第33話 男神転生

Side:スレーター公爵



「何が言いたい。早くいえ」

「私の目的は達した、ということだよ。……カンパイ! がははは!」



「……拷問官!」


 メモを渡すと拷問官は頷き、出て行った。


「今頃慌ててどうした? 私の勝ちだ! もう乾杯は済んでいるんだろ? 確か……戦勝した場合、王宮自慢の美酒コレクションが振舞われるんだよな? ぐふふははは!」



 策士として名高い彼に相応しい邪道。

 伝統の『勝利の美酒』。

 酒に薬を混ぜたか。



 彼はやはり転生先城の者の体を確保するためにわざと負けたのだ。



「あの酒はどこまで振舞われるんだ? 伝統ルールでは王族、貴族、衛兵、使用人に至るまでだったよな?」



「……そうだ」


「ざまぁないね。この城にいる者全員、乗っ取り成功! ……そしてこの国は彼のものだ!」




 私は懐から酒杯を取り出し、彼にみせた。


「?!」


 マーカスは笑いが消え、途端に無表情になる。


「杯がどうした」


「私が眠そうに見えるかね?」

「き、貴様! どういうことだ?!」


 地上と地下の部隊が侵攻している隙をついて内通者が薬を混入。

 よくある話だ。


 口に入れるモノは王の持ち物であっても、彼らが地下から侵入した時点ですべて処分している。

 お陰で各方面に頭を下げに行かなくてはならぬ。


「君のせいで美味くない酒を飲み干さなくてはならなかった。騎士団持込の安酒を、な」


 彼の目は怒りに燃え、額には脂汗が浮いている。



はかったな!」

「人聞きが悪い。とても君らしいやり方じゃないか。ちなみに数年前から調査していてね、家族以上にいろいろと君について詳しくなってしまったぞ?」


「き、貴様~!」

「それと、私からもとっておきの情報があるのだ。受け取ってくれたまえ」



 私は短刀を構えると彼の首に当てた。


「薬を混入させた内通者二十四名はすでに捕縛している。騎士団には泳がせていた四か所のアジトへの一斉検挙を依頼していてな。今頃突入しているだろう。そうそう、水軍と警備兵、衛兵、自警団には王都全域の井戸に見張りを頼んでいたな。……今、出て行った拷問官に君の素振りで確証を得た黒幕の名を書いた。まもなくこの国の最強戦力が君の信じる神を成敗しに向かうだろう」


「な、なっ。私が? 漏らしてなどいない! 何を――」

 

 まだ私のターンだ。

 絶望のまま死ぬがいい。

 顔を近づけ、彼が崇める、神という名の黒幕の名を囁いた。


「ぁぁぁぁぁぁ……まて、まて! 待ってくれ、フェアじゃない、いて、いててててぐぁぁぁぁぁ!」



「この国は住まう者たちのものだ。誰にも渡さぬ」

 

 吹き出した生暖かい返り血は絶命するまで続いた。

 この茶番も終わりが近づく。

 



◇◇◇


Side:ジル


「おっ、ジル、終わったようだな」

「爺さん、そっちはどうだ?」


 地下アジトを制圧し、リンダとアレックスが目覚めるのを待っていた。

 どうやら爺さんのほうも終わったらしく、アジトへ数人の影と衛兵を引き連れ戻ってきている。

 

 彼の指示で治療の終わった軍人から捕縛して水軍に連行しているようだ。



「地上も地下も我らの勝ちじゃ。マーカスも捕えた」

「おお! それじゃぁ?」


「表向きは終わりじゃな」


 爺さんの引っ掛かるものいいに奥歯に挟まった何かが疼くようだ。


「表向き……だよな。……あれもこれも説明がつかないことが多すぎるんだ。何か知っているのか?」

「おぬしじゃ、知ったところで余計こんがらがるわい」


「失礼な話だな。もしかしたら何か閃くかもしれないじゃないか」


 爺さんはカカカと笑うと腕を組み、声を落とす。


「おぬしの何を高く買っているのかしらんが、スレーター公爵お館様からこれを渡すように言われておっての」


 爺さんは一枚のメモを俺に渡した。

 そこには知らぬ名とはっきりと“転生”と強く書かれている。


「爺さん! これをどこで?」


「なんじゃ、知っておるのか。つまらんの」

「上の名前? は知らない……だが、この“転生”という言葉……」


「アレックスの作った薬を使うと、その“転生”というヤツができるそうじゃよ」


 俺はアレックスを視た。

 そういえば調薬や解析などレアなスキルやギフトが揃っている。

 なぜ今まで疑わなかったのか。


「マーカスの狙いは城にいる為政者たちにその薬を飲ませ、別人を宿らせるためのものだったらしい」

「国を乗っ取るのか? ……でもあんな兵力でどうやって城を落とす?」


 爺さんは『勝利の美酒』の伝統について教えてくれた。


「まわりくどいやつだ」

「だが効果的じゃよ」


 爺さんの言う通り……もし飲んでいたら王族貴族を問わず、転生者になっていた。

 恐ろしすぎる。

 

 それにしても本当の犠牲者は彼を信じた兵卒や学生。

 マーカスはすぐに降参した、と聞いたが信念をもって命を賭した者もいただろう。

 この罪は重い。

 本当のクズ野郎だ。


「そうじゃの。こんなトチ狂った男、前代未聞だわい」


 爺さんは“転生”について半信半疑のようだが、俺には自分自身という確証があった。


 だからこそわからない。

 なぜマーカスは転生を知ったのか。

 その具体的な方法を伝えたヤツがこの名前の男なのか?


 そいつがいる限り、また同じことを繰り返すだろう。


 俺にも十分関係がある話だ。

 ……決着をつけないといけない。

 


「なぁ、爺さん。このメモの人物、詳しく聞いていいか?」

「はははは! 雰囲気が変わったぞ。面白い奴じゃのう。……お前さん、ジュリーを知っているか?」


 爺さんは急に真顔になる。


「アレックスの彼女だろ?」

「彼女を追え」


「ジュリーが黒幕なのか?」

「はぁ。んなわけあるか。彼女は儂の孫娘じゃよ。丁度いい、アレックスが目を覚ましたぞ」


 さらっと爆弾を落とす爺さんに俺は反応が遅れた。


「孫?!」


 アレックスが目を覚ましたようで、リンダが現状説明をしている。

 爺さんがそれに加わると、驚く速さで彼は全貌を理解したようだ。



「どうりで……ジュリーは私を守り、導いてくれていたのか。……もしかして、不良のアジトに海軍とジルさんがいたのも――」

「ああ、ジュリーじゃよ。最初はマーカスの監視じゃったが、おぬしが現れた。任務そっちのけでおぬしのことが気に入ったようでの。先回りして水軍まで動かした。ほんと、困った孫じゃ」


「そ、それで彼女は?」


 俺はさっきのメモをみせるとアレックスは立ち上がった。

 どうやら彼を知っているらしい。


「すべて分かったよ。……何もかも、仕組まれていたんだ」

「どういうことだ?!」


「皆、今は話せないが、私は決着をつけないといけない。……ジルさん、手を貸してくれるかな?」

「ああ、もちろん」

「私も手を貸すわ」

「よくわからんが、孫と彼氏のため、わしも手を貸そう」



 俺はアレックスの出した手の上に自分の手を重ねた。


「……おぬしら手を重ねて何をやっている」

「……キモいんだけど」


「い、いいから。ほら早く……アレックス、音頭を取れ」

「あ、うん、エイエイオー!」

「オー!」


「「……」」



「と、ところでアレックス。ヤツの根城は知っているのか? ジュリーが見張っているようだが」

「ご、ごめん、わからない……お爺さん、リンダ、知ってる?」


「いや。しらんぞ」

「知るわけないでしょ!」



「「「「……」」」」



 どうすんだこれ。


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