本編

本編


やあやあ我こそはこの地を治めし兜の王なりー。


頭が高い、頭が高いぞそこの

やめろ! スマホで照らすな!


もう、せっかく遊ぼうって誘いたかったのになあ。

え、いいの?

遊んじゃう?

じゃあね、かくれんぼしよ!




きみが鬼の役ね。場所はー、えっとー、一言坂はダメだよ。あそこにはいっぱい首のないお武者さんたちがいるから。すぐ近くだからね、たまにここまで来ちゃうんだ。

え、どうすれば会わずにすむのかって?

そうだね、おじさんの名前を出せば逃げてくかな。

本多忠勝って人がね、ここに兜を置いてったんだ。強いんだよ、そのおじさん。大丈夫! 頭は入ってないよ! おじさんは兜をここにかけていっただけ。

ねえ、教えて。その人がどんな生き方をしたのか。どんな死に方をしたのか。徳川家康公はお元気かい? 蜻蛉切の槍は錆びてはいないかい?

ねえ、教えて。おじさんはいくつ首をとったのか。

首のないお武者さんはただの落武者だよ。戦に負けた亡霊さ。

首をとられたくなかったらここから出ないほうがいいよ。ここは兜塚公園だから。




じゃあ、ここから出ないルールね!

出ちゃいけないよ? 帰っちゃダメだからね。ダメだからね。




あ、待って。この時間、あれが来るよ。ほら、上からあれが降ってくる。雨? 流れ星? そんないいものじゃない。動いちゃダメだよ。まだ見つかってない、まだ、まだ、ふう、通り過ぎたみたいだね。

見えた? 飛行機だよ。見たことないって? 戦闘機、爆撃機だよ。古いやつ。まだ飛んでるんだ。あの日みたいに。

ミサイルを乗せて頭の上を飛ぶんだ。でね、下に誰かを見つけたら落とす。誰でもいいんだよ、ミサイルを落とすことがお仕事なんだから。

夏が近くなると特にたくさん飛んでくよ。あの葉月十四日はもう終わったのにね。冷たい夏だった。黒い雨が降った。大きな大きな変な形の雲が立ち上った。


本当に終わったの?


ラヂオをつけてよ。まだ鳴ってるでしょ? あの日のカウントダウンが。終わらない死への耳鳴りが。

終わりました。終わりました。終わらせてください。

悔いよ。あの戦はなかったことにはできぬ。未だ見つからぬ火種が埋まっておる。

終わらせてください。誰か終わらせてください。

始まっちゃえば誰にも止められないんだよ。だから始めちゃいけないの。

忘れないで。覚えてて。

人は何度も繰り返してきた。

繰り返されてきたことを、また繰り返さないで。


ほら、ラヂオをつけて。またあのサイレンが鳴ってるよ。あの日の放送が鳴ってるよ。鳴ってる。鳴ってる。鳴り止まないね。




ほら、帰っちゃダメって言ったじゃんかー。

落武者に言いつけて合戦場に連れてってもらっちゃうぞー? なあんてことしないしない。

今度こそぼくとかくれんぼしよ!




なんだかんだ言ってもさ、ここって結構広いよね。だから特別にかくれる場所を教えちゃいまーす。きみはそこを見つけてぼくの名前を呼べばいいよ! 簡単でしょ?

でもねえ、まだ誰にも見つかってないんだなあ。


ぼくのかくれる場所はこのお山。公園の中でお山って言ったら体育館横のこれしかないよ。これの何処かにぼくはいます!

ヒント?

じゃあねえ、まずはお山に登ってみてよ。そこに誰かいたらね、こう言ってあげて。

「警備は順調です」

「自分が代わりますのでお休みください」

彼らはね、イモ掘りか穴堀りをしてたんだよ。頑張って飢えと戦った。

お山の上からは天と地の両方がよく見える。鉄の鳥が悪戯をする前に見つけて教えるのが彼らの任務だったんだ。

何度も何度も雨は降って何度も何度も雨は人の真上に降り注いだ。人は簡単にちぎれて潰れた。それでも彼らは任務を放棄できないしてはいけないするはずない。

だからね、もしこの上で彼らに会ったら、もういいんだよ、今までありがとうって言って代わってあげるんだ。そうすれば兵隊さんの任務はお仕舞いにできるでしょう?

もう空からはミサイルが落ちてこない世の中になったんだって教えてあげないと兵隊は家に帰ることができないんだ。死んでも戦争が終わらない。平和を知らない人たちがこの国にも、外の国にもいるんだ。


お腹が空いたな。校庭をイモ畑にしよう。そんな世の中じゃ、もうないでしょ?

美味しいものをお腹いっぱい食べられる。みんなが笑って。ぼくのくにはそんな場所だよ。




では、かくれんぼのついでに穴堀りをしましょう。

何十年か前にはジャガイモを、何百年か前にはしゃれこうべを、何千年か前には食い終わった貝の殻を埋めたのがこの土地です。今ではカブトムシが卵を埋めて大量のカブトムシ産地に、


なってないよねー!

カブトムシなんてずっといるわー。いくらかぶとづかって名前だって言ってもスーパーウルトラわんさかいるってわけじゃないっすよー。


つまり! この兜塚の由来はそれじゃない!


大日本帝国の兵隊はこの地で基地を作ったよ。兜を伏せた形のお山があるこの場所だ。それはSFファンタジーの秘密基地なんかじゃなくて、もっと大事で現実的な対空陣地。

兵隊は基地を作るために穴を掘った。そう、ちょうどお山の上。みんな若いよ。若かった。ぼくもちょっとは手伝った。落武者もせっかくだからと言って何人かは手伝った。


ほら、かくれんぼだよ。


ぼくはみんなに声をかけた。一緒に遊ぼう。かくれんぼしよう。ぼくを探して。ぼくを見つけて。

だあれもぼくを見つけられなかった。

こんなに目立つお山なのに、中で眠る王様を見つけることかなわず。蛇は幾度も皮を脱ぎ捨て大蛇となった。蛙は大陸へと渡り仙人に付き従った。

みんなが見つけたのはぼくへの贈り物のほんの一部だよ。三神三獣鏡、玉、大刀。みいんなぼくに贈り物られた死後のプレゼントだ。

そんなものばっかり見つけちゃってさ、肝心のぼくを誰も見つけてくれないの。


ほら、かくれんぼしよ。


ねえ、きみも登ってみてよ。そこから下を見てみて。このお山の、大昔のお墓の中にぼくはいるよ。まだ、いるんだよ。




兵隊が見つけて欲しいのは仲間の亡骸だ。跡形もなく消し飛んだ友だちの体を見つけてもらいたい。

武者が見つけて欲しいのは討ち取られた首だ。誇りと命をかけて戦った彼らの名前を見つけてもらいたい。

ぼくは。


こんな大きな古墳を作ってもらったぼくは、ぼくを見つけてもらいたい。

ぼくの生きた時代を、その後ぼくが見てきた歴史を見つけてもらいたい。




ねえ、見つけてよ。

ぼくはまだここにいる。

ずっと、ずっと、ここにいる。


きみを知っていたよ。だから声をかけたんだ。

一緒に遊ぼうって。




ほら、今度はぼくを見つけられるかな?


見つけるまで何度だって声をかけてあげるよ。


ほら、今みたいに、きみの、後ろからね。




おにさんこちら、落武者あちら、兵隊さんはどちら。

ここは兜の話が眠る棺。起こさぬように足音立てるな。静かに静かに声を聴け。さあ、かくれんぼだよ。

見つけて。そして開けて。


まだ、ここにいるよ。

ずっと、ここにいるよ。




みんな、ここにいるよ。




じゃあ、遊ぼうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みつけて、かくれん坊 犬屋小烏本部 @inuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画