第6話


環境を変えろと簡単に医者に言われたところで、今のところ食いつないでいく方法はスティックしかない。


せっかく休みをもらったので人の多いところへ出かけて人間観察をしてみたが、言動をもとに戻すことができなかった。


元に戻るスイッチがどこにあるのかまったくワカラナイ。


大体、ロボットでいいと言われてロボットのようになったのに人間に戻れというのは矛盾している話デアル。 


どこへ行っても注目を浴びてしまった。でも気にしないことにした。法子は相変わらず、娘がなにか身近で話題にでもなっている「ごっこ遊び」をしているのだろうくらいにしか思っていないようだった。



翌日、診断書を持って会社へ行った。


「オハヨ ゴザ マス」


そう声をかけてきたのは同じブースにいる、心呂よりも半年前に入社した先輩だった。


心呂の噂が広まり反応を試すためにわざと言っているのだろうと思った。


木下にも挨拶をして、診断書を渡す。


木下は受け取り、会釈だけした。言葉で挨拶さえ心呂にしなくなった。


午前九時になって電話が鳴りだし、みんな仕事に入る。


「オデンワ アリガト ゴザイマス」「オデンワ アリガト ゴザイマス」

「オデンワ アリガト ゴザイマス」「オデンワ アリガト ゴザイマス」


機械音声のような声があちらこちらから聞こえてきた。


右隣に座っている真島はもとより、左隣に座っている同僚も、後ろに座っている先輩も、先程声をかけてきた半年先輩の女性も、みんな同じ口調なのである。


そうして、上司の違う隣のブースからも、同じような声が聞こえてくる。


木下は顔を真っ赤にさせ、口元をきつく結んで震えていた。


きっと、笹川や笹島から忠告を受け、自分たちのことを恨み混じりに怒っているノダと思った。


一体自分のいなかった一日に、ナニガオキタノダロウかと思いつつ、心呂も相変わらずの口調で仕事をこなしていく。


「ヒンバン ロク ハチ ナナ ゴ ガ ホシデス エルエル」


何件目かのお客様が、そんな口調で話してきた。毎日電話をかけてくるお客様のうちの一人だ。


「カシ コ マリ マシタ ロク ハチ ナナ ゴ フレッシュ グリーン ノ ショート パンツ エルエル サイズデ ゴザイマ ス ネ」


「ハイ ソレ オネガ イタシマス」


「カシ コ マリ マシタ」


「ココ カケルト コトバ オカ シ ク ナリマス ド シマショ」


「ドシマショ」


「アハハハハハハハハ」

「アハハハハハハハハ」


一方で不気味がるお客様もいた。復唱のいらない例の毎日かけてくるお客様がびっくりした様子で事情を聞き、そういえば何日か前 から 変だ と思った わがままイって 悪いコト シチャッタ カシラネ と申し訳なさそうに言って電話を切った。

 




昼休みになり、コンビニで買ったお弁当をリフレッシュルームで食べていると、今朝挨拶を交わした先輩と、何人かの同僚が集まっていた。


雑談をしているのにもかかわらず、それがただの音声のように聞こえてくる。


別に反応を試していたわけではないのだと納得して、心呂は思い切って訊ねてみた。


「オツカ レ サマ デ ゴザイマ ス ミナ ミナ サマ ドシテ コノヨナ シャベリカタニ ナッテ シマッタ ノ デスカ」



一気に注目を浴びた。瞳はみんな死んでおり、それでも生命の光だけは感じトレタ。


その光は人間と機械の狭間のように心呂の目には映る。


先輩が言った。


「オト トイ カラ キノ ニ カケテ マシマ サン ガ ズット コノ ヨニ ハナシ テ イタラ ヒトリ マタ ヒトリ ト」


ナルホド。要するに伝染である。真島もロボットになることでムテキニナることがデキたのだろうと思えた。


もうひとり同僚が頭を指差し言った。


「ウタ モ ツラレル コト アリ マス アレ ト オナジ デモ ワタシ アタマ カアット カクセイ チュウ ダイ ロク チャクラ ヒラキ マシタ」


「ソレ、ジョウダンデ ス ヨネ?」


「ジョウダン デス」 


フロアにいる全員が、心呂と同じように覚醒しているのか、それともただ伝染してしまっているだけか、そこまではよくワカラナカッタ。


タニンノ シンリ ナド ハカレナイ


そういう人もいればソウジャナイヒトもいるのだろう。休憩を終えて帰ってみれば、真島は楽しそうに話している。


インカムを外すと心呂に会釈をし、交代で休憩に入っていく。


心呂は後ろ姿を見送る。


あのしんどそうな表情から一転して、タノシ ソウ ニ シゴト デキテ ヨカタ、

と心の底から思い、アレ? と自分の心理に気づく。


ココロニ オモウ 思考サエも、ナニカ機械ジミテキテイル 


マア シゴトをするブンにはエイキョウガナイ、と思って業務をこなしていく。


終業時間間際になってから、突然大きな笑い声が聞こえてきた。


みんなが振り向く。心呂もつられてその方向を見る。


木下だった。狂ったように、まるでハシ ガ コロ ン でもオカシイトシ ゴロ の少女であるかのように、ゲラゲラとケラケラとお腹を抱え、純粋な顔で笑っていた。


なにがそんなにオモシロイのだろう


モニタリングを続けているうちに、彼女のナニガシ カ のスイッチがオンになってシマッタノダロウカ


あんなキノシタノ カオ ヲ ハジメテミル 朝 カオをマッカ ニ シテ いたのはオコッテ イ タ ノ デハナク ワライノ ツボ ガ 刺激 サレ タ ノ ガマン シテイタ ノダ と理解し、それでもアンナ フウ ニ 笑エテ ヨカタ と心呂は思うのだった。


なんにせよワラウ こと ハ 大事である。


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