさい。ずっとあんた呼びは嫌よ」

「――それで許されるなら呼ぶけどさ。で、シズクお嬢様、正座やめて良いか?」

「……及第点ね。じゃあ疲れてるだろし戻りなさい。明日からまた仕事よ」

「ん、了解。とりあえず部屋に戻るから用があった呼んでくれ」

「……付いてく」


 やっとの事で立ち上がり足の痺れを感じていると、俺と同じように立ち上がったイザナがそう言って後を付いてきた。

 

「ちょっと待ちなさい?」

「……なに?」

「なんで当たり前の様にカグラの部屋に行こうとしてるの?」

「……?」


 それは俺も思った。

 彼女は遺物の刀であるが、意志を持った奴である。

 そんな彼女と同じ部屋で過ごすのはなんか駄目な気がするから、俺としては別室で過ごす予定でいた。


「私はカグラに外の世界に連れ出された。それに一緒に出ようとも言ってくれた。だから私達は一緒に居る必要がある」

「……武器とは言え駄目よ、貴方は危険な匂いしかしないもの。別室を用意してあげるからそこで過ごしなさい」

「それだと一緒にいられないからやだ」

「貴方の境遇は聞いたけど、それは駄目」

「……やだ」


 なんだろう。

 バチバチと雷のような物が見えて空気が死んでいる。

 ……え、この空気凄い嫌だ。なんか前世では経験したことのない変なストレスを感じるんだが……。

 数秒の沈黙が場を支配する。

 ……そんな一触即発みたい状況で、意外にも先に矛を収めたのはシズクだった。


「……分かったわ。それなら横の部屋を用意してあげるからそこで過ごして。それ以上は妥協しないわ」

「ありがとう」

「……特別よ、ずっと一人でいた貴方だからの特別」


 それだけ言って、シズクは去って行く。 

 ……今、というかかなり前から思っていたんだが実際に接するシズクは本当に優しい奴だ。ゲームではあんなに病んでいたのに、こうしてみると本当に優しくて屋敷の皆に慕われている。ゲームのシズクが悪い何てことは無いが、こうして彼女と接しているとどうしても繋がらないのはどうしてだろうか?


「……やっぱり頑張らないとな」


 それを思い、俺は改めてそう決意した。

 俺が幸せにするなんて事は言える気がしないから、せめて彼女の障害は取り除いて……どうかハッピーエンドを迎えて欲しい、その為に俺は頑張ろうって。

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