【KAC2024/トリあえず】トリ追う研究者令嬢は、領主嫡男に婚約破棄される!

弥生ちえ

掟破りが過ぎたる結果


 煮詰まった空気漂う、午後の研究室。


 白衣に身を包んだ研究者らは、慢性的な肩こりや頭痛を堪え、目頭を揉んでは溜息を吐く。ここでは8年前からずっと、領地の「幸せを運ぶトリ」伝承について調査検証が行われている。


「ノベラ!」


 扉を開ける勢いのまま声を上げた青年に、部屋中の視線が集まった。貴族衣に身を包んだ彼は、領主の嫡男バーンだ。軽い足取りで、ローズピンクの髪を一括りにした女性研究員の傍に向かうと、嬉々とした調子で口を開く。


「取り敢えず、婚約破棄させてくれるかな?」


「はい?」


 唖然としたのは彼女だけではない。研究室中の空気が凍り付いた。


「僕は気付いたんだ! 伝承の残る所には特定の現象が発生している。それを人為的に起こせば、鳥はきっと現れる!」


 揚々と告げたバーンが取り出したのは、赤い紙の「婚約破棄届出書」だ。両家当主の署名は無く、彼の名前だけが記されている。呆れた紙面に、ノベラは強いて冷静に言葉を紡ぐ。


「承諾しかねます。それに何です? その無意味に沢山付けられた星模様は。ちゃんと書面は見ていますか?」


「目立った方が、来てくれるかと思ったんだ!」


 領地には、トリの奇跡や伝承が残されているが、姿を見た者はいない。


 トリ在るところ「婚約破棄・チート・ダンジョン・配信・ざまあ」有り。そう伝わるが、今では意味すら分からないものも数多くある。


 それらを解き明かし、トリを顕現させるべく、研究員らは日夜筆を執り、資料に向き合っているのだ。


「これにサインしてくれ!」


「無理を仰らないで!」


 ノベラの抗議も聞かず、バーンが届出書を机に広げる――瞬間、矢の鋭さで赤茶色い尾羽が空を切り、署名目掛けて突き立つ。


 BAAAANG!!


 羽根は不思議な力を発揮して、赤い紙面を千々に吹き飛ばした。


「赤っ……」


「バーン、掟破りが過ぎたのよ」


 トリは掟を破る者には制裁を与えたとも伝わる。


 一瞬過った丸い影。


 トリ会えず、だが存在は確信されたのだった。

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