第二章:遭遇悪役令嬢と主人公

第14話:月日が経って

「正面にだけは入るな、喰われるぞ!」


 普段は平和な和国の平原、いつもならのどかな景色が広がるその場所にそんな怒号が響いていく。声の主は武士甲冑の背の高い男、十数人の精鋭を従えるその者は絶えず指揮を飛ばしながらも弓を射る。


「――――――待避ぃ!」


 声にすらならない金切り音。

 地面から聞こえるそれに待避を命じれば、先ほどまで男達がいた場所が全てえぐれていた。そして姿を現したのは十数メートル以上の体躯を持つ百足。

 鋼のような黒い甲殻を持つその化物は、己の命を奪わんと迫る武士の命を喰らうために暴れ続ける。

 

「これが災害――諦めるなお前達!」


 悉くを粉砕する巨大な顎に暴れるだけで全てを破壊する巨大な体。

 黒金百足という名を持つこの魔物は、数十年に一度現れる災害と称される存在だ。

 数十年の時を地中で過ごし、その肉食性を持って成体となったら地上に現れ全てを喰らう。町一つを容易に滅ぼすとさえされており、和国の脅威の一つだ。

 

 正面に立てば喰われ、突進を喰らえばほとんど即死。

 体当たりでさえ致命傷になり得る攻撃力を持っていて、あまりにも堅い。

 僅かながらに攻撃を加えているが、あまりにも大きいそれに対して有効打にはならず――ほぼ無尽蔵の体力を持つ黒金百足に対して人間はあまりにも無力であり、このままいけば死者が出る。


 このままいけば、自分たちは負けると……そう直感し、脂汗が指揮官の男の額に浮かんだ時だった。黒い影がその男の横を通り過ぎたのだ。

 

「闇魔法、蝕鎧しょくがい


 そしてそんな言葉を聞いたかと思えば、目の前にいた大百足が傷つけられた。

 いったい――誰が? そんな言葉が頭に過る。そして何が起こったかを確かめるためにその正体を確認すれば、そこにいたのは紺色の着流しを纏った漆黒の太刀を構える一人の青年だった。黒い髪に紅い眼をした青年は安堵したかのように此方を見た後、そのまま大百足に立ち向かう。


「あれは――本家の?」

「――カグラ様だ! カグラ様が来てくれたぞ!」


 その青年を見ただけで場の士気が上がる。

 あの容姿にあの刀、その正体はこの和国で英雄とされ最も有名な従者としても名高いカグラ・ヨザキだろう。


「――ッ危険です! いくら貴方でも!」

「大丈夫だ。ここに来るまでに一匹倒してる。まぁ、なんだ弓で援護してくれよ合わせるから」


 指揮官の男が彼の身を案じてそう言うが、カグラはそれだけ告げて再び刀を構える。それに対峙していた大百足は自分を傷つけた存在だけに狙いを定めて金切り声を上げた。

 

「さっきのよりでかい、けど――それだけだな。やるぞイザナ」


 巨大な百足を前にして一切の恐怖を感じさせない声音でそう告げ、カグラは突進してくる百足に合わせて一気に距離を詰める。

 刀に闇を纏わせながらの一撃は、今までほとんど傷が付いてなかった甲殻を削りその身一つで百足を押さえる。


「――墜重ついじゅう


 そして目の前にいる相手に魔法を重ねてカグラは使う。

 その魔法はわかりやすくいえば呪いの類いだ。魔力の圧で相手を押しつぶすというそんな技。使用者の技量によって範囲が決まるのだが、カグラは数十メートルはあるこの百足の動きを完全に止めていた。


「一気に決めるぞ?」


 動きを抑えられる黒金百足。暴れて逃げようとするが、あまりにも圧が大きく一切動けない。

 そいつに対してそう告げた彼は自分の持つ刀に魔力を籠める。


「闇魔法――顎門あぎと


 そして彼が突きを放てばそこから龍を象った闇が放たれ黒金百足の命を奪った。その技は相手の体を消滅させ、その場には何も残らない。


「よし、終わりだな」


 訪れるのは静寂……誰も彼もが彼の力に唖然とし言葉を発せない。

 一分ほどの静けさが場を支配して、それを見たカグラは気まずそうに頬をかく。そんな場で最初に我に返った指揮官の男がカグラの元に向かっていく。


「助力感謝しますカグラ様」

「頼むからカグラ様っていうのやめてくれ。俺はそんな大層な人物じゃねぇぞ」

「そんなとんでもない、貴方は和国の武士の憧れなんですよ。腐食蜘蛛の討伐に雷鳥の撃退、怨鎧髑髏の封印――その全てを成した英雄なんです」

「あー恥ずかしいから止めろって――とにかく、今回の討伐は終わりだよな? あんたらも帰って休めよ、疲れただろ? あ、あとこれ回復薬だ。人数分はないけど重症者は使ってくれ」


 褒められるのが恥ずかしいのかそうやって話を切り上げようとするカグラ。

 恩人である彼のその態度に気づいた指揮官の男はすいまんせんとだけ謝ってカグラを見送った。


「あれが、英雄――格が違いますね」

「俺はファンなんですが、話したかったです――というか、格好よすぎません?」

「お前達……気持ちは分かるが、今は抑えろ。報告に行くぞ!」


――――――

――――

――


 シズクの従者になって約三年、俺は十五歳になった。

 ここ数年でかなり色々な事があったが、概ね順調。

 この先のイベントを潰すために和国の災害とされる魔物達を討伐するという生活をしながらも問題なくシズクの従者として過ごしている。


『カグラ、疲れた』

「そうだなお疲れだイザナ、はやく屋敷に帰ろうぜ?」


 馬に乗りながらも刀になっているイザナと話し、俺は屋敷に帰って行く。

 今回の仕事は黒金百足の討伐――あの魔物はゲームでもカグラルートの中盤に出てくる奴で、かなり苦戦したのを覚えているから割と本気でやったのだが、うまくいってよかった。見た限り武士団の死者もいなかったし本当によかったな。


「っとそろそろ屋敷だ」

『帰ったらお菓子食べていい?』

「いいぞ、確かイザナの好きな金平糖買ってあるからそれ食べようぜ」


 そして俺たちは屋敷に入り、部屋で待っててくれてるシズクに挨拶に行くことにした。戸の前に立てば勝手に開く扉、そのまま入れば待ってくれてるのは漆黒の髪した蒼い瞳の少女。彼女は本を読んでいたようだが俺に気づけばそれをやめ――ゆっくり口を開く。


「あら、お帰り……今日もお疲れ様ね二人とも」

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