第7話


仕事を終えると、肩を叩かれた。


「チョット イカナ」


笹島と笹川だった。


マタ ヨビ ダシ デアル 診断書を見たので、ハナシアイ ヲ シマショウと言ったところだろう。


一昨日と同じ会議室に通され、面談が始まる。三人とも椅子に腰をかけてから、笹島が言った。


「シン ダンショ ヨルト キュウヨウ タップリサセテ ダッテ」


アノ イシャ ロクナコト カイテ ナイ シゴト ナクナル イタノニ


「オキャク サマ カラ クレーム サットウ シテシマッテネ」


聞こえてくる課長部長の声が、本当にそのように言っているものなのか、心呂の脳で勝手に変換されたものなのか、もう判断がつかない。


「イチニチ タッ テ モ ナオ ラ ナカ タ ネ」


「モシ ワケ ゴザ イ マ セン」


「コトノ ホッタン キミ デ アル ト イウコト デ ツマリ」


アイテ カラ イウ マデ ハ ダマッテ オク


チナミ ニ ホッタン ハ ジブン デハナイ ト イイ タ ク ナルが、そこは抑える。


「コンシュウ イッパイ デ キミ オワリ」


なにも言わずにいると、笹島が付け加える。


「ハイリ タテ ノ コロ ニ モド リ ナサイ キミ ナン トカ ナル チナミニ ワレワレ モド レ ナク ナテ シ マタ ジツハ イエ デ コドモ マネ スル ツマ カラ オコ ラ レテ イル」


プライベート ナ ハナシ サレ テ モ シラ ナイ


何度目かの詫びと、何度目かの直角のお辞儀をした。 



会社のビルを出てから、少しオチコンデイタ。


イワレタ トオリ チュウジツ ニ ギョウム コナシタ ツモリダッタガ ソレ デ モ ダメ ナ モノ ハ ダメ ナノ デ アッタ と考える。


コノホウガ イキヤス カッタ のだが、また生きニクイと思える日々に戻ラナケレバナラナイ ソウデ ナケレバ ツギノ シゴト ミツカラナイ だろう。


モド サ ナク テハ  シカシ ドヤッテ モドス?


ヤパリ ジブン ハ シャカイ フテキゴウシャ デアル。 


ナン ノ ヤク ニモ タテ ナイ ショウセツ ノ シュジンコウ ノ ヨナ バタフライ ヤ カイヘン オコセル ニンゲン デ ナイ


イヤ チサナ バタフライ オコシタ


シカシ ダカ ラ トイッテ ソレガ ナン ノ ヤク タツノカ ウレシク ナイ 


カリ ニ タイム スリプ デキタ トコ ロデ ヤパリ セカイ ハ ゼッタイ カワ ラナイ と思うので、余計に子供の頃に戻りたくなり小説をステ タク ナッタ ガ それはタダノ ヤツ アタリなので我慢をする。 

 



駅に着き、改札を抜けホームの階段を、膝を九十度に曲げながら登る。


階段を降りてくる大きなリュックを背負った、Tシャツに半ズボンというラフな格好をした大柄な男性外国人がすれ違いざまに心呂の頭を丸めた雑誌でスパンと叩く。


アタマ ニ 衝撃が走った。


「ワタシ、ニホンヨク来ます。ニホンノフルイジダイ。ショウワのとき、コワレタマシーンハ タタクト ナァオリマスネ? アナタヒトキワ マシーンニ 見えマス」


外国人はマシーンという単語だけネイティブらしい発音で喋る。


日本という国を心から楽しんで観光していそうな、しかもロボットじみていない日本語だ。イントネーションはちょっと違和感があるが。


「あ。あ、はい。どうもありがとうございます」


憑き物がとれたかの如く咄嗟にそう言葉が出た。そうして、覚醒状態にあった脳のどこかが痛みと共に眠りについていくのを実感する。


「ナァオリマシタネ? イヤッハア!」


外国人は親指を立てニカッと笑う。どう反応していいのか戸惑っていると、次の瞬間礼儀正しくお辞儀をしてスタスタと去っていった。


腑に落ちない気持ちでまた階段を登り、おや、と思った。


頭のてっぺんから足の指先まで正常な、人間らしい動きを取り戻している。


「いやっはぁー」 


棒読みで呟き、振り返ったが外国人の姿はもう見えなかった。


壊れた機械は叩くと直る、というのは間違いらしいが、そういえば昭和の壊れかけたテレビを子供のころよく叩いて直していた、と法子が言っていたのを思い出した。


しかし、会ったことも見たこともない、今日たまたますれ違った外国人にこうもあっさり治されてしまうとは。一際、と言ったのも気になる。


外国人のほうが案外、日本人のことがよく見えているのかもしれない。


突如日常生活の中に現れた小さな突風。これが医者の言った、治る「きっかけ」なのかもしれなかった。


治ったことが心呂にとって良かったのか悪かったのかは別としても、名前さえ知らない外国人に感謝をしなければと思った。


家に帰って法子の手料理を食べる。味覚も戻っていた。


「美味しい」と心から言い食べると、法子はとても嬉しそうな顔をしていた。


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